第33話 『哲人政治』と似て非なる『独裁政治』
「たぶんですけど……その本をかえでさんのお父さんに勧めたのは隊長じゃないですか?あの人の読書量は半端じゃないんで」
誠はあてずっぽうにそう言ってみた。その言葉に鷹司は満足げにうなずいて見せる。
「良く分かってるわね。さすがにかえで君の言う通り君は知識を持つ機会が無かっただけで知識を得る能力は十分に持っているということね。そう。隊長は5歳の時に家庭教師から一番優れた皇帝について尋ねるとその家庭教師はマルクス・アウレリウス・アントニウス以上の人物はいないと言ってその『自省録』を勧めたという話だわ。それ以来隊長はこの本を常に……ああ、あの人は東和に来てからはお金がないからすぐ古本屋に売りに行くから持ってないけど、ほぼ全文を暗唱できるほど読み込んだと言ってたわ。当然、読書家で知られるクバルカ中佐にも勧めたそうよ」
鷹司は笑顔でそう言った。
「さっき話題に出てきたソクラテスは民主主義を完全否定して代わりに『哲人政治』と言う政体の必要性を説いたの。哲学者が民衆を指導し教化する世界が理想だと彼は言った。民主主義は確かに平等かもしれない。でも、現実世界の人間には絶対的に差があるのもまた事実。富にも、能力にも、知識にも差がある。それを同じ投票と言う同じ力を与えればより数に勝る人々が勝つのが当たり前。悲しいけどこの世界の7割の人間にはそもそも政治に関わることを口にする際に最低限必要な知識を学ぶ能力はない。そして、残りの3割はその能力はあるけれどもそんな事の為にその能力を使うのならば私利私欲のためにそれを利用する……だから民主主義は必ず腐敗する……3割の知的特権階級がその知性を利益に還元するためにね」
そう言う鷹司の顔には哀しみの表情が浮かんでいた。
「でも、その『哲人政治』には弱点もある。それはそれが独裁体制であるということ。つまり独裁者は自分の政治を『哲人政治』だと言い切ればその国ではソクラテスの理想は完成したことになる……ナポレオン、ヒトラー、スターリン、毛沢東、ポル・ポト。自称『哲人政治』を行った政治家は山ほどいるわ。でも彼等にはマルクス・アウレリウス・アントニウスの『自省録』を書くことはできないし、彼等がそれを読んだとしてもくだらないの一言でごみ箱に捨てるでしょうね。『哲人政治』を自称する独裁者にとって内省的であることは罪の意識を強める不快な効果しかない。人は楽に生きたい、人は自分を立派だと思ってもらいたい、そして独裁者にはそう思わせる力がある。だから彼等は決して自らを鏡で見ることができない……おそらく、マルクス・アウレリウス・アントニウスに続く二人目の『哲人政治』を実現した皇帝が隊長……だからあの人は玉座から逃げ出して『特殊な部隊』の隊長をやっているのよ」
鷹司は少し呆れたようにそう言って笑った。




