第65話 ここはやくざの組事務所ではないとランは言った
「おう、神前。そう言うこった。とりあえず、オメーはアタシの隣に座れ……鍋奉行は山路の親父さん。アンタに頼むわ。そしてこういう席で選ぶアンタの酒。アタシは嫌いじゃないね。今日はなんで行く?」
上座にどっかりと腰を下ろしたランは誠にそう言って手招きをした。
「酒ですか。こういったところでは地球産やそこで知られた酒の銘柄を選ぶもんですが……ここはちょいとひと工夫したいと思いましてね……まあ、飲んでみてのお楽しみと言う奴ですよ」
山路と呼ばれた老人はランの正面に座ると斜め脇に座る誠を満足そうに眼をやった後、三人が席に着くのを見守っていたやくざ者に視線を投げた。
視線を向けられたまだ寒いというのに薄手の白いジャケットに赤いワイシャツと言う姿の男はそのまま奥へと消えていった。
「うまいものを食い、上手いものを飲む……でもそれもこれも世の人々からはあまり歓迎されていないシノギで得た金だ。良い身分と言うが……娑婆と言うものは辛いものですよ」
山路はそう言ってランに笑いかける。ランもまた静かにうなずくと次第に火が強くなる鍋のお湯を見ながら笑顔を浮かべていた。
「クバルカ中佐。でも、本当にいいんですか?ここの組って……」
誠は勇気を込めて黙って鍋を見つめているランに向けて口を開いた。
「山路さんの組……ここ豊川をシマとする山路組は指定暴力団東和会の傘下から3年前に破門されてる。つまりここはやくざの組事務所ではなく任意団体の所有するビルのオーナーの私室と言うわけだ。それに何か問題があるのか?あるなら言ってみろ」
ランは鋭い口調で誠に向けてそう言った。
東和会と言えば世間に疎い誠でも知っている関東でも屈指の武闘派の暴力団とされていた。誠が子供の頃は関東進出を狙う関西系の山川会との多くの銃撃抗争事件で何人もの市民を巻き添えにするという事件を起こしたほどの危険な暴力団組織だった。
「アタシが山路さんに会った時……ああ、この豊川で司法局実働部隊の設立任務の補助で裾野の東和陸軍の教導隊からよく出かけてきてたんだが、この街は他のやくざのシマとは違った雰囲気があった。だから、ここのシマの頭に会おうとアタシはここを訪れた。当時の山路さんは……アタシから見ても悩んでいたよ。やくざは博打と高市で生きるのが本分だ。今のヤクザは薬と女で金を稼いでなんぼの世界だ。そこに『漢』の生きる道はあるのかってな……そこで、アタシは山路さんと飲みながら天下国家を論じ、腹の底まで通じるまで飲み明かした。結果、山路さんは東和会に絶縁状を送り付け、そこにアタシが一筆添えた。もし山路さんに何かあったら『真紅の粛清者』が東和会の構成員の首を一人残らず落とすと書いてな」
ランは懐かしい思い出を語るような口調でそう言うがその内容のすさまじさに誠はただあっけにとられた。




