Ⅵ~魂の行方~
浮遊島から急ぎ足で谷まで戻ってきたアイリス達。
その只ならない様子に何かあると察したシャーリーとクララは何も言わずにその後につく。
「ちょっと待った~~~っ!!」
屋敷の前まで来たところで急に上から声が聞こえ見上げると、メグとエレリルが大急ぎで飛んできた。
「メグさん?」
「よ、様子を見に行ったら……もう退院したって、聞いて……」
降り立ったメグがゼーゼー息を吐きながら汗を拭う。
「あ、ごめんなさい……」
治癒院は浮遊島、つまり天使族の里にある。
そしてアイリスの事を気にかけてくれているメグが心配していないわけがない。
先に挨拶するべきだったとアイリスは猛省する。
「あ、いや、そんなに責めてるわけじゃないよ!?」
あまりにしょげるアイリスに息が整いつつあるメグは手を振る。
「しかし、そんなに急いでどうしたんですか?」
お互い悪く思っていてキリがないのでエレリルが切り出す。
「あの時何があったのか、どうしても先にシャーリーさんに共有しておきたくて……」
「わざわざ屋敷に戻ってきたという事は、私達が聞かない方が良いこと?」
疚しい事ではないと信じているが、少し不可解に思いメグが首を傾げる。
「確約、ではないのですが、先にシャーリーさんに話を通しておきたかったのです。でもメグさんなら別に構いません」
「立ち話もなんだから、とりあえず入って」
もう少し落ち着いて話をする為に、シャーリーはクララと共に屋敷に招き入れた。
「……うん?」
とりあえずリビングに通したのだが、そのリビングの先は庭に繋がっており、そこにガロンとティーバがいた。
しかし特にトレーニングをしているわけでもなく、何か悩んでいる様に見える。
「ガロンさん?ティーバさん?」
アイリスが声をかけると、難しい顔をして振り返った二人は途端に表情を輝かせた。
「アイリスさん!帰ってきたんだな!」
「もう動いて大丈夫なのかい?」
「心配かけてごめんなさい……」
「いいのいいの。……ところでメグさんとエレリルまで来て何事だ?」
「ちょうどよかった。あの時何があったのかを話したいそうだから、合わせて私達の話も聞いてもらった方が良いのではないでしょうか」
「なるほど」
トレーニング中であったのは本当の様で、二人は軽く水浴びして汗を流し、身体を拭いてからリビングに戻ってきた。
それぞれテーブルを囲んでソファーに座り、クララが飲み物を用意したところで話は始まった。
まずは謎の少女が使役していたスライムに時魔法が効かなかった事。
「時魔法が効かない……まずはあのスライムの魔法抵抗力が高いのかな?」
「魔法が効き難いマジックスライムというのは確かにいるけど、第三属性の魔法って単純に魔法抵抗力の高さで凌ぐのはかなり難しいんだよね」
「と言うと?」
「第三属性というのは簡単に言うと人為的に発生できない、神の力に近いものだからね」
「時、空間、魂……確かに火を起こすのと違って再現できないな」
「で、そんな神に近しい力を魔法抵抗力だけで防ぐのはほぼ不可能。使い手が余程弱り切っていて、抵抗する方の抵抗力が余程高くない限りは」
言われてあの場にいた全員は思い返す。
別に戦闘後という事でもなくアイリスは快調だった、少なくともアイリスに問題はない。
となると、スライムの方だが……。
「仮にあのスライムの抵抗力が極めて高いマジックスライム系統だったとして、それだと操作されている事自体おかしいという話になるのよ」
「なるほど、操作系の能力は魔力を使って作用する事で操作を可能とする。抵抗力が高いとそもそも操作がうまくいかなくなるというわけね」
「となると単純に抵抗力で効かなかったという説はないか……」
「他に時魔法を防ぐ方法は?」
ティーバが聞くとシャーリー、アイリス、メグは揃って難しい顔をする。
「あるにはあるんだけど、さっきのマジックスライム説よりも現実的じゃないのよね……」
「まずは神の力に匹敵する、つまり神に近い存在である事」
「スライムが?俺が切り裂いて、ティーバに吹っ飛ばされてたのが?」
「……それはそれで気になるところではあるけど、あたし達が紅の世界で戦った新種、ドレインスライムという例があるから頭ごなしにありえない、とは言い切れない。ただそれでも現時点では現実的でないのも事実」
「他には?」
「抵抗力関係なしで無効にする、例えば『代行者』とか」
「スキルとしての代行者は敵味方問わず全ての魔力効果を無効にする、だったか。あくまで例として挙げるにしても、それと同等の何らかの能力を持っているとすれば一応筋は通るか?」
「今思いついたけど、あれの一部でも手に入ればエノが解析できるとは思う。あの様子だといずれはまた出てくるだろうからその時試してみましょう」
そして話は続けて、謎の少女に移る。
「天凶!?何故それをあの少女が!?」
「天凶……紅の世界でスグルギレイヤに預けて覚醒段階まで達していたけど、最後は確か脱出の際に脇に抱えていたよね?」
メグが目配らせすると、シャーリーは端末を操作して予めエノから預かっていた録画データを再生する。
……確かにシャーリー達を脱出させた後に零夜が脇に抱えている。
「一応聞くけど、見間違いという事はない?」
「いいえ、間違いありません。この様な独特で目立つ物を見間違えません」
断言するアイリスに、そうよねとシャーリーは相槌を打つ。
「というか、最後の最後とはいえ俺らに見せていいのか?」
トレーサーによる紅の世界の映像は非公開となっており、知っているのはアイリスと族長達、その時トレーサーの維持に関わっていた天使族だけ。
しかしシャーリーは首を横に振る。
「二人は調査班として、いずれは紅の世界の領域内に入る事になるわ。必要な事よ」
「となると、本来は贋作を疑うところなんだけど……」
「肉体を傷つけずに魂をピンポイントに斬りつける天凶の特殊効果が発揮されていました。贋作でそこまでできるとは思えません」
「ましてやあれは七星龍刃というアーティファクトの一種なんだよね?それを特殊効果まで再現しようとするとね……」
「…………」
シャーリー、アイリス、メグは視線を彷徨わせる。
完成度の高い贋作を創る手立てが現時点でない事はない。
「何か知ってる?いや、聞かない方が良い?」
察したティーバにシャーリーは一瞬考えを巡らせる。
何も言わないところを見るに、アイリスもメグもシャーリーの判断に任せるようだ。
「いえ、これも必要な事なのかもしれない。さっき見せたデータでレイヤがドラッグシールの封印を解いてたのだけど」
「あ、さっきのやっぱりそうだったのか。天凶の確認を優先してたからスルーしたが」
ちょうどデータを見せた時、再生を始めたのがレイヤが封印を解いているシーンだったのだ。
「その時、レイヤが発現した固有能力が超現化という、大雑把に言うと自分の思い通りのものを創造する能力なのだけど」
「なるほど、そんなスゲェ能力、ましてやよく知る使い手なら完成度の高い贋作どころか全く同じ物を創る事もできるだろう。……だが」
「プロセスが全く不明なのよね。そもそも今のレイヤがどのような状態なのか見当はついても確実にはわからない上に、超現化を使えるかもわからない」
「使えたとして、どうやって今の零夜さんと接触して創らせたのかという話になります」
「つまりこれも現実的ではない、そういうことですね」
「そういえば、ついでと言ったらなんだがよ。アイリスさん、魂をピンポイントに滅多刺しされていたと聞いたが、本当に何ともないのか?」
「はい、今のところは。……これについてが一刻も早く話したかった事なのですが……」
そしてアイリスは目覚める直前まで見ていた光景を話した。
「――という事なのです。夢にしてははっきりしすぎてますし、かなり気になってるのですが……」
アイリスの話を聞いたもののいまいちピンと来ないのか首を傾げる中、シャーリーとメグは顔を見合わせる。
「もしかするとそれがアイリスの精神世界なのかもしれないわね」
「精神世界?」
「その人の生き様などを抽象的に捉えた幻想の中の世界。近い形で言うと、夢で自分が意味の分からない所にいる事ってない?」
「あー、ある様な無い様な……」
「ただアイリスの場合は実在したもの――かつての生まれ故郷がはっきりとしているから、やはりあなたの原点なのね」
これには本人が話していたところをトレーサーを通じて聞いていたメグとエレリル、後から聞いているクララとガロンとティーバは複雑な表情を浮かべる。
「そうかもしれません。私の全ての始まりなので、神社も今の私の始まりでもあるので」
「そしてアイリスが見たという黒い魂と思われる存在、それはレイヤの魂で間違いないわ」
「やけにはっきり断言するんだね?」
「同じものを自分の精神世界で見ているから」
「え?」
「何故精神世界の事を話したと思う?自身の能力の解明の一環で精神世界に潜っているからよ」
「自分の精神世界に潜る……そんな事が可能なのか?」
「かなり深い魔力集中が必要だけどやろうと思えば誰でもできるわ。ただはっきり言ってやる意味はあまりない」
「? どういう事だ?」
「逆に聞くけど、自分の精神世界に行ったからって何かある?あたしはほら、能力解明の為に精神を介して直接見に行くという目的があるけど」
「あるとしたら、自身を見直す、とか?」
「なるほど、そういう考え方もあるのね。話を戻してここで仮説を立てるなら、そのレイヤの魂が今回無事だった理由じゃないかと思う」
「……なるほど、根拠も何もないのに思わずそう言ってしまうのがまた恐ろしいものね」
「話を聞いただけの僕でもそう思うよ」
「本当に根拠も何もないんだがな」
「命を渡して異形不死者化して魔力で仮初の命を得て尚自我を保っている意味の分からない人よ?」
「あ、ダメだ。もう『ただの人間』の一言で片づけられねえわ」
「一応それらしい根拠を出すと」
零夜と直接の面識がない面々が本気で動揺しているのを苦笑しながらシャーリーは話を続ける。
「紅の世界のジンジャが精神世界の一部になっている、つまりアイリスの中にレイヤの魂がある事で二人に共通する精神世界が反映されている。咄嗟にレイヤがアイリスをそこに連れ込む事で天凶の攻撃を回避したと考えられるわ」
「う~ん、しかしいくら規格外の人間でもそこまでできるかな?こういっては何だけど、魂だけの人間よ?」
「魂だけならね。でもアイリスはレイヤの魂と共にレイヤの知識も引き継いでいる」
「! そっか、力の極致により天凶の能力を知っているなら知識として反映される。魂や精神世界の事は実証が難しくはあるけど、説得力は全然ある」
「それに話を聞いた感じ、あの少女は一応天凶の能力を使う事はできても覚醒までは至ってない、つまりそれほど使いこなせていないという事」
「とはいえ、想像を絶する痛みが伴っているのは間違いない。一体どういう考えでそんな凶行に及んだのか」
「少なくともまともな精神状態じゃないのは確かだ。俺が突撃する前に声を聞いてたけど、アイリスさんが悲鳴を上げているのを聞いて高笑いしてやがったぞあいつ」
「……あの子は私をとても憎んでいました」
「アイリス様を恨むような人物……残念ながら思い当たる節はあります」
今まで黙って話を聞いていたエレリルがここで口を開く。
「天使族は元々天使族至上主義な者が多く、状況が状況なので共存は受け入れてもその主義を捨てない者が一定数未だにおります。あのロフォの様に」
「割合で言うと大体3割ほどかなぁ……。ちなみに他の種族はどう?」
それについては日々頭を悩ませているのか、途端に死んだ目になるメグが視線を移す。
「俺達が知っている範囲では獣人族はそこまで過激なのはいないと思うぜ。元々激減した種族が集まって形成されたのが現在の獣人族だ。今更そんなつまらない事言ってる暇はないだろ」
「魔人族は協調性がないけど、良くも悪くも実力主義だから実力さえ示せば他は割と寛容よ。そんなのお構いなしで自分の事しか考えてない性根の腐ったのがいるけど、健康診断の時のあの一派とか。あとは龍人族だと、あの一派かしら」
「龍人族と何かあったの?」
「ガロンの様子から察しはつきますが……」
龍人族の話になった途端にガロンが青筋を立てて歯をカチカチ鳴らして不機嫌さをまるで隠さない。
それを横目に話を知らないメグとエレリルにシャーリーはため息混じりで話す。
「……シェン様も大変ね」
「今度、極上の神水酒を差し入れましょう」
「あ、あとは精霊族と機人族の皆さんには良くしていただいてますよ?」
メグとエレリルが頭を抱え始め、アイリスが話題転換も兼ねて和やかに話す。
気を遣っているわけではなく、本当に嬉しそうに話すアイリスにメグとエレリルはほっこりしている。
「……この前から思ってたけど、お二人さんアイリスさんの事かなり好きだよな」
「逆にこんな良い娘を嫌うなんて、余程根性ひん曲がってなければないよ?」
「まぁ、それはそう……」
かくいう自分もその人柄に惹かれてここにいるのでガロンは返す言葉がない。
「で、今後なんだけど、シャーリーとも話し合ってエレリルを調査班に入れようと思うの」
「え?エレリルさんを?」
「うん、その謎の少女がまたいつ来るかわからないし、護衛も兼ねてね。調査も空から見る事もできるからね」
「でもエレリルさんはメグさんの近衛という大任があるのでは……?」
「言っても私は滅多に護衛がいる様な場所に行かないし、エレリルも一日中立っているだけとか私に発破かけているだけではやりがいもないし」
「アイリス様をお守りするのもまた栄誉ある大任、是非」
「……それなら、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
アイリスの差し出した手をエレリルは両手でしっかりと握り恭しく頭を下げた。
◆
その日の夜、アイリスが眠れずに窓から夜空を見上げているとドアから控えめにノック音が鳴った。
「……どうぞ」
その様子で相手がわかるアイリスが声をかけると、ドアがゆっくり開かれその後ゆっくり閉められる。
「シャーリーさん、どうかしましたか?」
振り返らずに深夜の来客者を言い当てるアイリスに、シャーリーも特に驚かずアイリスの隣に立つ。
「いや、妙な胸騒ぎがしていたのよ。メグ達の手前言い難かった本当に私に言いたかった事があるのではないかと」
「……やはり、わかりますか」
「それなりに濃い付き合いだから。……単刀直入に聞くわ。あの少女の正体、当てがあるのでは?」
「……確証はない、昼間にメグさん達と話していた通りの問題もそのまま残りますが」
シャーリーの追及にアイリスは目を伏せるも一息挟みそう前置きする。
「私の大事なものを奪った、あの少女はそう言っていました。そして天凶の能力を知っている……」
「あたし達を憎んでいて、天凶を知っていて、見た感じあたし達より年下の少女……」
言葉を繰り返す内にシャーリーの表情は段々曇っていく。
「……ナギサかアリア、そう言いたいの?」
「………………はい」
色々なものを噛み締めてアイリスは答える。
勿論そんな事思いたくないというのはわかっている。
『もし――戻ってきた時にまだ終わってなかったら、その時は汀も手伝うから』
『私も、もう守られてばかりでいたくないから!』
1年前、島を出る時二人はそう言ってくれた。
だが外で、自分の知らない所で何らかの影響を受けて自分達に牙を向けてくる、そんな可能性を考えなかった事はない。
重々しくため息を吐き、額に手を当てシャーリーは目を伏せる。
「……正直、その可能性を捨てたわけではなかった。それにあの魂、見覚えがある」
そう言って開いたシャーリーの瞳は虹色に変化していた。
「見たのですか」
「貴女を連れ去った去り際にね。ただ、あたしの知ってるナギサの魂とは似ているだけで酷く濁り切っていたわ」
「あの少女は、ナギサさんに似たなにかと」
「魔力同様魂も嘘はつけない。元を知っていれば区別はできるわ。ナギサ本人とは言わなくても、ナギサに何らか関係があるのは確かよ」
「なるほど」
「その上で、アイリスはどうしたいの?」
瞬きをする間に元の瞳に戻ったシャーリーをアイリスは凛とした眼差しで見上げる。
「考えがあります。ただその前に二つ、確かにしないといけない事があります」
◆
「エ?世界地図?」
翌日、訪ねてきたアイリスの開口一番のお願いにエノは目を丸くする。
「はい、私達が元々いた世界のできる限り最新のものと此方の世界のものを」
「コッチノ世界ノ地図ハマダナイナ。アッチノ世界ハ、少シ待テ」
そう言ってエノは端末を操作し電子モニターを広げる。
「世界地図、最後ノ更新ハ…………オオヨソ100年前、第三次世界大戦ヨリ前ダナ」
「終戦後はその影響による死界浸食、更には世界異変、更新している暇はないでしょうね……」
「シカシ、目ヲ覚マシタト思ッタラ何故突然世界地図ヲ?」
「気になる事がありまして。此方の世界地図が手に入ったら共有します」
「ホゥ」
◆
「この世界の世界地図?」
次にシェンの屋敷を訪ねたアイリスはちょうど一休みしていたシェンと面会していた。
……あと後ろでドアの隙間からボゥが表情を輝かせて覗き込んでいる。
「はい、確かめたい事がありまして」
「恐らく言えばくれるとは思うが……。もう少し具体的に聞いていいか?ただ単に世界地図が欲しいと言っても、侵略の手掛かりにするのかと疑われる可能性もある」
「実は紅の世界で零夜さんと話している時から気になる事があって、彼方の世界と此方の世界、似ているところもあるのです」
「似ているところ?」
「例えば此方の世界にはタロット占いという占いがあるのですが、それに用いられるタロットカードの内、大アルカナと呼ばれるカードの枚数が彼方の世界のドラグシールと同じなのです。シェン様、ドラグシール全ての名前を知っていますか?」
「ああ、一応な。頭の0番目から――
無名
Ⅰ魔法使い
Ⅱ女神
Ⅲ女帝
Ⅳ皇帝
Ⅴ教皇
Ⅵ愛
Ⅶ戦い
Ⅷ力
Ⅸ隠者
Ⅹ運命
ⅩⅠ裁き
ⅩⅡ罪罰
ⅩⅢ死神
ⅩⅣ節制
ⅩⅤ悪魔
ⅩⅥ雷
ⅩⅦ星光
ⅩⅧ月光
ⅩⅨ陽光
ⅩⅩ審判
ⅩⅩⅠ世界
……改めて確認すると、何らかの役職や自然、抽象的なものが当てられているな」
「此方の世界の大アルカナは幾つか種類があって微妙な違いはありますが同じく頭から、
0愚者
1魔術師
2女教皇
3女帝
4皇帝
5教皇
6恋人
7戦車
8正義
9隠者
10運命の輪
11力
12吊るされた男
13死神
14節制
15悪魔
16塔
17星
18月
19太陽
20審判
21世界
少し解釈が違う部分も見受けられますが、似ていると思いませんか?」
「ふむ、他にもこういった例があるというのだな。で、何が言いたい?」
「この世界は――」
アイリスが口にした次の言葉に、シェンは目を見開いた。
それだけこの推測は彼方の世界としても驚きの事実と成り得るからだ。
「そんな事があり得るのか……」
「既に異世界に来ている身としてはその可能性も今更かと。そしてシェン様にもう一つお願いがあります」
「もう一つ?何だ?」
「シェン様は確か明後日会談に赴きますよね?その後、紅の会の亘さんともお会いになられますよね?」
「うむ、お前達が初めて接触して以降、彼方に行く時に用が済んで帰る前に食事をしながら談笑する程度だが」
「その時に亘さんにこのお手紙を渡してもらえますか?」
そう言ってアイリスはシェンに一通の封筒を預ける。
封筒は蝋でしっかり封がされ、シャーリーの家の家紋が刻印されている。
「……内容を聞いていいか?」
「国に帰ったナギサさんの現在を調べてほしいのです。ナギサさんもまた紅の生還者、既に接触している可能性もあります」
「? ナギサだけか?……いや、まさか」
「そのまさかです。確かにする為にも、この世界の世界地図と亘さんへの依頼、よろしくお願いします」
「わかった。……だが無理はするなよ」
「はい」
この一連のやり取りで一番傷付いているのは間違いなくアイリスだという事を察しているシェンに、アイリスは深々と礼をするのだった。




