Ⅴ~紅の襲撃者~
と、ここで終わっていれば良かったのだが……。
「ここまで個人差はあれど良いことを話したわけだけど、1つ致命的な欠点があるのよ」
「そうなの?……まぁ、個人的な事情はさておき、高い耐性に最高度の魔法や技量、不老長寿も兼ね備えてるならあってもおかしくはないかな?」
「代行者はそれぞれ選ばれたドラグシールに通ずる強い想いがありますが、それに反する時……堕ちたる代行者となる」
「堕ちたる代行者?」
「理性を失いただ力に振り回されるだけの存在……それはもはや災害と同じです」
「代行者の力で暴れまわるということ?そんなの下手な魔物より厄介じゃない」
「実際、大戦中の代行者の約半分がこれによる同士討ちで戦没と記録にも残されてる。それが原因で自他問わず、代行者が孤独へと追いやる要因になってるかも」
「往々にして、力を持つということは畏怖されるものよ」
シャーリーやアイリスは既に紅の世界で経験があるのでこれに関してはさほど気にしておらず、それも込みで受け入れている。
「代行者に関してはこれくらいでいいでしょ。気を取り直して次」
「具現……?具現化?」
「そう、これは記録に残ってた。具現化、しかも幾つか種類がある内のこれは【物質化】ね。触れたものを物質に変換する能力、例えば火や風なんかがわかりやすい」
「……あ、もしかしてレイヤがアビスブレイズを殴ったり蹴ったりしてたのは」
「もしかしたら無意識に使ってたのかもしれないね。……で、これがあるからさっきのもう1つの固有能力が判明する。これ」
モニターに映る能力の一覧らしきものからエノはある能力を引っ張り出してくる。
「超現化?見た感じ具現化の上位互換っぽいけど」
「具現化は実体を持たないものを物質化するだけなのに対して、超現化は物理質量すらガン無視で新たな有を生み出す。使用者や元の素材次第ではアーティファクトをも創り出せる……と言うかアーティファクトの一部はこれで創られた産物という話もあるね」
「なんでまたそんな固有能力を……」
「固有能力とはその人の資質などを色濃く反映する。その手掛かりが最後の能力」
「龍……の加…………あ、これは私も知ってるかも。龍焔の加護?」
「当たり」
「龍?レイヤにも龍の縁が?」
「まぁドラグシールに選ばれてる時点で龍と縁が結ばれてるけど、問題はそこじゃない。戦闘以外で火を必ず使う職業と言えば?」
「戦闘に不向きで生活範囲で魔法を使う専門の魔法使いはいるけど……」
「でもそれは火に限った話ではないでしょ」
「料理人?でも多用する事はあっても必要としない事もあるから必ずとは言わないかしら……」
「冷たい料理でも一度は火を通したりするけど、今回は違うね」
「火を必ず使う職業………………鍛冶師ですか?」
「その通り!龍焔の加護はね、簡単に言えば通常では手の出せない特殊な鍛冶を手掛けられる鍛冶師にとって憧れの能力なの。龍焔とは則ち神の炎だからね」
「何故、そのような能力をレイヤさんが?」
「流石にそれはわからない。あるとしたらそのまま、鍛冶の技能があったと推測できるくらい」
「うーん……あり得る、と言えばあり得るわね」
零夜は武術だけでなく武器に関しても造詣が深かった。
実は鍛冶の心得があったと言われても不思議ではない。
「と、ここまでスグルギレイヤの能力を解明して見たけど、どうだった?」
「……あたし達と出会い共に戦って、ただの人間にはない力に触れて、そして最後は……。その中で開花した能力がこれと思うと……」
「言葉を失う、と言いますか」
シャーリーとアイリスは揃って複雑な表情を浮かべる。
「客観的に見るとあまり戦闘向けの構成ではないね」
「あー、確かに。第一属性が全でも魔法に関する能力がないから持て余してる感じが。……ただ、それでも死神の力が強すぎるけど」
「しかも実際はそれを武術を交えて繰り出してくるのかと思うと……うん、無理」
エノとメグは苦笑している。
「……エノ、本当にありがとう。何も意味がないのに、あたしの我が儘に付き合ってくれて」
「構わないよ。どれだけできるか試してみたかっただけ」
嘯くエノにアイリスとメグは顔を見合わせて肩を竦めるのだった。
◇
通常の仕事にタマゴの世話や魂廻鬼の調査で慌ただしい毎日を送る中、月一の紅の世界の調査が始まった。
「今回はまだ大きな変化はないわね」
前回同様周りを見て回るがまだ主な場所が見えない。
「シャーリーさん、アイリスさん」
南側に戻るとそこへ紅の会代表の亘がやって来た。
初対面の時と違い、今回は1人だ。
「亘さん、ご無沙汰してます」
「いえいえ。早速ですが、例の件について」
「……どうでしたか?」
「なにぶん1人1人を確かめるのは途方もない人数ですし、中には関わりたくないと拒絶する方もおられるので……」
「まぁ、それもそうでしょう」
「それでも確実に進捗はあります。紅の世界の犠牲者……帰ってこなかった方々が夢で別れを言いに来たというお話を引き続き聞きます」
「やはり……」
「継続して調査は進めさせてもらいますね」
「はい、よろしくお願いしま――」
「それは困るんだよねぇ」
アイリスと亘が円滑に話していると、突然横からの声に遮られる。
見ると周りに遮蔽物のない荒れ地にいつの間にか何者かが立っていた。
ボロボロの黒いフード付きコートで頭から全身を覆い隠し、顔も仮面で隠している。
「……誰だ?」
ガロンが全員を庇うように前に出て、更にディーバが一般人の亘を庇うように動く。
「誰だっていいの。私は何者にもならないから。だからお前みたいな鮫人間どうでもいい」
若干言動が怪しい謎の人物はこの中で一番小さいアイリスより更に一回り小さく、その声音から少女と思われる。
(何、この感じ……)
何より纏っている雰囲気が得体の知れない不気味さでただただ異質だった。
「見た感じ、魂を解放して少しずつ見送ってる?へぇ、ここではそんなことになってるんだぁ。とりあえず、そこの2人」
少女はシャーリーとアイリスを指差す。
「もう少し詳しい話聞きたいから」
次の瞬間、少し離れた所に立っていた少女が突然シャーリーの目の前に現れた。
「黙ってやられてくれない?」
「ッ!?」
咄嗟にシャーリーは斧槍を取り出し攻撃を受け止める。
甲高い金属音の後、少女の背後に立つ形となったガロンが手刀を繰り出すも、少女はまたも一瞬で姿を消す。
「平和ボケしてるかと思ったけど、思ったより動けるねぇ?」
先程立っていた場所に再び姿を現し、少女は手に持つ武器を弄ぶ。
背丈に合わない大振りの刀のようだが、刃がボロボロで一見すると武器の体も成していない。
「…………」
だがアイリスは気付いている。
そんな武器だが、刃に魔力を纏わせることで強度と鋭さを増していることを。
気付かれないようにかなり細かい魔力操作がなされていることを。
「……やっぱり気付いているね?なら」
逆にそれに気付いた少女が視線をアイリスに向けた瞬間、アイリスの背後から突然赤いスライムが現れアイリスを呑み込もうとする。
「ッ!?」
即座に反応してアイリスは時間停止をかける。
が、スライムは止まらない。
それでも寸前で離れるも、その背後にスライムが現れる。
(! そんな!?)
スライムに覆い被されアイリスは地面に押し倒される。
呑み込むのではなく動きを止めることが目的らしく、スライムはアイリスに覆い被さったまま手足と口を封じる。
「アイリスッ!」
他の者からしてみれば一瞬で動きが見えてない中、少し離れた位置で捕まっているアイリスにシャーリーは火球を放つ。
だが届く前に横から少女が割り込み軽く打ち払う。
「やっぱりなかなかの対応力。…………?」
そこへふと影が差し、少女が上を見ると機械の巨躯――エノが降ってきた。
轟音と土煙を上げるそれを少女は大きく避けるも、そこへエノは続けて容赦なくショルダータックルで突き飛ばす。
「ぐはっ!!」
そしてエノがアイリスへ腕を伸ばすもスライムはアイリスを影に引きずり込み姿を消してしまった。
「クッ……!」
突き飛ばされた少女を改めて見ると、少女はゆっくり立ち上がりながら舌打ちした。
「鮫人間に蜥蜴人間、更にはロボ……この世界はどれ程知らない種族が紛れ込んでるのぉ?まぁ、とりあえず1人確保できただけ上出来としておこうか」
「貴女、アイリスを何処へ!?」
「それを素直に教えるわけないでしょおぉ?さぁ、色々試してみたいことがあるんだよねぇ」
そう言って、ダメージを感じさせない軽快な足取りで少女はスライムと同じく影に飛び込み姿を消した。
「ッ!……アイリス」
成す術もなくアイリスを拐われ、シャーリーは拳を握る。
「シャーリー!」
そこへシェンが遅れてやってきた。
「突然エノが飛び出していったから来てみれば……一体何があった?」
「……それが」
シャーリーが今起こった出来事を話すと、シェンは「ううむ……」と唸る。
「不意打ちとは言えまさかアイリスを捕縛するとは……」
「シェン様、俺達がアイリスさんを捜しだしてみせます!」
そこへガロンとディーバが捜索に名乗りを上げる。
「……しかし、異世界人は島の外に長期滞在できんのだ」
それは調査に参加するにあたって事前に言われていたことだった。
見た目から人間と異なる龍人族・獣人族・機人族は勿論、パッと見は区別がつかないながらも人間と比べて優れた力を内に秘める精霊族・天使族・魔人族は何も知らない人間への配慮等々の理由
であまり世間に姿を見せられないようにしているのだ。
「ッ!?ですが……!」
それでもわかっていて食い下がるガロンにシェンは手を上げて制する。
「とりあえずこの事を先方に伝えて交渉してみよう。結果が出るまではいつも通り動け」
つまり少なくとも交渉している間は捜しに行っても問題ない、シェンの意図を察したガロンとディーバはシェンに一礼して去っていく。
「あ、待って!あたしも――」
「しゃーりーハ駄目ダ」
「どうして!?」
「最も強大な力を持つ代行者は特にその行動を制限されるのだ。すまないが、お前は許可できん」
「ッ……!……わかりました。……亘さん、こんなことになって申し訳ありませんが、お送りします」
「あ、は、はい」
せめてとディーバの代わりに亘の護衛を買って出たシャーリーに、シェンは深くため息を吐きながら交渉の為についていく。
「エノ様」
その場に留まっているエノの傍にエレリルが降り立つ。
「撤収準備完了しました」
「ゴ苦労」
「先程の騒ぎは?」
「アア……」
どのみち説明しないといけないので、エノは調査に同行している者全員を呼び寄せアイリスが拐われた事を説明した。
「!!? アイリス様が!?」
「その得体の知れない少女(?)、何者でしょうか?」
「ワカラン。トリアエズ捜索ハ同ジ班ノ2人二任セルトシテ、我等ハしぇん様ガ戻リ次第撤収スル」
「……はっ」
捜索に加わりたい者もいるがあまり外で多人数で留まるわけにいかないのを知っているのでここは船まで戻るのだった。
◆
「それでどうするんだい?」
飛び出していったガロンとティーバはとりあえず行き帰りに使う船が停泊している、紅の世界の隣街だった廃墟のほぼ中央にやって来ていた。
「手段はどうあれ、そもそも移動魔法は基本的に移動距離がそれほど長くなく、何回も使えるものではない。平均的な魔力総量で2、3回使えれば良い方だそうだ。そしてそんなに遠くなくて潜伏できる場所となると必然的にここになる。……尤も、移動魔法云々はアイリスさんからの受け売りだがな」
「だろうね」
「だが廃墟のような遮蔽物が密集している、且つ余計な雑音がない場所は都合が良い」
そう言うとガロンは目を閉じ意識を集中させる。
(なるほど、そういうこと)
ガロンの能力を思い出したティーバは邪魔にならないようにその場で微動だにしない。
ロレンチーニ器官
サメやエイが持つ感覚器官の一種。
筋肉から発生する微弱な電流を感知することで砂や暗闇の中でも対象を捕捉できる。
更に水温や塩分濃度、地磁気も感知可能で、それぞれ環境への適応による狩猟効率の向上、長距離回遊や帰還にも役立つ、生きたレーダーである。
鮫の魚人であるガロンは魔法の才の代わりに生まれつきこの器官が非常に発達しており、地上でも問題なく機能するのだ。
「……こっちだ」
何かしらの動きを感知したのか、ガロンは動き始めた。
◆
「……ん」
アイリスが目を覚ますとそこは何処かの廃墟内の一室だった。
手足は捕らえられた時と同じスライムがそのまま拘束具代わりに纏わりつき動けない。
(このスライムは……)
スライムは知性がないので基本的に本能で補食しかしないが、こうしてただ拘束しているだけなのを見たところ、あの少女がうまく操作していることがわかる。
知性がないので精神操作といった他者を操る術が通りにくい。
仮にできたところで複雑な行動はできず、場合によっては仇になることが多く、操作するにしてもあまり向いていない。
それがあちらの世界でスライムが脅威かつ嫌われる一因になっている。
だがスライムは環境によって性質が大きく変わるモンスター、もしかしたらその性質をうまく利用しているのかもしれない。
そして、それを可能にするあの少女の素性が気になるところではあるが……。
「目を覚ましたみたいだね」
そこへあの少女がやってきた。
「本当は気を失っている間にやってもよかったんだけど、それだと面白くないんだよね」
「……面白く?」
「私はそれほど扱いが上手い訳じゃないから、相手を必要以上に苦しめちゃうの。まぁ、好都合だけど」
声音から滲み出る嗜虐性にアイリスは違和感を覚える。
最初に現れた時から言葉の節々から感じられる……。
「……私が憎いですか?」
その一言に少女の雰囲気は一変する。
つかみどころのない不気味なものから、ハッキリとした憎しみが漏れ出す。
「憎いかって?そんなの、決まってるでしょ?私の大事な人を奪っておいて」
「…………」
「意外に冷静ね。もっと言い訳するなり、醜く取り乱すかと思ったのに」
「少し前の私ならそうだったかもしれません。ですが今の私にはやらないといけないことがあります。果たさないといけない約束があります。ここで止まるわけにはいかないのです」
「……気に入らない。こっちを見透かしたような強い視線、気に入らない。もういい、さっさと終わらせる」
人を小馬鹿にしたような口調は成りを潜め、少女は淡々と言うと何処からか一振の剣を取り出し鞘から引き抜く。
「っ!?それは……!」
「当然、知ってるよね?」
鍔のない黒塗りの鞘と柄に赤い刃……それは本来ここにある筈のない物だった。
「天凶……何故それを」
「さぁね、それはあんたもよく知ってるでしょ?」
天凶の切っ先を向ける少女にアイリスは今までの情報から合点がいった。
(ああ、この娘は……)
そして天凶はアイリスの胸に突き刺された。
「――――っ!!」
あまりの痛みにアイリスは声にならない悲鳴をあげる。
それに調子を良くしたのか、少女はいたぶるように何度も天凶を突き刺す。
といっても肉体的にはダメージは無いらしく全くの無傷。
天凶は技量に応じて普通の太刀として斬ることもできれば、魂に干渉しその接続を断つことができる。
つまり少女は使い分けができる程度に使いこなせていると言うことになる。
(もう……ダメ……)
何度も突き刺されいよいよ意識が遠退きそうになるが、そこへ突然部屋の壁が倒壊し、向こうから何かが突進してきた。
「ぐあっ!?」
完全に不意を突かれた少女は吹き飛ばされ、その拍子に天凶もアイリスから抜け、何処かへ飛んでいった。
「見つけたぞ」
外まで吹っ飛ばされた少女を追ってガロンも出てくる。
その背後では先程の衝撃が決定打となりで建物が崩れていく。
「ティーバ、アイリスさんは?」
「詳しく見てもらわないとわからないけど、とりあえず息はあるよ」
しっかりアイリスを保護して脱出していたティーバが答える。
だが少女を捉えたままのその目は普段と違い、完全に人のそれではなく獲物を捕らえた肉食動物のそれとなっている。
普段の頼もしさはない肉食動物二人によろよろと立ち上がった少女も流石に息を呑む。
そこへ先程まで姿を見せなかった銀色のスライムがガロンに襲い掛かる。
しかしガロンはそれを一瞥もすることなく手刀一振りで切断した。
それだけでなくそのまま徐にスライムを掴むと少女に投げつけ、同時にその横を赤い物体が吹っ飛ばされていった。
銀色のスライムだけでなく、赤い物体――赤いスライムもぶつけられて少女は更に吹っ飛ばされる。
どうやら先程アイリスを拘束していたスライムが忍び寄っていた様だが、ティーバに通じず尻尾で薙ぎ払われたようだ。
「くっ……ここまで苦戦するなんて」
舌打ちする少女はスライム達を消すと、周りの地形に沿って高く飛び乗っていき逃走を図る。
だがそこに太陽を背に人影が過る。
「はあぁぁぁっ!!」
愛用の突撃槍を手に急降下してきたエレリルが槍の腹で少女を少し離れた場所まで叩き落した。
「エレリル!?」
「何故ここに!?」
ズゥンと音を響かせ立ち上る砂煙を横目にガロンとティーバは意外な援軍に驚く。
「シェン様から正式に許可を頂き、シャーリー様から依頼を承ってきました。……しかし」
地に降り立ったエレリルが言いながら晴れていく砂煙を見る。
そこにいる筈の少女の姿は既にいなくなっていた。
「逃げられたようです」
「まぁ、アイリスさん奪還が第一だし、別にいいけど」
「ここまで痛い目に合わせておけば早々ちょっかいもかけられないだろ」
一息吐きガロンはエレリルと共にティーバが抱えているアイリスの下に駆け寄る。
落ち着いた事で目も元に戻っているようだ。
「見た感じ大丈夫そうだけどどう?」
天使族なので癒しの心得がありそうなエレリルに見せるとエレリルも同意する。
「私から見ても特に問題はなさそうですね。ただ私も回復方面はあまりなので、専門の方に見ていただいた方がよろしいかと」
「天使族も得意不得意があるんだな」
「それはそうです」
「とりあえず、大至急お願いします」
「はい」
ティーバからアイリスを受け取りエレリルは一足先に飛んで戻っていき、ガロンとティーバもすぐに後を追った。
◇
「……ん」
目を覚まして上体を起こす。
「ここは……?」
周りを見回すも、ここは何の変哲もない田舎村の中心だった。
ただ光景こそは普通ですが、空が……というより空間がおかしい。
全体的に白くぼんやりとしていて、今にも儚く消え去りそうな雰囲気。
しかしこの場所に見覚えがありました。
「…………ここは、私が生まれ育った村……?」
100年と少し前、私が生を受け、7歳まで平和に暮らしていた村。
今は亡き、存在しない居場所……。
「何故、今頃になって……?」
そもそも私はあの娘に滅多刺しにされて気を失って……その直前に何か大きな音が聞こえて……。
「?」
不意に何かの気配を感じて振り返る。
そこには何もない、不自然な所で道が途切れているだけ。
でも妙な胸騒ぎがして立ち上がり途切れた道へ駆け出す。
途切れた道へ足を踏み入れた途端、一瞬周りの風景が歪み別の場所へやってきた。
「……!?」
気付いたら今度は紅の世界で私達が拠点としていた神社の石畳の上に立っていた。
ただあの時と違って、ここも変わらず白くぼんやりとしている。
中央の神殿に背を向け、正面には下に降りる為の長い石段へ続く門(鳥居というらしい)に何かがいた。
銀の光と紅の光を携えた炎の様に揺らめく黒い塊……でも『それ』が何かわからない筈のに何故かよくわかる。
「………………零夜さん」
震える手を伸ばしながらゆっくりと歩み寄ると、零夜さん(恐らく魂)は変わらず掌の上でふよふよ浮いている。
かと思えば私の周りを不規則に漂い始めた。
……今の零夜さんには肉体も意志もない。
そんな姿にしてしまったのは私が原因でもあるのに、それでも零夜さんが傍にいる事を嬉しく思ってしまう。
しかし次の瞬間、考えていた事を察したのか、零夜さんは急に私の頭に向かって体当たりしてきた。
ポンッと軽い衝撃と共に、急に意識が遠退き視界が真っ暗になった。
◆
「……??」
アイリスが静かに瞼を開くと、ちょうど覗き込んでいたシャーリーと目が合う。
「??」
朝目覚めたかの様に自然に身体を起こしたアイリスにシャーリーは一瞬思考が止まるも、すぐに我に返ってアイリスを強く抱きしめた。
「シャーリーさん?」
「よかった。本当に、無事で……」
失う恐怖を知っているからこそシャーリーの心情を察したアイリスはただ微かに震えるシャーリーを優しく抱き返すのだった。
落ち着いたところで改めて辺りを見回すと、見慣れない部屋のベッドの上である事が確認できた。
「ここは?」
「浮遊島の治癒院よ」
コンコン
「どうぞ」
「失礼します。目を覚まされたとの事で」
そこへクララを伴って灰色の髪を後ろで束ね、眼鏡の奥に優しい眼差しを持つ長身の天使族の男性が入ってきた。
恐らくアイリスが目覚めた時に一緒にいてそっと呼びに行ってくれたのだろう。
「はじめまして、この治癒院の代表を務めさせております、クルスと申します」
「あ、はじめまして」
「早速ですが、状態の方はどうですか?」
「特には……」
「話によると、剣で滅多刺しにされていたとの事ですが肉体には傷一つなく、その痕跡も見られませんでした。となると精神や魔力、または魂に直接攻撃されたと考えられるのですが、精神については私の方で確認させてもらいまして、こちらの方は異常なしと診断しました」
「え、わかるのですか!?」
「ええ、これでも精神については精神に干渉する能力持ちです。精神汚染など精神に干渉すればその痕跡を見つけ、対処もできます」
「そして魔力の方はサラさんに来てもらって診断してもらって、異常なしと診断されたわ」
「いやはや、魔力からのアプローチという未だに私ではわからない手段、共存誓約地ならではの見解で私は今の生活がとても有意義だと思ってますよ」
嬉しそうに語るクルスにアイリスは思わず頬を緩める。
メグによると天使族はどちらかというと共存こそ認めていても自分上位の傾向が強いという。
別の種族の医師が自分の知らない技術を持っているとなると目の敵にするなり拒絶なりしてもおかしくないが。
「……私はあくまで来ていただいた皆様を治すのが仕事であり、この仕事に誇りを持っています」
なんとなく察したのか、クルスは苦笑しつつ先に言う。
「その為なら同じ医師に協力を要請しますし応じる所存です。ただ、アイリスさんの場合はまだ手が足らないのです」
「先程言っていた精神、魔力、そして魂ですね」
「はい。生きとし生ける者の三要素は肉体・精神・魂とありますが、精神干渉と同じく魂に干渉する能力がどうしても必要となりますが……」
そう言ってクルスはシャーリーを見る。
「魂干渉系の能力持ちだけど、治療向けではないのよね……」
「ですので不安要素は残りますが、できる限りの診断はさせていただき問題はありませんでした」
不安要素を残したままなのが気掛かりな様子のクルスだったが、アイリスは笑顔でクルスの手を取った。
「いいえ、ここまで尽力していただきありがとうございます」
ということでアイリスはこのまま退院となり、心なしか急ぎ足でシャーリーとクララと共に屋敷へ帰っていった。




