第71話 命……それを奪う物の立場について
「最初の鯛……コイツはただ刺身を軽く茹でた代物煮すぎねーんだ。しかし、その一滴の汁が鍋に味をつける。そして、それを何度も繰り返すと今度は鯛の身の方に味が付いてくるようになる……それが鯛ちりの面白れぇところだ。神前、水菜を入れろ。それと春菊もだ。それと白菜も出汁の味が染みてきた時分だからな……食べごろだぞ」
ランはそう言いながら再び杯を傾け、それを見た山路老人はランの杯に酒を注ぐ。
山路老人の目にはランへの尊敬の念が確かにある。誠はそんなことを感じながら水菜と春菊を鍋に投じた。
「先生……あなたは味もそうだが常に周りが見えてる。俺もこの稼業に入って最初にしたのが人殺しだった。そして10年、臭い飯を食った。それで出てきてもこの世界から抜け出せなかった。あんだけ不味い飯と同じ毎日を繰り返す日々を強制されてきたのに何も変わらなかった。若い大事な時間を失っただけだというのに……」
ぽつりと山路老人はそう言いながら自分の杯に酒を注ぐ。
「親分さんよ。それが本当の『社会』ってもんなんだぜ。アタシは目覚めてすぐに軍人にされた。軍人は命令ならばいくら人を殺そうがそれが仕事でかたずけられる。それどころかそれが褒められる。人の人生を終わらせてるんだぜ?それがなんで褒められなきゃなんねーんだ?それが立派なことか?アタシがそれに気付くのにはずいぶん時間がかかった。目覚めてすでにそれが当たり前。人は殺すもの。そんなイカレタ社会……二度と戻りたくなかったが……」
ランは静かにそう言うとそのまま火の通ったばかりの誠の居れた春菊に箸を伸ばした。
「いや、軍人さんには背負うものがある。やくざの背負うものはただ自分の矜持……いや、それも最近のヤクザは背負っちゃいねえな。連中が背負ってるのは金づるである組織の金看板だけだ」
そう言う山路老人の言葉はどこか悲し気に誠には聞こえた。
「軍人が背負う物?いわゆる『国家』とか言う金看板のことか?あれとやくざの組の代紋のどこに違いがあるんだ?アタシにゃ分からねーな。ただ、今、アタシが軍事警察なんて言う面倒な仕事をしてるのはアタシ以外にそれが出来る奴がいねーからだ。この手……何人殺した?山路さん。アンタにゃ悪いが人一人くらいはアタシから言わせればかわいいもんだ。アタシは民間人だけで50万、軍人は720万は殺してる。一人?そんなの端数でアタシも知らねー。結局、食うために人を殺したんだ。やくざと軍人……その違いを見極めるためにアタシは今でも銃を持ちシュツルム・パンツァーに乗ってる……その結果、どっちも同じって答えが出るかもしれねーってのが最近のアタシの思いだな」
そんな言葉を言いながら鯛を口に運ぶランの目はどこか悲しげな光を放っているように誠には見えた。




