進むことのない針
「小林さん、今日はこちらの科で研修を受けてください。」
「・・・・は・・・い。」
目元を少し隠した前髪が邪魔だ。
でもこうすることで私に指示した人がどんな表情だったか。
それが見えないのが、いい。
インターンが今日も始まる。
「本当に暗くて、なんだかいやだわ・・・」
「変なのが紛れるんだよなあ。。」
そんな陰口には慣れっこだった。
私は人の暗部にさらされて生きてきた。
そんなのは慣れている。
だからこそ、私に応対するときのあの偽善的な笑顔が、
嫌だった。
そんなこともあって前髪で視界を奪っている。
医師を目指して頑張ってきたのだ。
ここで折れるわけにはいかなかった。
だが、メンタルも強いわけではなかった。
だから、性悪説にのっとり他人に期待しない生き方をしてきた。
「今日は・・・・内科?」
内科のインターン。
内科とはいっても、神経内科だ。
非常に検査が多く、待ち時間も長い。
病院は病気を治す場所。
希望を抱くことのできる場所。
そんな青写真を片手にインターンにやってきたわけだが、
まったくそんなことはなかった。
兄のような人を増やしたくなかった。
兄はある日、神経が侵されていき、体が壊れていった。
大好きだったこともできなくなった。
無理したのだ。
神経がすべて機能しなくなった。
そのまま帰らぬ人になった。
兄の絶望を、未来への希望に変えたい。
そんな青臭い志を抱えて医師を目指したのだ。
だけども、
やはり病院が終の棲家になってしまう人もいたし、治ることのない病と闘い続けて
帰らぬ人になってしまう人も多くいた。
そんなことは知識の上で知っていたけど、実際の臨床の現場に入ると
そういった事実が否応にも私の心を引き裂いていく。
インターンも心を殺しながらその日その日暮らしのメンタルで行くしかなかった。
夕方になる。
「今日は帰っていいよ。」
「はい、お疲れさまでした。」
インターンを終えて岐路につく。
コンビニでビールと適当なつまみを購入し、木造アパートのわが寝床にそろそろとかえっていく。
「ひどい顔。」
鏡で見た自分はとてもひどい顔だった。
仮にも嫁入り前の女性だし、これから女ざかりだというのに、
もはややつれて生気すら感じられなかった。
「医師になるの・・・・やめようかな。」
私のメンタルなんてそんなもん。
でも一応お金もかかったし、医師免許だけはとっておかないと。
惰性で続けられる勉強量と労働時間ではなかったが、心を殺して日々を暮らしていた。
そんな私は、毎晩心の洗濯の為にしている習慣がある。
ビール片手にそれを見れば、私はまた多幸感に包まれて、ドーパミンがガンガン分泌されて
生きていけるのだ。
それは2年前の日付でとられている、ある動画だ。
私の生きる糧。
でもこれもいつまで続くだろうか。
だって。
2年前から何もときは動いていないのだ。




