19話 パンがなければお菓子をね
一旦ドミトリーには勝ったけれど、肝心の革命準備はまだこれからだ。
部活終わりにしばらく授業準備をした後、あのとき大講堂で弾いた革命のエチュードを弾き始める。そしたらいつものようにルチアーノがやって来た。
演奏後、私はすかさず振り返って彼に尋ねる。
「ねぇ殿下、生徒会はもちろん音楽祭の運営に協力してくれるわよね?」
ルチアーノならもちろん既に、音楽祭が自由参加による開催になったことは知っているだろう。
以前は『副理事長に掛け合ってあげようか?』とか言っていたぐらいだし、生徒会として堂々と動ける理由もできた今なら協力を仰いでも問題ないはず。
というかぶっちゃけ今私が描いている革命計画は、彼の協力なしには進まない。
それなのに。
「それはあんた次第じゃないかな」
「え」
逆にこちらを煽るような笑みを向け、素直にうんとは言わないルチアーノ。
そうか、最近が妙に優しかっただけで、本来こういう性格だったか。はいはい、貸付け貸付け。
私はわざとらしくため息をつきながら訊いた。
「どうすれば手伝ってくれる?」
「そうだな……今後ヨナス・スピントと二人で出かけるのは禁止。街でも劇場でも、付き添いが必要なら僕が行く」
「……はあ?」
まるで思いつきもしなかった条件の提示に、心の底からの「はあ?」が出た。
おすまし顔で一体この王子は何を言うのやら。一丁前に独占欲? 最近やたら懐かれてるなとは思ってたけど、それがイチ教師に言うことか。
「……まぁ、それで手伝ってくれるなら」
「よし」
確実にイチ教師に出す条件ではないが、そんなことでいいならありがたいという面もある。今後ヨナスと出掛ける予定も別にないし。
王子サマなんてのはこう、あんまり物を人とシェアとかしないだろうし、私のことも他人とシェアはし難いのかもね。……いやシェアというか、そもそも私は彼の所有物でもなんでもないんだけれど。
(まぁ今はいいや……)
違和感は多々あれど、また機嫌を損ねては困るのでもう深くは突っ込まないことにした。
「かといってどうするんだ? 会場があれなら、どれだけ生徒を呼び込んだところで意味が無いだろう。……ああ、大講堂の改修工事でもするのか?」
なんか口ぶり的にはそれすらできそうな感じだ。お願いしたい気持ちはあるけど、それはまた追々にしよう。
「大講堂に生徒は呼び込めないと思います。おそらく改修工事をしたところで『音楽祭はつまらない』という先入観は消せない」
「それはそうだな。なら他に策があるのか?」
「ええっと……」
私は本棚横のサイドチェストの引き出しから、ここ数日で書き溜めた音楽祭の企画書を取り出した。
「中央広場に、こういうステージを組みたいんです」
「! 音楽祭の会場を、大講堂から移すということか……」
「はい」
今までの音楽祭が大講堂で行われていたからといって、これからも同じ会場に縛られる必要は無いはずだ。
箱がデッドなら尚のこと。より良い音楽のためには、まずより良い環境を用意する。
「なるほどな……。よし、ヴァンクール」
ルチアーノは一人でここへ来ているはずなのに、振り返りもせずに従者の名前を呼んだ。すると、
「はい、殿下。国一番の建築士を手配いたしましょう」
どこからともなく現れたヴァンクールが、いつの間にかルチアーノの後ろに控えているではないか。しかもなんだか大層なことを言っている。
あっちにもこっちにも驚いて、逆に声が出ない。
「よ、翌日には解体できるやつでいいですからね……?」
とりあえずなんとかそれだけ伝えた。
「しかし、これはこれで演者にとっては過酷な環境だろう。反響の一切ない野外では、大講堂以上に音の聴こえる範囲が限られる」
「あ、はい、それなんですけど……」
そう、問題はそこだ。ただルチアーノに音を届かせられればよかった、この前の中庭ミニコンサートとはまたわけが違う。
ここからは私としても賭けになる。
「マイクとスピーカーがほしいんですけど……わかります?」
この世界には電気がない。
けれどミミのコンサートで色様々な光が照らされていたように、夜でも私達の手元や楽譜を照らしてくれる灯りがあるように、〝ライト〟は存在する。
これはこの世界では魔道具として分類される。あまり詳しいことは知らないけれど、魔石というものを動力として動いているらしい。
魔道具は高級品なので私の家にもほとんどなかったけれど、この学園はありとあらゆるところにこれが設置されている。
この原理があれば、ライト以外の電子機器……マイクやスピーカーだって、私の知らないところで実は存在しているんじゃないかと、そう踏んだ。
けれど「マイク……?」「スピーカー……?」と、不思議そうに呟く二人。
だめだ、まったく伝わってない!
ああ、せっかく勝負には勝ったのに賭けには負けた。
それらなしで野外コンサートができないわけではないけれど、あるとないとでは全然違う。
計画は練り直しだと絶望した。
「それはどういったものだ?」
「えっと……マイクは人の声や楽器の音を拾うための道具。スピーカーはマイクで拾った音を大きくして、広い範囲に聴こえるようにするための道具です」
「要は拡声器じゃないのか?」
ええーと、この世界の拡声器はまだたしか……メガホン(ただの筒)だ。
「違うんです……全然違うんですよ……」
打ちひしがれる私の前で、ルチアーノとヴァンクールが互いを見合わせた。
……あ、まずい。このままだと私の前世知識を無駄にご披露しただけになる。
「すみません……なんかそんな感じの魔道具があればいいなと思ったんです……」
なんだか夢見る音楽教師になってしまった。
いろんな意味で辛いなと思っているところで、ルチアーノがさらに続ける。
「そのマイクとスピーカーとやら、具体的な構造はあんたの頭の中にあるのか?」
「ええ? あ、ある程度は……?」
電気の仕組みとか、理系の難しい話はほとんどわからないけど。
ふむ。とルチアーノが顎に手を置く。
「どうだ、ヴァンクール……創ってやれそうか?」
「やってみましょうか」
「……え? つくる?」
「はい。こう見えても魔道具作りが得意でして」
そこまできてやっと思い出した。そうだ、ヴァンクールって……!
「ヴァンクールは齢を三百は過ぎた魔精霊だ。そこらの人間よりよっぽど魔術や魔石の扱いには詳しい」
そう、そういう設定だった!
長く生きすぎているせいで常に心のどこかに孤独を抱え、物事を俯瞰して見ている精霊従者。
ヒロインとのストーリーでは、人間であるヒロインがいつか必ず先に死んでしまうという葛藤を抱える二人の、種族差を超えた愛が描かれていた。
エンディングを迎えた時は涙まで流したのに、すっかり忘れてた。
というかそれって、ヒロインにしか明かされないまぁまぁなシークレット事項だったはずだけど……私が聞いちゃっていいのかな……。
不安になってヴァンクールを見てみたら、
「もう殿下、勝手に年齢バラさないでください」
年齢しか気にしてなかった。よかった。
「アンナ先生のイメージ通りにできるかはわかりませんが……まだ時間はありますし、できることはしてみましょう」
「あ……ありがとうございます、ヴァンクールさん……!」
まさかマイク製作から始まるとは思わなかったけど、希望は失わずにすんだ。
ヴァンクールの周りに後光が差して見える。
「ちなみに魔術ってどんなことができるんですか……?」
この際聞いとこう精神で聞いてみた。
この世界での魔術というのは、すでに失われた文明という扱いだ。だから実際に魔術や魔法というのを目にしたことはない。ゲームでもそこに関しての描写は特になかったような。
「大したことはできませんよ。アンナ先生の役に立てそうなことは何も」
「そうですか……」
何か見てみたいなというのが本音だったけど、それ以上を教えてくれそうにはなかった。
やはりたかがモブにそこまで知る権利はないか……。
「……で? 必要なものはこの程度か?」
ルチアーノが私の企画書を手に取って読み始めた。
それをパラパラとめくるごとに、顔が少しずつ険しくなる。
「必要なものですよね……実は……まだまだたくさんあります! 一つずつ説明しますね!」
ルチアーノの「ええ?」という顔を見ながら、私はこの野外コンサートの全貌についてを語った。
音楽祭に割り当てられた予算でも時間でも到底完成はしない、王族であるルチアーノをあてにしまくった私の……もはや野望とも呼べるそれを。
そうして私の演説を最後まで聞いたルチアーノは、呆れた様子で言った。
「これはまた、随分とやりたい放題だな……」
頭が痛いとまで聞こえてきそうだ。
「やっぱりさすがに難しいですか……?」
これが実現できれば、音楽祭は来年以降も存続できるんじゃないかと思ったけど。あまりにも他力本願すぎるし、やりたい放題と言われるのも無理はない。
調子に乗りすぎたかと俯いて、企画書を引っ込めかけた。
しかしルチアーノがそれを上から押さえた。
「……僕を誰だと思ってる」
呆れ調子は変わらない。だけどその口元は優しい弧を描いていて。
「あんたの些細な願いの一つや二つ、叶えられない男じゃないさ」
思わず息を呑んだ。
なんていうか、なんていうか……
「ありがとう……ございます……」
むずがゆい。あまりにもむずがゆい。
ルチアーノってこんなに自分に自信満々なキャラだったっけ。
なんかキャラ変してません? と聞きたくなるようなそんな気持ちを飲み込んで、夜が更ける。
それから打ち合わせは何夜にも渡って続いた。
来たる音楽祭——この学園の音楽革命の日に向けて。
「音楽祭の準備は滞りないだろうな? くれぐれも、一般生徒の迷惑にはならないように」
革命が起きるとも知らず、ドミトリーは音楽祭前日までいつもの調子。
「ええ、楽しみにしていてください」
「ハッ、何が楽しみなものか」
小馬鹿にした笑みだってなんのその。
私は大人の余裕で微笑みを返した。
いいわよ、明日にはその度肝を引っ掴んで抜いてやるから。
覚悟してなさい!




