第38話 欲を持たない遼州人としての誠の選択
「鷹司部長……お言葉ですが、僕は今の暮らしを手放す気にはなれません。もし、かえでさんを選ぶとしても同じです。この『特殊な部隊』のごちゃごちゃした雰囲気こそが僕の居場所ですから」
誠は決心を決めたようにはっきりとそう言った。
鷹司は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに納得したようにうなずいた。
「そう……そうかもね。あなたも隊長と同じで遼州人ですもの。あの、永遠の命を持ち永遠の権力者として君臨し続けることができた遼帝国の太宗遼薫は数代の皇帝を後見した後、王宮を捨てて野に下った。隊長もまた常々王宮などと言うものは自分には似合わない場所で、宰相になった伊藤隼人氏が遼南人民党の幹部を粛清するクーデターを起こして銃を突き付けて『皇帝になれ』と言ったからなっただけだって言ってたもの。遼州人には地球人から見ても異常に欲がない……まあ、性欲は別として」
そう言って鷹司が自分の股間を見つめて来るのを見て誠は顔を赤らめた。
「でも、そうなんでしょうね。遼州人は1億年の間、ずっと焼き畑農業だけを続けてきて一切の進歩や豊かさを拒否することでその命脈を保ってきた。もし、遼州人に地球人のような欲望があったのならその文明は次から次へと丁度地球がたどったように進歩を続け1万年もすれば自滅の道を歩んでいたかもしれない……遼州人の歴史……いいえ、遼州人は歴史すら持つことを拒んでいる。ただ、変わらぬ日常だけを求めるのが遼州人の本質……そう言うこの遼州圏に住む元地球人達もそんな遼州人に感化されて進歩に対して後ろ向きになっている」
鷹司は弁当箱を風呂敷包に包みながらそう言った。
「甲武は大正時代の文化レベルと平安時代の政治制度でその進歩を捨ててしまった。外惑星や遼北は未だに20世紀の共産主義全盛期の時代を生き続けている。ゲルパルトはナチスの時代にとどまり続けることは危険だということでその思想を改めたけれどもその文化レベルは冷戦期のそれから動こうとしない。西モスレムもまた厳格なイスラム法を施行して進歩を拒絶している……この遼州圏に移り住んだ……移り住まざるを得なかった地球人もまた、今の地球圏の勢力下にある地球人達からすれば完全にイレギュラーな異質な存在だものね」
皮肉とも哀しみとも取れる表情がそこに浮かんでいた。
「まあ、この部屋の東和共和国の未だに蛍光灯の電灯の下でお弁当を食べていること自体、遼州系に住むということがどういう意味を持つことか……分かるという物よね。まあ、その進歩を拒む思想から外れて地球圏のように生きたいと思う地球人も少なからずいるし遼州人の中にもそんな存在が居る……人それぞれと言うことかもね」
そう言って笑って鷹司は会議室のドアに手を伸ばした。
「でも、かえで君があなたの周りの女性では一番魅力的なのは事実だから。それは忘れないでね」
まるで捨て台詞のようにそう言うと鷹司は部屋を出て行った。
一人残された誠は自分が選んだ道と選ぼうとしている道について考えようとしたが、あまりそう言う抽象的なことを考えることが得意でない誠はとりあえずと温泉卵を食べることにした。




