13話 いざライブハウスへ
「いきなり作曲といってもハードルが高いかもしれませんし、とりあえずいろんな音楽を聴いてみませんか?」
私の提案にルチアーノは「どういうことだ?」と首を傾げる。
「殿下は『音楽とはこうでなければならない』という思い込みが激しいようです。特に、お兄様のようでなくてはならないと」
「それは……」
「しかし殿下、世の中にはありとあらゆる音楽がありますよ。……殿下は宮廷や学園以外で音楽を聴いたことはありますか?」
「……いや、ない」
「それはそれは。貴族の手を離れた音楽が、大衆の間でどう発展しているか……きっと一度は見てみるべきです」
私はルチアーノの隣の椅子に座ったまま鍵盤に手を伸ばした。それから真ん中より少し上の鍵盤をはねるように叩く。
「! これは……」
「ジャズ、ブルース、J-POPにアニソン……ピアノだって、クラシック以外の音楽を奏でられるんです」
なんとなく耳が覚えていたジャズのフレーズやアニソンのサビを並べて弾いてみれば、ルチアーノは驚きつつも怪訝な顔で固まった。
これを『良し』と判断していいのか迷っているように見える。
「……そういえば今度ヨナス先生と一緒に、王都の劇場へ行く約束をしてるんです」
「……は? ヨナス・スピントと?」
「ヨナス先生ね。ええ、今巷で大人気の歌姫を観に。先生にお願いして、殿下の分のチケットも取ってもらいましょうか?」
チケット入手の難易度とかはよくわかっていないけど、さすがに前世のアイドルのようにエグい倍率だったりはしないだろう。チケットを取ってもらうだけなら、ヨナスの裏の顔がバレるようなことも無いはずだ。
歌姫と言ったって、ルチアーノにとってはナタリーの歌が至上かもしれない。でも生の大衆音楽に触れること自体はいい経験になると思う。
「……劇場というのはオペラハウスのことか?」
「いえ、おそらくオペラハウスというよりはライブハウスだったかと……」
ゲームの画面を見てた感じでは。
ルチアーノは「ライブ……?」と初めて聞いたらしい単語を呟く。ええと、王族のお坊ちゃまにライブハウスって一体どう伝えれば。
「オペラハウスほど大きな箱じゃなくて、もっと小さくて……たぶん静かに観劇っていうよりは、観客も声を上げたりして演者との一体感を味わったり……」
「声を上げる? 演奏中に?」
信じられない、と言わんばかりだ。
「場合によっては一緒に踊ったり」
「ありえないな。僕の行くようなところじゃない」
一刀両断。まぁルチアーノに似合うかと言われれば難しいのはそりゃあそう。
仕方ない、できれば本場の雰囲気込みで経験してもらいたかったけど、今度ヨナスにレコードを借りることにしよう。
「じゃあ私とヨナス先生が殿下の分まで楽しんできますね」
「それもだめだ。王立学園の教師が行くような場所でもない」
「ええ?」
『話題の歌姫』らしいから、さすがにそんなにアングラだったり風紀の乱れた場所だったりはしないと思うけど。
「しかも結婚前の女性が男と二人で出かけるなんて。絶対にだめだ」
腕を組んで、これ以上話すことは無いとばかりに顔を背けるルチアーノ。
この世界ではノーマルな価値観なのかもしれないけど、前世の記憶がある私からすれば、
「殿下って……お父さんみたい……」
「おとうさん!?」
若い男の子と話している感じがしない。
でもさすがにお父さんはショックを受けたみたいで申し訳ない。
「心配なさらなくても大丈夫ですよ。音楽教師にとってはこれも実地研修みたいなものです」
最後は適当なことを言って押し通した。
ルチアーノはそれからもあれこれと不満を垂れまくっていたけど、全部無視。
私もだんだん彼の扱いが手馴れてきたものだわ。
◇
ついに来たる週末。
私とヨナスは馬車を降り、街の華やかな空気の中、劇場の前で顔を見合せた。
「いよいよですね」
「うん。この日をどれだけ心待ちにしたことか……!」
「私もです」
ルチアーノを劇場に誘ってみたあの日からというもの、ルチアーノは毎日のように音楽館にやって来ては、やれライブハウスなんか行くなだやれ何処の馬の骨ともわからない男に気を許すな(ヨナスのことである)だとか、うるさいのなんの。
ただのイチ教師にさえあのありさま。将来ナタリーはさぞ苦労することだろう。
大人しいのなんて私がピアノを弾いている間だけだ。
でもそうやってしつこく絡まれるのもひとまず今日で終わり。楽しんで帰って、あとはゆっくりこの経験を語って聞かせてあげよう。
「ここへ来るまで長かったなぁ……急に仕事が増えたり、今日に限って茶会クラブが遠征茶会をしようとか言い出したり。大事に保管してたはずのチケットを一度紛失して、取り直すハメになったり……。何かが俺達のデート……いや、推し活を妨害しようとしてるようだったよ」
「……へぇ、大変でしたね……」
まさか。いや、まさかね。
私を説得できないルチアーノがヨナスの方からどうにかしようとしたとか……そんなわけ。まさかね。それはさすがにやりすぎよね。
ちょっと遠い目になった。もしこの想像が当たってたとしたら私が戦犯すぎる。
「でもなんにしろ無事にここに来られてよかった。……一緒に来てくれてありがとう、アンナ先生」
「そんな、こちらこそ。チケットありがとうございます」
ヨナスが少し照れくさそうに笑う。学園のヨナス・スピント先生が見せる笑顔とはまた違った表情だ。
「じゃあ……行こうか」
自然な動作で、ヨナスは私の前に手を差し出した。
いたって普通のエスコートだけど、そういう扱いをされるのに慣れていない私は咄嗟に手が出ない。
「あ……」
慌ててぎこちなく手を上げたところで、不服そうなルチアーノの顔が一瞬頭をよぎった。
(いやいや、ただのエスコートだから)
頭の中のルチアーノに反論を述べる。
それからヨナスの手のひらに自分の手を重ね——
——ようとしたのだけれど、その手はなぜか別の誰かの手のひらの上に着地していた。
「え」
当然のように私とヨナスの手の間に割り込んできたのは、
「エスコートなら僕がしてやる」
自分は行かないと言っていたはずの、ワガママ王子。




