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37話 いざ決戦の地


 私は大急ぎで荷物をまとめ、呼びつけた馬車に乗り込んだ。


「こんな夜に発つなんて、随分慌ただしいのね。あとその人は誰?」

「ごめんマリア、お父様には上手く言っておいて! あ、別に駆け落ちとかじゃないわよ!」

「はいはい、いってらっしゃい」


 見送りに出てきてくれた妹の目の不審そうなこと。

 呆れたように手を振られ、私は苦笑いを返した。


「いってきます」


 こんな姉が今から、王太子の婚約者お披露目パーティーをぶち壊しに行くなんて……思ってもみないだろう。

 


 御者を急かしまくったおかげか、翌日の昼過ぎには王都に到着した。

 降ろしてもらったのは都一番のブティックの前だ。

 

「上手くパーティーに潜入できても、このままの私で行ったらすぐエヴァにバレて追い出されてしまう。どうにか変装でもしないと……! というわけで、急いで買い物よ!」

「はい。金貨ならこちらにいくらでも」

「ありがとう!」


 これがヴァンクールの給金なのか、ルチアーノのお財布なのか……深くは考えない。国の一大事よ、たとえ国家の財産だったとしても使う権利があるはずだわ。

 私はもう図太く生きることにした。


 ブティックへ駆け込むと、普段の地味な黒や紺の服とは正反対の派手な赤いドレスとギラギラした宝石、ブロンドのウィッグを購入し、ガラリと装いを変えた。

 ある意味で目立つけど、私のイメージとはかけ離れていていいんじゃないかと思う。


「どうですかヴァンクールさん! 結構化けれたんじゃないですかね!?」

「はい、とても素晴らしいと思います。普段のアンナ先生とは別人ですね」

「そうでしょう、そうでしょう」


 店の窓に映る自分の姿を眺めれば、見慣れない自分にそわそわする。

 まぁ正直、顔を見たら当たり前に私なんだけど……。でも仮面パーティーでもないんだから、顔を隠すわけにはいかなくて。


「……思いきって傷でもつけてみようかな」


 それはそれで注目されそうで困るか……。

 

「あれ? 王立学園の……音楽のせんせ?」


 突然背後からそう声をかけられて、盛大に肩が揺れた。

 なんですって!? せっかくここまで金かけてイメチェンしたのに、即バレしてるじゃない!


「いや、私は音楽の先生などでは……!」


 ほぼ意味がないと思われる誤魔化しをしながら、声の主を振り返る。

 頬と鼻に点々と浮かぶそばかすが愛らしい、素朴な雰囲気の女の子がそこにいた。


(あら? 生徒にこんな子いたかしら……)


「え、音楽じゃなかったんですか? えっと、じゃあ……民俗学とか?」


 口調はふんわりしているけど声には芯があって、結構特徴的だ。たしかに聞き覚えはある。でも誰だったっけ?


「これはこれはミミ様。音楽祭の折にはお世話になりました」


 焦る私に、ヴァンクールがデキる執事らしくさりげなく答えを示してくれた。

 軽くお辞儀をするヴァンクールに対して、彼女も「こちらこそお世話になりました」と深々と頭を下げる。

 

 ミミって……え? あの歌姫、ミミ……?


「ええ!? ミミ!?」

「あ、そうですー、すみませんスッピンで」

「あ! いや! こちらこそすみません……! こう、ステージで見るのとはやっぱり印象が違ったので……! ステージではキラキラだけど、今は親しみやすさがあるというか……!」


 だめだ、何を言っても墓穴しか掘らない。

 でもなんというか本当に……別人なんだもの。


「たしかに化粧で印象変わるってよく言われますー」


 そんでそれは別に隠してるわけじゃないんだ?

 あっけらかんとしているミミも、イメージと違って驚いた。


 ここでは前世ほど化粧技術が発達していない。せいぜい粉をはたいて口紅や頬紅を差す程度。

 けれどミミのメイクは……


「アイブロウにアイライナー……してましたよね。もしかしたらマスカラも? どこかに売ってるんですか?」

「……? 何かの呪文ですかぁ?」


 伝わらない。道具の名前が違う? それとも完全な自作とか?

 

「そういえば先生も、プライベートは結構イメージ違うんですねぇ。びっくりして思わず声掛けちゃいましたぁ」


 そうなの、お金と時間をかけてイメージを変えたのよ。

 だけどあなたが、こんな変装じゃ全然足りないってわからせてくれたわ。


 私は力強くミミの両肩を掴んだ。


「ひゃっ!?」


 これは運命の出会いね。逃す手はないわ。


「ミミ……お金ならいくらでも払うから、私のお願い……聞いてくれない?」


 私の一見邪悪そうな申し出に、きょとんと目を丸くするミミ。

 

 ……ジャラ。

 後ろで、ヴァンクールが金貨の袋を掲げる音がした。


 

◇


 

「本当にありがとう、ミミ!」

「はーい、ぜひまたお仕事よろしくお願いしまーす」


 ミミの家を出て急いで馬車に戻ると、待っていたヴァンクールが私を見て、一瞬ギョッとしていた。

 

「これはまた……。えっと、本当にアンナ先生ですか?」

「ええ、正真正銘アンナ・リリコックでございます」


 ミミの詐欺メイクは思った以上の腕前だった。

 派手な赤いドレスと派手なブロンドに合わせた派手なメイクをしてもらった私は、本当の本当に……品のない令嬢って感じ。

 

 これはさすがに、エヴァに正体を見破られることはないと思う。

 だけどこれはこれで別の不安が過ぎる。


(これ……ルチアーノも私ってわからないんじゃ……?)


 やり過ぎたかもと冷や汗が背中を伝う中、ぽくぽくと優雅に馬車は進む。

 

 やがて馬車は、明々と灯りがともる決戦の地——王城へと到着した。


 

「——ところでヴァンクールさん、パーティーの招待状はあるの?」

「申し訳ございません、解雇されてからは私が王城に出入りすることは難しく……偽造の準備が間に合いませんでした。なので裏の窓から入りましょう。一度中に入ってさえしまえば、招待状の有無など関係ありませんから」


 なるほど……普通なら「窓!?」となるところだけど、ヴァンクールは昨日私の部屋に窓から入ってきた実績があるし、私一人増えてもなんとかなるんだろう。

 

 馬車を降り、闇に紛れて庭から裏側へ回り込む。

 しかし、


「ヴァンクールさん、こっちも警備がいっぱいいますよ……。これ以上窓に近づけません……」


 騒ぎにならずに飛び上がるのは難しそうな、複数の衛兵による監視の目がそこにあった。

 まるで誰かが裏から忍び込んでくると踏んでいるかのような。

 

「普段はこんなところにまで衛兵を配置したりしないのに……小娘の……いや、ドラマーティコ公爵の指示か……?」

「どうしましょうか……」

「……私が表で騒ぎを起こして、衛兵の目を惹きつけます。アンナ先生はその隙に中へ」

「え、じゃあ……」


 ここでお別れですか……と、口にはしなかったけど伝わったんだろう。

 ヴァンクールは私の右手をやさしく握ってくれた。


「大丈夫、私はいつだってあなたの傍にいる。もしものときは必ず私が守ります」


 手の甲の赤い花の印の上に、再びキスが落とされた。

 手がじんわりと温かい。


 ——そうね、別に一人になるわけじゃない。

 私にはたくさんの味方がいるんだから。

 私だってみんなのために、絶対なんとかしてみせる。


「ありがとう、ヴァンクールさん……」


 やわらかな微笑みを残して、ヴァンクールは庭の反対側へと飛び出していった。

 直後、「侵入者だ!」「捕まえろ!」とけたたましい怒号が上がり、衛兵が一斉にそちらへ雪崩れ込んでいく。

 

(今のうちに!)

 

 ヴァンクールが作ってくれた隙を突き、私はドレスの裾を摘まんで走り出した。

 しかし焦った私は落ちていた枝をパキリと踏み鳴らし……

 

「おい! そこでなにをしている!」


 残っていた衛兵にあっさり見つかってしまった。


「きゃー!」

 

 とにかく捕まってしまうことだけは避けなければならないと、踵を返して走り出した。

 

「待て!」

「ご! ごめんなさい! あの! お庭のバラがきれいで、つい! ついふらふらーっと入っちゃっただけなんです!」


 追われながら苦しすぎる言い訳を叫んだけど、逆にバラ泥棒とでも思われたかのごとく、向こうは激しい剣幕で怒鳴りつけてくる。


(だめだ、追いつかれる——!)


 すぐ後ろに迫った衛兵に、為す術なく捕まりかけた……まさにそのとき、

 ——ドンッ


「きゃっ……!?」

 

 後ろばかり気にしていたせいで前方確認がおろそかになり、勢いよく何かにぶつかった。

 そうして反動で倒れかけた私の体を、大きな腕がしっかりと抱き留める。

 

 

「大丈夫かい、アンナ」

 


 重厚な、耳に心地よく響く声が凛として、夜の空気を震わせる。

 ハッとして見上げると、


「失礼。私の連れが何か?」

「連れ? あなたは……」

「王立貴族学園理事長代理……ドミトリー・バリートンだ」


 眼鏡の奥のブルーグレーの瞳を光らせる、元推し……いや、推しが堂々と衛兵と対峙している。私はごくりと唾を飲んだ。


「ど……ドミトリーごめんなさい。はぐれてしまって」


 ドキドキする心臓を押さえ、咄嗟にそれらしく振る舞う。

 ドミトリーは一ミリの動揺も見せず私を抱き寄せると、流れるような動作で胸元から招待状を取り出し、衛兵に提示した。

 

「君、招待状ならここに」

「……たしかに。失礼いたしました。どうぞ、会場への入口はあちらです」

「ありがとう」


 差し出してくれたドミトリーの腕に、緊張しつつ手を通す。

 周りの男女がそうしているように、寄り添って大階段への道を進んだ。

 


「ドミトリー副理事長……! 助けてくださってありがとうございました! というかよく私だとわかりましたね……!?」


 不自然でない程度に声を潜めながら問いかければ、ドミトリーは前を向いたまま冷静に答える。

 

「当然だ。見た目はたしかにいつもと違うが、声は君だからな」


 それって……声だけで私だと気づいて庇ってくれたってこと? あんなに無駄や非効率が嫌いなドミトリーが、リスクを冒してまで……。

 

「それで、君はどうしてこんなところへ?」


 ……多くを語る時間はない。ドミトリーの腕を掴む手にぎゅっと力を込める。

 

「……私、どうしてもこのパーティーに参加したいんです。……副理事長、どうかこのまま私を、会場までエスコートしてもらえませんか?」


 本当はこんな風にだれかを巻き込むべきじゃない。だけどもうこれしかないと思った。

 

「……なにか事情があるようだな」

「はい……ドラマーティコ家のやつらに、一泡吹かせてやろうかと」

「!」

 

 ドミトリーが絶句して目を見開く。

 ……やばい、さすがに言葉を選ばなすぎたか。

 そう思った瞬間、彼はくっ……と口元を押さえ、なんとも清々しい笑い声をあげた。

 

「ふ、副理事長……!?」

「ああ、失礼……。いや、君は本当に……素晴らしいな」


 ドミトリーのこんな表情はゲームでも見たことがなかった。

 戸惑う私をよそに、彼は力強く続ける。

 

「私もドラマーティコ公爵家の一連の所業には納得がいっていない。家の権力任せで学園の自治を荒らすなど、あってはならないことだ」

「は、はい……!」

「君の言う通り……公爵家の卑怯なやり口に、ここで一矢報いてやろうじゃないか」

 

 ドミトリーの顔に、目が覚めるような美しい笑みが浮かぶ。

 私めがそんなお顔を見せていただいていいんですか!? とたじろぐオタク心と相性の悪い、先の尖ったピンヒールが少しだけつんのめった。


残り3話で完結です。

最後まで伴走していただけるとうれしいです。

ブックマークがまだの方は今のうちにお忘れなく!

よろしくお願いします!

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