21話 きっと祭りの終わりはいつだって寂しい
ヴァンクールが作ってくれたマイクとスピーカーは完璧な出来だった。
夏フェス会場と化した学園はもはや授業どころではないだろう。これぞ自由参加という名の強制参加。今は授業時間のはずの教員だって、ステージを眺めながらノリノリで音楽に身を任せている。
ここまで来るのは本当に大変だった。生徒達に合わせてこのステージに映える曲を選び、必要とあればそれを楽譜に書き起こし、指導を重ね、そのうえ演出やら屋台の企画やらオリジナルTシャツのデザイン作成まで、全部やった。
すべて手を抜かずにやりきった結果が、今目の前に広がる光景だ。
ステージの上でも下でも溢れる笑顔。
鳴り止まない音楽と歓声。
飛ぶように売れるTシャツとタオル。
——うん。努力がここまで報われることもまずないだろうと思えるぐらいの、120点満点!
「さすがだよアンナ先生……! まさか音楽祭をここまで変えてしまうなんて……!」
悦に浸りながら離れて音楽祭の様子を見ていた私に、ヨナスが駆け寄ってきた。
しっかり首にはオリジナルタオルをかけてくれている。
「ヨナス先生も楽しんでくれてますか?」
「もちろん! クラシックはつい眠くなりがちなんだけど、今日は興奮しっぱなし!」
「あら、クラシックだって演出次第ですよ。今日は生徒達の間口を広げることを第一に、こういう形をとりましたが……そのうちルチアーノ殿下が大講堂を建て直してくれるって言っているので、そのときにはぜひ大講堂でも眠くならないクラシックコンサートをしましょうね」
「ええ!? 大講堂を!?」
大袈裟に目を剥くヨナスについ笑ってしまった。
そう、ああ見えてルチアーノって相当な音楽好きなのよ。
「あ、そうだ次はスモークの準備をしないと……! じゃあすみません、私はこれで!」
「えっ、俺にもできることなら手伝うよ!」
「いえ、ヨナス先生は次のステージ、絶対見ていてください!」
まるで飼い主に置き去りにされた子犬のような表情をするヨナスを置いて、私はステージ裏に走った。
ヴァンクールの魔道具作りはマイクとスピーカーで手一杯だったので、他のあらゆるところは人力になる。
今懸命にライトの色を変えたり動かしているのも音楽科の生徒だし、演出に合わせて紙吹雪を打ち上げているのはさっきまで演奏していた子だったりする。
だけど舞台用の煙霧機は王都の劇場からお借りすることができた。私の仕事はこれを適切な場所に運んで、ボタンをポチっと押すこと。
「では今の演奏が終わり次第お願いします!」
このスモークと共に登場する予定の『彼女』にそう伝えれば、「はい!」と明るい笑顔と共に返事が返ってきた。
その数分後、前の演奏が終わった。演者がステージを降りたのを確認して、私は煙霧機のボタンを押す。
「お願いします!」
合図と同時に『彼女』が連れてきたバンドメンバーが楽器を打ち鳴らす。
これまで生徒達が作ってきたポップス調クラシックやゴスペル風コーラス、ジャズミュージックとはまた異なるテイストの——アイドルソングの前奏が、チラチラと輝く雪のごとく会場に降り注ぐ。
そして『彼女』がステージ背中側の隠し扉から舞台へと躍り出た。
「王立学園のみなさーん! こんにちはー!」
そう、彼女は——ルチアーノの王族パワーを遺憾無く発揮してお呼びした、歌姫ミミである。
彼女がステージに姿を現した瞬間、一部では今までと全く種類の違った歓声と驚きの悲鳴が上がった。
「ええええ!? 本物ぉ!?」
ヨナスの叫びも聴こえた気がする。
さすが王都で今一番人気の歌姫。大衆文化に疎いここの生徒達でも知っている子はそれなりにいるようで、観客席はパニックに近い戸惑いに包まれている。
しかしミミが歌いだせば、そんなパニックの波はすぐに感動の波へと姿を変えた。
ミミを知らない生徒達も、その異文化の音楽にすぐに飲み込まれているように見える。
そしてさすがプロはひと味違う。客席への目配せや声掛け、コールアンドレスポンスや手拍子の誘導など、ミミと観客が一丸となって音楽を作っているような一体感がすごい。
午前の部の締めとしてふさわしい、踊れや歌えの大騒ぎだった。
◇
昼休憩を挟んで、午後からもお祭りは続いた。
急造ロックバンドの演奏や合奏の飛び入り参加企画など、観客を飽きさせないための演出は多岐に渡り……そして、ついに。
太陽が傾き、涼しくなり始めた外気とともに観客の熱も落ち着いた頃、音楽祭は大詰めに差し掛かる。
ステージの真ん中に移動したグランドピアノ。
もともとは大講堂にあったものだ。スタインさんのおかげで調律も完璧。
まずそれに白いスポットライトがあたる。
「ピアノだけ?」
弾き手がいないスポットライトに観客がざわめく。
そんな中——静かに舞台へ上がったルチアーノ。
彼が椅子へ座ると、もう一つのスポットライトが彼に重なった。
観客がハッと息を呑む。
「殿下がピアノを?」
「音楽科からは離席されたのに」
場は言い知れぬ緊張感に包まれていた。
ただ見ているだけの私ですら手に嫌な汗をかく。
それでもルチアーノはゆっくりと鍵盤の上に手を置いて、音楽を奏でた。
彼が作った曲を、彼だけの音で。
クラシックでもジャズでもポップスでもない。
自由なその音楽は彼だけのものだ。
——なぜだか涙が溢れて止まらなかった。
その音には紛れもない『愛』を感じる。亡くなった兄に対してか、音楽そのものに対してか。
愛おしむように、慈しむように紡がれるメロディーは甘く耽美で、どこか切ない。
曲の最後は星のように煌めいた高音が、空気に溶けるように消えて終わる。
しばらく会場は無音だった。
けれど数秒後——
会場には割れんばかりの拍手と歓声が轟いた。
立ち上がったルチアーノが半ば放心状態で客席を見渡す。
それから緊張の糸が解けたように、顔をほころばせた。
そんな笑顔にまた私の涙腺が刺激される。
——ほら、あなたの音楽は素敵だって、こんなにたくさんの人が言ってるよ。
そう心の中で声を掛けたのがまるで聴こえたかのように。ルチアーノは私を振り返って、そしておそらく私の涙を見て、これまた嬉しそうに笑った。
(もう、人の泣き顔で笑うな)
ルチアーノの出番はこれで終わりではない。
さらにもう一つスポットライトが点いて、その光の中へナタリーが現れる。
「あれだれ?」
「音楽科の一年生よ」
ルチアーノ殿下と同じ舞台に立つことを許された女はどこのどいつかと、客席がまた少しざわめく。
そこでルチアーノは再び椅子へ腰掛けて、ピアノを弾いた。
優雅な美しい前奏。それに合わせて、ナタリーは歌い出す。そして——
——その場にいた誰もが、圧倒されていた。
否応なく心を鷲掴みにするヒロインの歌声に。
この歌声を前にして、あれはどこのどいつだと啖呵を切れる人間はもはやいないだろう。
しかもあの曲は、ナタリーのためにルチアーノに書き下ろしてもらった曲だ。
それがナタリーの歌声にぴったりハマって、恐ろしいほど感動的な音楽となって観客に襲いかかっている。
もはや無条件で涙が流れる。しばらくすると客席からも、しばしば鼻をすする音が聴こえるようになった。
天性の歌声で歌うヒロインと、そのヒロインのためにピアノを奏でるヒーロー。
強すぎる主人公カップルは当然見た目も強い。
スポットライトを浴びて輝く二人は、どこをどうとってもお似合いだった。
この曲のために、ルチアーノはたくさんナタリーのことを想っただろう。
この舞台のために、二人は何度も一緒に練習を重ねただろう。
ここまでで相当二人の愛が深まったに違いない。そういう音をしている。
(さっきの曲も……ナタリーへの『愛』をこめた曲だったのかも……)
そこで胸を刺す、ほんの少しの痛み。
……子の親離れって、たぶんきっとこういう痛みなんだわ。
こうして音楽祭は大盛況の後に幕を閉じた。
私の中にこれ以上ないほどの達成感と……一欠片の寂しさのようなものを残して。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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