↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
31/40

31話 倫理観以前の信条


「エヴァ・ドラマーティコ! どうせどっかで見てるんでしょう! 出てきなさい!!」


 そう叫んだその後すぐ、地面の砂を足で蹴る音が校舎の陰から聴こえてきた。


(そこか……!)


 スカートをたくし上げ、逃げようとするその足音を追いかける。

 とにかく足を前に出し、コーナーではドリフトを決め、すぐ目の前で赤髪を振り乱して走る少女を捉えた。


(今日は侍女じゃないのか)


 自分の手は汚さないタイプかと思ってたけど、もうなりふり構わなくなってるな。

 その髪を掴んでやりたくなる気持ちをぐっと抑え、なんとか腕を掴む。


「は、離しなさい! くっ……どうして私だと……!」

「そりゃわかるでしょうよ!」


 憎々しげに顔を歪めるエヴァ。

 ここでほんの少し後悔を滲ませるような表情でもすれば、こちらの溜飲も多少は下がるというものを……。


「ドラマーティコ嬢……楽譜を燃やすなんてどういうつもり!? あれが貴重なものだとわかっていてのことでしょう!?」

「そんなの……あんたがここからいなくなってほしいからに決まってるでしょ!」


 エヴァは私を睨みつけながら、掴まれた腕を振り払った。

 

「私はただ教師の仕事をしているだけなのに何が気に入りませんか? ルチアーノ殿下のことなら私には関係ないので、これ以上私に執着するのはやめてください」

「白々しい……! 再三忠告してやったのに! わざわざ列車に乗って、昨日まで殿下と一緒に出かけていたのはどこのどいつ!?」


 げ、よりにもよってなんでそれがバレてんのよ。

 ふいを突かれて口をもごつかせる私に、エヴァが畳み掛ける。


「しかも先程職員室であなた、スピント先生にまで言い寄られていたわね……」


 公爵令嬢のくせに、なんで職員室に聞き耳まで立ててんのよ。

 

「違う違う、あれはヨナス先生のいつものノリって感じで、言い寄られたとかそういうわけじゃ……」

「しかも最近はなぜかバリートン副理事長の寵愛を受けて、廃止予定だった音楽祭を存続にまで持ち込んだそうじゃない」

「ちょっと待て。因果関係が逆よ逆」

「挙句に殿下の付き人であり、美丈夫と名高いヴァンクールまであなたに求婚を申し出ているとか……!」


 ああもう、ここまで来れば「よくご存知で」としか。


「一体どれだけ汚い手を使えばそんな羨ま……淑女らしからぬ状況になるのかしら!?」

 

 今羨ましいって言いかけたわね……?


 にしても気づかないうちに、どれだけ私に付き纏ってきたのだろう。そういう地道な努力ができるなら、その才能をもっとルチアーノのために使えばよかったのに。

 

 しかしエヴァの主張だけを聞いたら、彼女目線では私が『男をはべらせまくる悪女』に見えるのも頷ける。

 もちろん、だからといって傷害事件も楽譜を燃やすなんてことも許されはしないけど、彼女が私を『打倒すべき敵』認定する理由はわかった。

 ルチアーノとの旅行のことといい、軽率にまぎらわしい真似をしてしまった私にも落ち度はあっただろう。

 

「ドラマーティコ嬢、すべて誤解といえば誤解です。必要もないのでいちいち弁明はしませんが……信じてほしいのは、私はこの学園に、ただただ教師として働きに来ているだけだということです」

「ただ働いてるだけなのに勝手に男が寄って来るとでも言いたいの?」

「そうじゃなくて……ああもう、なんにしろあなたの想い人はルチアーノ殿下なんですよね?」

「え……ええ、そうよ」

「なら私の素性や恋愛事情がどうであれ、私に敵意を向ける必要なんて何一つないでしょう」

「なんですって」


 とりあえずエヴァはルチアーノ一筋と見せかけて、いろいろよそ見までしているからややこしいことになっている。


「冷静に考えてください。たとえ私があらゆる男を惑わす魔性の女だとしても、ルチアーノ殿下と私がどうこうなることはありえないでしょう?」

「……なぜ言い切れるの」

「他の人ならまだともかく……私と殿下は教師と生徒なので」

「だから? それが何?」


 いや、『何』じゃないでしょう。私は軽く頭を抱えた。

 父といいこの子と言い、なーんで教師と生徒の恋愛が普通にアリみたいな倫理観してんのよ。

 

「……少なくとも私は、生徒を恋愛対象として見るようなことはありえません。まだあなた達が未成年で、守るべき対象だからというのもそうだけど……教師と生徒の間に不必要な感情や関係が入れば、そこに適切な教育は届けられなくなる。教師と生徒はそれ以上でも以下でもあってはいけない」


 驚きの表情を見せるエヴァに、私は毅然として伝えた。

 

「私にとって生徒は友人にも恋人にもなりえない。……だから私があなたにとっての障害になることは、100パーセントありません」


 私の言葉を聞いて、エヴァはゆっくりと口角を釣り上げた。

 それを手で隠すようにしながら、意地悪そうに問う。

 

「……誓って言えますの?」

「ええ。神にでも音楽にでも」


 誓えるわ。


 まっすぐ答えたら、「ふうん」と満足気にエヴァが破顔した。

 そしてその笑顔のままで、私の後ろに向かって声をかける。


「だそうですわ、ルチアーノ殿下」


 ——!


 エヴァの言葉に焦って背後を振り向くと、校舎の壁に背中を預けるようにしてルチアーノが立っていた。


(いつからいたの? まったく気が付かなかった)


 自分の先程の台詞を振り返れば血の気の引く思いがする。

 言ったことに何も嘘はなく本心だけれど、ルチアーノに聞かせることになるならもっと言葉を選んだのに。どうせ傷つけるにしても、つける傷はなるべく浅い方がいいと……そう思うから。

 

「ルチア——」

「ごめんなさい、私ったらいろいろ勘違いしていたみたいで。でもよかった、私の心配はすべて杞憂だったとわかって安心いたしました」


 エヴァは底意地の悪さが浮かぶさっきまでの笑顔と違って、こちらの毒気を抜くような可憐な笑みを見せた。

 それからその笑顔のままでルチアーノに駆け寄る。


「殿下はどうしてこのようなところに? ちょうどよかった、これから一緒にお茶でも——」

「エヴァ、君は席を外せ」


 背中がぞくりとするほど冷たい声だった。


「僕はこの教師に話がある」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。