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お仕事は皮算用から(後編)

オリジナルの医薬品『万霊丹』を開発した白蓮様と、それを販売する外商院。

しかし販売継続には幾つか課題もあるようで……。

一方で澪は、まるで前の世界で参加しているかのような会議の内容に、

次第に話にのめり込んでいき……。

 外商院との打合せは、ほぼ悪徳商人達の密談の様相を呈してきた。

 

 「市井への薬種の販売とは、なかなか面白い思いつきだったな。民の健康増進を目的とした福祉策としての建前もなかなか良い。試験的な取組だったが、方々の反応を見るに予想以上の結果が出たようだ」

 「はい。薬種組合の動きが我々の予想以上に早いのも、外国を周る行商人達から万霊丹ばんれいたんに関する情報が多く入っているからでしょう」

 「まあ諸所思惑はあれど、万霊丹の販売が好調なのは基本的には喜ばしいことだ。お陰で財歳院に却下された設備導入の目処も立った。

 先の会談についても、もし万霊丹が外交に使用されることになれば、周辺国に我が国の医術力の高さを改めて示す良い材料になるであろう」

 白蓮様は顎に絡めた指で自分の唇をなぞる。

 「問題は其方らも危惧するように、薬種の製造が追いつかぬことか。せいぜい頑張っても、薬種局では一万袋の製造が限界だな。五万袋は疎か三万袋にも遠く届かぬ。仮に急場凌ぎで今年は対応できたとしても、このまま需要が増加し続ければ、来年は確実に対応できぬであろう」

 「それに、万霊丹の販売量がさらに増加すれば、市井の薬種組合が黙っていないでしょう。すぐに苦情程度では済まなくなるかと。また現実問題として、事業の立ち行かなくなる薬屋が発生する可能性も大いにありえます」

 三人は腕を組んで考え込む。


 なるほどね!

 私は心の中で膝を打った。


 この世界の役人は、と言うよりも医薬院を仕切る白蓮様は、かなり柔軟な思考の持ち主らしい。

 役所というと経費は税金で賄われている印象があったが、医薬院では自ら薬種を販売して資金を稼いでいるようだ。

 周辺国へも医術力の高い国という印象付け、医薬院のプレゼンスの向上も狙っている。


 とても面白い取組だ。

 聞いていると私も段々ワクワクしてくる。


 何か、方々の反発を緩和しつつ、生産量を増やせるいい方法はないだろうか?

 記憶を探り、思考を巡らせる。

 ……ああ、そう言えば。あれ使えないかな?


 「──あの、万霊丹のレシピ、いえ薬箋やくせんは、門外不出というような秘匿性の高いものでしょうか?」

 私は白蓮様が卓に放り投げた資料を手繰り寄せながら、気になっていることを尋ねる。

 少々の不自然な沈黙の後、白蓮様が答えてくれる。

 「いいや。多少独自の工夫はしているが、万霊丹の元となる薬箋自体は、すでに広く知られたものだ。それほど気を配って秘匿する必要はない」

 「なるほど。でしたら、例えば調合済みの原料を市井の薬種組合やくしゅくみあいに卸して──」

 言いながら、私は自分をじっと見つめる三組六つの瞳があることに気付いた。

 気づいた瞬間に、背中をつうと冷や汗が流れる。

 そのまま視線が合わないように、なるべく下を向いた。


 ま、まずいー!

 雰囲気があまりにも商談ぽいから、つい前の世界で会議に参加していた時のような気になって、意見を言ってしまった。

 だけど私、ここでは単なるお付きの者だったよー!!


 「す、すみません!余計な事を申し上げました……」

 私は下を向いたまま、だらだらと冷や汗を流して固まる。

 じっと、白蓮様がこちらを見つめているのが気配で分かる。だって、なんだかつむじのあたりがピリピリするものね?


 「構わぬ。何か意見があるのならば言ってみなさい」

 「はい……。その、思ったのですが、医薬院で原料の粉砕と調合まで行い、それを市井の薬屋に卸して、そこから先の加工を彼らに依頼してはいかがででしょうか?」

 「ふむ」

 白蓮様が体の向きを変えた。

 私の話に興味を持ってくれたようである。

 「きっと市井の薬屋にも、薬種局と似たような設備や人員がありますよね?市井の工房が有する設備や職人を活用できれば、薬種局で人員や設備などの追加投資をせずとも、大幅に生産量を増加させられます。まあ、その分製造費はかかりますが」

 外商院の二人がはっとして、そろばんのような道具を取り出すと弾きはじめた。

 「一時的に売り上げ金額自体は減少するかもしれません。ですがその分、初期投資が抑えられるので、利益額には大きな影響はないかと。外部の工房を利用するので、需要に合わせて生産量の増減を調整しやすい利点もあります」

 白蓮様が腕を組むのが視界の端に映る。


 「薬種局ですぐに増産できぬのは、職人の育成に手間と時間がかかるというのが大きい。もし市井の薬屋の工房を活用できれば、確かにその問題は解決する。ある程度調合した原料を供給するのは、薬箋の流出を防ぐためか?」

 「はい。いずれはどこからか薬箋が流出してしまうかとは思うのですが、しばらくの時間稼ぎにはなるかと」

 「それで薬箋の秘匿性について尋ねたのだな」

 「契約で縛っても、完全な秘匿は難しいと思いますので」

 「そうなると、後の気がかりは末端の販売価格か。五万袋を捌くとなれば、製造だけではなく販売についても市井の薬屋の手を借りる必要がある。が、勝手な値付けをされて、末端価格が暴騰しては、市井の民の健康増進という福祉策としての名目が立たぬ」

 「価格に関しては、罰則強化と地道な取締りを行う必要がありますね。ただ、そうすると今度は製造時に原料を水増しするなどの不正が出る可能性が高まりますから、委託する工房には医薬院から人を派遣しなければならないかもしれません」


 「今の澪の話、商人の視点でどう思う?」

 白蓮様が組んでいた腕を解き、向かいの二人に声をかけた。

 そろばんを睨みつつ何やら相談していた副院長が顔を上げる。

 真剣な表情の中で、獲物を見つけた猛獣のように瞳がギラギラと輝いていた。私を見る目も、異物から同志を見る目に百八十度変わった。


 「率直な商人の視点で申し上げれば、実に魅力的なお話です。仮の試算上でも、市井の薬屋と我々の双方にとって十分な利益が見込めます。

 販売価格の取締に関しては、弊院に米や塩など王制品の取締まりをする部隊がありますので、こちらを活用すれば問題なく整えられるかと。

 薬箋の流出に関しては、これは市井の薬種組合に話をして、彼らに信頼できる薬屋を紹介させましょう。組合にも一枚噛ませて、彼らに調整と監視をさせるようにすれば、我々の手間も省けますし、蛇の道は蛇で、不満が出ぬよう上手くやるでしょう。

 協議の上の折衷案として、市井の薬屋から提案させれば、さらに組合の顔も立ちます」

 「分かった。医薬院も原料の調合だけであれば、多少の人員調整で対応可能だろう。原料の調達に関しては予算の都合もあるので、一度持ち帰って検討する。薬種組合との調整はそちらで進めてくれ」

 「もちろんでございます」

 「澪、なかなかの妙案だったな」


 ううぅ、しまった。余計な事しちゃったよ……。

 しかも妙案だなんて言われる程のものでもない。

 これは、前の世界ではよくあるOEMを応用したものだ。世の中、本当に賢い人って居るんですよね。

 なので白蓮様、そんなにじっと見ないでください。

 私は下女で、白蓮様の勘違いで──

 ってあれ、四の刻の鐘が鳴ってない?


 「ああ、もうそんな刻限か。では諸処を頼む」

 「かしこまりました」

 深く礼をする二人を横目に、私はスタスタと歩き出した白蓮様の背中を追いかける。


 また説明できなかったよ、とほほ……。

前の世界での仕事の知識が役立って、販売継続の課題に光明を見出した澪。

一方で、白蓮様の澪を見る目は変わります。しかし勘違いで連れ回される澪はそれどころではありません。

次は、財歳院に向かいます!


▶︎用語解説:OEMおーいーえむとは

 OEMとは、Original Equipment Manufacturereの頭文字をとった略語。ビジネス用語。

 直訳すると「オリジナル製品の製造業者」という意味。日本語では「相手先ブランド製造」などと訳されることもある。

 製造メーカーが他社ブランドの製品を製造すること、または自社ブランド製品の製造を他社に依頼する場合の説明に用いられる。


・・・・・・

ブックマーク、評価等ありがとうございます!更新の励みとなっております。

面白いお話をお届けできるように頑張って参ります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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