16話 音楽祭廃止の危機!?
「いい曲になってきたじゃないですか。そのときのフィーリング次第で変わってしまわないよう、記譜はこまめにしましょうね。後で変えたくなったら書き換えればいいだけです」
「記譜が一番面倒くさい……あんたがやってくれ」
「いやですよ、私だって忙しいんです」
ルチアーノはやっぱり相変わらず毎日のように音楽館へやって来て、作曲の勉強をしたりピアノを弾いたり好き勝手に過ごしている。
ずっと相手をしていたら私の授業準備が進まないので、私も彼を軽くあしらうことを覚えた。
王太子殿下になんという口の利き方を! と人によっては顔面蒼白にでもなりそうだけど、ルチアーノも慣れた調子で過ごしているので大丈夫そう。
「そういえば、せっかくなら殿下の作った曲を披露する機会がほしいですね」
「曲を披露?」
考えたこともなかった、という反応だった。今時めずらしい、承認欲求というものが欠片も無い子だ。
「少し遠いですけど、二ヶ月後の音楽祭での発表なんかどうですか? ナタリーのようなミニコンサートの開催もいいですけど、どうせなら全校生徒の前で大々的に!」
なんたって王太子殿下の処女作の初お披露目なんだから、そりゃあもうなるべく盛大にして然るべきでしょう。
そう考えたけど、ルチアーノは「いやいや」と冷静に難色を示した。
「あれは僕の作る曲なんかが受け入れられる場じゃないだろう。音楽祭は賑やかし目的の祭りではない。神聖な音楽の祭典なんだ」
「なるほど……」
そうか、そういう感じだったのか。ナタリーが舞台の真ん中で堂々と歌い上げるシーンが印象的で覚えていたけど、その場の雰囲気まではよく知らなかった。
「うーん、でも何かしら目標はあった方がいいと思うんですよね」
せっかくいい曲を作っているのに、それを知っているのが私だけなのももったいないし。
けれど私のそんな思いを知ってか知らずか、ルチアーノは優しい微笑を口元に浮かべて言う。
「僕は別に、あんたが聴いてくれるならそれでいいよ」
「!」
思わず顔を逸らしてしまった。
顔面が美しすぎて、笑顔なんて直視できない。
(ルチアーノが基本的には無愛想な子で助かった……)
なんとも情けない助かり方だ。
しかし『あんたが聴いてくれるなら』……なんて、そうは言っても。せめてナタリーには聴かせたいんじゃない?
またランチタイムコンサートでも企画してみるかと、私は授業準備の傍らで構想を始めた。
——奇しくも、その翌日のことだった。
職員会議でドミトリー副理事長から、突然『音楽祭の廃止』が提案されたのは。
「はあ!? どうしてですか!?」
バンッと机に手をついて、勢いのままに立ち上がる。
そんな私をドミトリーは冷徹な目で睨んだ。
「君も知っての通り、我が校の生徒達には在学中に学ぶべきことが山ほどある。生徒にとって不必要な時間はなるべく削らねばならない」
「音楽祭が生徒に不必要って、そんなばかなこと……!」
「事実だろう。例えばこの学園から巣立つ生徒の中に、将来音楽家になる者が一体何人いる? その道に進むわけでもない生徒に、わざわざ演奏や鑑賞を促す時間がもったいないとは思わないのか。……君の言う『教養』としての音楽なら、普段の授業で十分だ」
「は……い、いろいろ言いたいことはありますけど……! 第一、音楽祭はすでにたったの二ヶ月後に迫ってるんですよ!? 生徒達だって楽しみにしてるでしょう!」
音楽科の生徒達の中には、音楽祭での演奏に向けて既に練習に励んでいる子だっている。
ただでさえこの学園は学校行事が少ないのに、それをさらに削ろうなんてのもあんまりだ。
「楽しみ……ね。君はまだ学園に来たばかりで現実を知らないだけだ」
「な……!」
「採決を取るのは来週の会議まで待とう。その間に君も、少しはこの学園のことを知りなさい」
なんなの、どういう意味?
私の発言の何がおかしいのかとひたすら腹が立って、それからの議題はなんにも頭に入らなかった。
会議が終わった後は、ドミトリーが職員室から出ていくのを見届けてすぐにヨナスの方を振り返った。
「ありえないですよね、副理事長!」
ヨナスは苦笑いで「まぁまぁ落ち着いて」と私をたしなめる。
「音楽祭はもともと理事長の発案で始まったもので、ずっと副理事長は気乗りしてなかったらしいんだ。理事長不在の今が、廃止に持ち込むチャンスだと踏んだんだろうね」
「なにそれ、やりたい放題じゃないですか!」
やっぱりとことんムカつくわ、私の元推し!
祭りだろうが祭典だろうが、音楽祭が生徒達にとって数少ない音楽に触れる機会なのには変わりない。貴重な機会を心待ちにしている生徒は、一般課程の生徒達の中にも必ずいるはずだわ。
それを勝手な独断で奪おうなんて許せない。
「音楽祭廃止なんて、絶対阻止してやるから!」




