15話 歌姫の音楽
ここで文句を言ったところでめんどくさいことになるのは目に見えてるし、エスコートごっこがしたいらしいルチアーノに任せて、手を引かれるままに建物の中に入った。
私がイメージしていたライブハウスよりも随分大きな建物だと思っていたけれど、中の部屋は一つではなく映画館のように分岐しているらしい。
受付では「二番です」と機械的に部屋の番号を伝えられた。
「ここで二番目に大きい部屋ってことだよ。ほんの少し前までは五番だったのに」
感慨深そうなヨナス。ついさっきまでルチアーノの登場に挙動不審だった彼も、ヴァンクールからの謝罪を聞いてからはもはや諦めがついたみたい。
「ここか」
五と四と三の部屋を通り過ぎて、二番の部屋へとたどり着く。
その開かれた扉の向こうには、煌びやかな音楽ホールがあった。
深紅の緞帳で隠された丸い舞台に、それに向かって緩やかに広がる客席。高い天井には大きなシャンデリアがいくつも吊り下げられ、空間を煌々と照らしている。
「なかなか……悪くはないな」
「きれいですね」
外観からの期待を裏切らなかった内装。
キャパは百から二百程度だろうか。やっぱりライブハウスなんて表現はまったく適切ではなかった。
なんにしろ一番嬉しいのは椅子があること。ライブといえば立ちっぱなしのイメージだったからヒールのない靴を履いてきてはいるけど、時間によっては大変だなと思っていた。
まぁでもよく考えたら、私たちは〝歌姫〟の舞台を見にきたわけで。この世界観の歌姫と言ったらそりゃこの雰囲気よね。
「私たちの席は……と、ここですね」
しっかり最前列。意図的か偶然か、ルチアーノ達は隣の席だ。
「最前列とはいえ、随分椅子が舞台から遠いんですね」
最前列といえば舞台の真ん前ぐらいのイメージだけど、ここは椅子と舞台の間に結構な広さの謎スペースが広がっていた。
実際に椅子に座ってみてもまぁまぁの違和感がある。
「うん、始まってみたらわかると思うけど、ミミのコンサートでは席の場所なんてどこだろうと関係なくて、あのスペースが重要なんだ」
ミミ、というのが例の歌姫だ。
で、席は関係なくてあの舞台の前のスペースが重要。ははーん。なんとなくわかったわ。
「私は席で見ていますね」
「うん、慣れないうちはそれがいい。この席よりむしろ後ろの席の方が見やすいかもしれないから、好きに移動したらいいよ」
「わかりました」
それからヨナスは顔を近づけてこっそりと告げた。
「殿下が何目的でいらっしゃったかは知らないけど……俺のことは上手く誤魔化しておいてくれる? 頼むよ」
「お任せください」
ヨナスがミミオタクだとルチアーノにバレないようにしてくれ、ということだ。とりあえずコンサートを見るだけだしなんの問題もないとは思うけど、普段オタク臭を徹底して隠している彼からすれば不安な状況だろう。
「おい、二人でなにをコソコソとしゃべってるんだ」
「いえ、別に」
ちょっとヨナスと喋っていただけで、ルチアーノが目ざとく絡んでくる。
それから彼がさらに何か言いかけたところで、
「わ!」
客席の灯りが消えた。
「きた!」
それを合図にヨナスが立ち上がる。というか周りのほとんど全員が立ち上がった。
「な、なんだ」
座ったままのルチアーノがきょろきょろと左右を見る。
そんな中、どこからともなくピアノの音色が流れ始めた。
軽やかでポップなイントロ。まさにアイドルソングのノリのそれにギターや打楽器の音色が重なって、
「うおおおおおお!」
場の雰囲気が野太い歓声と共に高まっていく。
そして緞帳が開いた瞬間、客席から観客達が駆け出した。
「なんなんだ! 一体!」
ある程度予想していた私と違って、初めて見る文化にドン引きするルチアーノ。さっきからずっと翻弄されていてかわいい。
ヨナス含む観客達は舞台をゼロ距離で取り囲んで、板付きで登場した歌姫ミミを割れんばかりの歓声で覆った。
そうだ、これが私がゲーム画面で見た光景だ。
「みんなー! 今日は来てくれてありがとうー!」
「おおおおおおおおお!」
ミミの声も観客の声もよく響く。いいホールだ。
「後ろに下がりましょう、殿下」
最前席は立ち見の最後列との距離が近すぎる。
私達は逆に最後席に移動して、もぬけの殻になっているそこに座った。
「あの観客達はどういうつもりだ……ここからだって舞台は見えるじゃないか……!」
たしかにここからでも十分歌姫の姿は見える。歌も聴こえる。ダンスの振りも、足は見えないけど手ならわかる。
ルチアーノの言う通り、座って見る分になにも問題はない。わざわざあそこに立つ必要はないように思える。
「だけどここは……ミミの音楽はそういう文化なんですよ」
ルチアーノは当然不可解そうだった。けれど、
「……そうか、これが僕の知らない音楽の世界か」
それを否定するわけではなく、理解しようとしているようには見えた。
曲は次々に変わっていく。定番のアイドルソングからしっとりしたバラード、しっかり歌い上げるソウルミュージックまで。
正直ミミの歌声そのものにナタリーのときほどの衝撃は受けなかったけれど、歌のクオリティはさすが人気急上昇中の歌姫といったところ。
演出もしっかりしていた。場面によって変わる様々な色のライトに、スモークや紙吹雪など、視覚的にも飽きさせない工夫が目白押しだ。
「………………」
ルチアーノはこの場にはそぐわないものの、静かに真剣に、ミミの音楽に向き合っていた。
地鳴りのような歓声、歌って踊る歌姫、形にハマらない自由な音楽。どれもこれも、ルチアーノにとっては初めてのものばかりだろう。
「ここにいる人間はみんな、この音楽が好きなんだな。僕にはうるさすぎて、あまり好みじゃない」
歌姫とのコールアンドレスポンスで会場は最高潮に盛り上がっている中の、素直な感想だった。
「そういうこともありますね。好みは人それぞれです。……これはあくまで世の中に溢れるありとあらゆる音楽の一部にすぎませんから、殿下の好みにぴったりハマる音楽だって必ずどこかにはありますよ」
ルチアーノにとってはそれがナタリーの歌のはずだけど、世界にそれだけとは限らない。
「音楽の形は、人の数だけ自由にあるものですから」
『好き』が多くて悪いことはない。
ルチアーノは舞台を眺めながら呟く。
「自由……か」
「ええ。音楽は自由でいいんです」
きらきら輝く歌姫の笑顔。心から音楽を楽しんでいる素敵な笑顔だ。
私も帰りにグッズ買おうかな、なんて考えながら見とれていたら、
「……やってみてもいい」
「へ?」
「作曲」
突然ルチアーノがそんなことを言い出した。
元はと言えばそりゃそういう話だったけど、あまりに唐突で。だけど驚きつつも「いいじゃないですか」と答えた。
「曲ができたらぜひ聴かせてくださいね」
「何言ってるんだ」
「はい?」
何が起きたかわからないけど、また一際大きな歓声が上がってルチアーノの声が聞こえづらくなった。
耳に手を当てて聴こえてませんアピール。
するとルチアーノは私の頭を引き寄せて、耳元で囁いた。
「未経験の僕に、作曲をしてみろなんて言い出したのはあんただろ。責任を持って、これから作曲のいろはを手とり足とり教えてもらわないと」
「……えっ」
頭が解放されたとき、ルチアーノは不敵に笑っていた。
「最後まで盛り上がっていこうねー!!」
歌姫がクライマックスへ向けてさらにエンジンをふかす。
私はといえば『いい加減残業代ぐらいは出してほしい』の気持ちで背もたれに沈んだ。
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