第64話 どこまでも『偉大』なちっちゃな副隊長
「これは……」
平然と前を歩く親分と呼ばれた老人とランに続いて歩く誠は周りの光景に息を飲んでいた。
壁にはいくつもの大門入りの小田原提灯が並び、廊下の横から出て来る若い衆は二人を見ると恭しく頭を下げる。
「はあ、どうも」
そんな後ろを大柄な割に迫力ゼロでついていくだけの誠は自分の情けなさに涙が出るところだった。
「ああ、先生。今日の鯛ちりですが……先生の助言通りに4匹の鯛のアラからしっかりと出汁を取ってみました。その分身が余るのですが、まあうちの若い連中も良いものが食えると喜んでいます」
親分と呼ばれた老人はその頑迷そうな人相に似合わぬ柔和な笑みをランに向けていた。
「おー、そーか。そりゃー楽しみだ。鍋物は出汁がすべてなんだ。新鮮な具材、良い水、そして適度な火加減。そんなもんは当然の話だが、出汁一つでそれらのすべてが台無しになるんだ。でも、あのアタシの料理をやってくれている奴だが……いい加減堅気になったほーがいーんじゃねーのか?あの腕だ。別に場所なんてどこでもいいから店を持たせてやれば十分食っていけるだろ」
長い廊下を歩きながらランは親分と呼ばれた老人と呼ばれた老人に向けてそう言った。
「はあ、先生の言うことはもっともなんですがね……この世界。一度は言ったら抜けるってのは難しい。アイツにもそのことは話して金なら出してやると言っては見ているんですが、先生のような味の分かる客に出会える保証が何処にあるんですかの一点張りですわ。まあ、アイツは死ぬまでやくざ者。他のやくざ者と違うのは料理が出来るくらいのもの。そうして生きていくのも一つの『漢の生き方』っていつも先生が言っているじゃないですか」
廊下が突き当たると自然とふすまが開かれ視界が広がった。
目の前には巨大な神棚の隣の掛け軸には『天照大神』と筆で書かれている。その20畳は有ろうかと言う広間の奥には火鉢が置かれ、その上には大きな鍋が置かれていた。
その隣には山のように並べられた薄切りにしたタイの身と季節の野菜。
「おー、いー出汁の香りだ。これなら今日と言う日も良い日として終ることができる」
満足げにランはそう言うとそのまま部屋の奥にずかずかと歩いていき一番の上座に座った。
「あのークバルカ中佐。そういうところは親分さんの……」
誠はまるで主人のようにふるまうちっちゃなランの態度に引きながらそうつぶやいた。
「若いの。先生を差し置いて俺みたいな半端もんが上座に座るなんざ出来る事じゃねえんだよ。先生、酒はどうしますか?」
親分と呼ばれた老人の鋭い眼光に当てられるとともにこの上下の身分の厳しい極道の世界においてすらその勇名をとどろかせるちっちゃな副隊長のランの貫禄に押されていた。




