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23話 なぜそうなる?


「ヴァンクール……エヴァ嬢を僕に近づけるなと言ってあったはずだが」


 生徒会室に入るなり、ルチアーノは苛立ちを顕にそう言ってソファにどっかり座り込んだ。

 

「申し訳ありません。この時間だと、いつもならまだ部屋でお休みになられているので」

「まったく……」

 

 なるほど、ゲームのナタリー側からするとルチアーノがもともとエヴァをどう思ってたかってことはわからなかったけど、最初から好印象ではなかったのか。

 にしても普段からヴァンクールが一体何をさせられているのか気になるところ。

 

「クラシカルなピアノ……ね。彼女は兄さんと僕の違いもわからなければ、兄さんのピアノと僕のそれの区別すらつかないんだな」


 ルチアーノは物悲しげにまつ毛を伏せる。


「兄さんのピアノが一番好きだと言っていたあの言葉だけは……本物だと信じてたのに」

 

 ……私が言えることは何もない。

 私は特に用もないくせに、ただ出ていくタイミングを掴めずに突っ立っていた。

 ルチアーノがヴァンクールを振り返る。

 

「もうこれ以上彼女と話すことはない。ヴァンクール、今後は徹底しろよ」

「しかし殿下、エヴァ様もそろそろ私の工作に気づき始めています。国王陛下も、公爵令嬢であるエヴァ様を……お兄様の元婚約者を、蔑ろにすることをよくは思わないでしょう」

「知ったことか。目の前で罵倒しないだけマシだと思って貰わないと困る。『お前が兄さんを愛していると言っていたのは嘘だったのか、お前が愛していたのは王太子の婚約者という立場だけだったんだな』……とな」

「殿下……」


 そうだ……エヴァはもとはといえば、未来の義姉として慕っていた人なんだものね。

 お兄さんが亡くなった今、彼女がルチアーノに近づこうとするのは家や自らの将来のことを考えれば自然な流れではあるものの……。お兄さんを愛しているとまで言っていた婚約者が自分にそのままシフトチェンジしてきたら、そりゃ複雑な気持ちにはなるかぁ。


 可哀想だとは思う。ルチアーノも、おそらくそうしなくてはならない立場にいるエヴァも。

 けれどやはり私がかける言葉などないので、ただぼうっと窓の外を眺める。

 

「……あんたは興味ないのか?」


 手持ち無沙汰な私を見兼ねたのか、ルチアーノが急にこちらへ話を振ってきた。

 

「なににですか?」

「王太子の婚約者という立場に」


 えー……?

 とにかく一介の教師の私なんかが口を挟むことじゃないんだってば。ただでさえエヴァには睨まれたしこれ以上不用意に巻き込もうとしないでほしい。

 

「そうですね……誰がその座を掴むのかとドキドキです」


 まぁナタリーだって知ってるけど。

 

 けれどルチアーノが求める返答とは違ったのか、「違う」とピシャリと言って。

 

「あんたがその椅子に座るつもりはないのかって聞いてるんだ」


 思わず、はぁ? と言ってしまいそうなことを聞いてきた。

 

「はぁ?」


 言った。


「はぁ? じゃない」

「いや……なぜ私が? そんなつもりあるわけないでしょう」


 なに? さっきみたいにまた私を盾にしようとかそういうこと? いやいやそうはいかないわよ。


「私なんてただの地方男爵令嬢ですし、過ぎた夢を見る趣味もございません」

 

 ……あ、でもこう言っちゃうと平民のナタリーの立場がないか。

 これまた求めていた返答とは違ったらしくムッとしているルチアーノに、慌ててフォローを入れる。

 

「えーと殿下、殿下のお隣にふさわしい方は必ずいますよ。もしかしたらその方は、殿下に釣り合う家柄ではないかもしれませんが……殿下なら身分の差なんて軽々と乗り越えられることでしょう」

「……ならあんたでもいいってことだろう」

「はぁ?」


 どこに食い下がっているのかと、今日二度目のはぁ? が出た。不敬罪でお咎めを食らわないことを願う。


「殿下、身分云々の前に私は教師ですよ。現実逃避も大概にしてください。ほら、胸に手を当てて。あなたの心にはもうこの先なくてはならない人がいるでしょう」


 そう、女神の歌声の持ち主、ナタリーよ。

 

 ルチアーノは言われた通り胸に手を当てたり……はしない。頬杖をついて、不満げにじっとこちらを見上げてくる。


「ああ、いるんだけど、どうやら相手にされてないらしい」

「ええ?そんなことはないでしょう、自信をもって!」

「あんたは一体誰の話をしてるんだ……」


 ずっとナタリーの話をしてるのに、これみよがしにため息を吐かれた。

 

「殿下……身分差を乗り越えた愛も素敵でしょうが、現実的な話をすれば、殿下は国のためを思って婚約者を選ぶべきお方。仮にエヴァ様ではないにしても、ドラマーティコ家以外の公爵令嬢や他国の姫君など、真にあなたのお隣にふさわしい人は、あなたの立場に釣り合うところに必ずおられます」


 長らく静観していたヴァンクールが、ここへ来てナタリー否定派と思しき発言をした。

 ルチアーノとしても意外だったのか、意表を突かれたような顔をしている。

 

 でもそうね、ヴァンクールだってなんでもかんでもルチアーノの言いなりなわけじゃない。

 例えばヴァンクールも攻略対象の一人なんだから、彼自身がすでに実はナタリーに並々ならぬ想いを抱えているというようなことも——

 

「ですので殿下の代わりに、アンナ先生には私の妻になっていただきましょう」

「……はい?」


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