第32話 理想家の民主政治家の尊敬する唯一の皇帝
「これはかえで君のお父さんでかなめさんのお父さんなんだけど……大蔵省で幹部職員を集めた会議の際に大臣を差し置いて全員にミカンとある本を配ったのよ……」
鷹司は懐かしむようにそう口にした。
「ある本……かえでさんや西園寺さんのお父さんが自分はミカン農家の子孫だから貴族なんかじゃないっていつも言っているとは聞かされたんですけど……本ですか……」
誠は『平民宰相』を自称する民衆を守ろうとする元貴族の宰相西園寺義基がどんな本を配ったのか興味を持った。
「その本……まあ君が理系人間で文系知識が無いのは知ってるし、歴史に詳しい人でもその政治家についてあまり語る人は少ない……その人があまりに立派過ぎて自分がみじめに思えて来るから……特に政治家はこの本の存在を隠したがる。地球人で唯一のまともな精神を持っていた政治家……彼は皇帝として産まれ、皇帝として生き、皇帝として死んだ。そこに民主主義の入り込む余地はなかった。もし彼が民主主義の時代に生きていたのなら彼は政治家などと言うものは目指さなかった……資本主義の時代なら恐らくはどんな企業にも雇ってもらえずに飢え死にしたでしょうね……そんな人物の書籍を西園寺首相は全省庁の幹部職員に配布したそうよ」
鷹司の言葉に誠は疑問しか感じなかった。
「そんな役に立ち層の無い人が立派な政治家なんですか?なんでです?どんな企業も雇わない人材なんでしょ?皇帝だから失業しなかっただけで」
そんな誠の反論に鷹司は優しい笑みを返した。
「彼……マルクス・アウレリウス・アントニウス……まあ、世界史を専攻していればローマ帝国最盛期の中でも最大の領域を誇った時代の皇帝なんだけど、彼は『自省録』と言う書物を残した。そこには政治家のあるべき姿……いえ、人間のあるべき姿と彼が思うものが書いてある。私もそれを読んで、この人物は皇帝として産まれなかった限り絶対権力を握ることは無かったと確信したわ。このような内省的な……常に自分の行いに疑問を持ち、反省し、それでいてそのことをひとに求めることのない人物。そんな人物は皇帝にでも生まれない限り権力を目指すわけがない……権力を目指す人間は自分の行動に疑問を持ったら折れてしまう。反省はすべて他人から押し付けられたとき以外してはならない。そして自分の理想をひとに求める……それが権力者の宿命。特に民主主義と言う選挙と言う血を流さない戦争を勝ち抜くためには『自省』と言う言葉は捨てなければならない。民主主義は絶対に自ら反省する能力を持つ人間を権力の座にはつけない制度……私はその本を読んでそう感じたわ」
鷹司の冷たい口調に誠はそのマルクス・アウレリウス・アントニウスと言う人物とその著述だという『自省録』に興味を持った。




