お仕事は屁理屈から
前の世界での仕事の知識が役立って、『万霊丹』の販売継続に関する課題に光明を見出した澪。
次は、財歳院に向かいます!
次は、財歳院との打ち合わせである。
大股で先を行く白蓮様に、息を切らせた私が小走りで追いつくと、財歳院の入口に設置された門の手前ですでに出迎えが待っていた。
財歳院は日常的に金銭を扱う部署のため、警護の観点から前宮の最も奥まった位置に執務室を構えている。お陰で先ほどの密談応接室からはかなり近い。
四の鐘が鳴ってから移動してもほとんど相手を待たせることのない距離だ。
白蓮様が近づくと、出迎えの男性が軽く右手を挙げる。
二人はよく知った仲のようで、簡単な挨拶を済ませるとすぐに門をくぐり抜けて財歳院の中に入って行く。
私は話の様子から男性が財歳院の副院長だと分かった。
入口の門というのは比喩ではない。
室内にも関わらず、財歳院の入口には警備と検問のために文字通りの立派な門が設置されているのだ。
門の両側には交代で門番が立ち、側には詰め所もある。
これを通称『財歳門』と呼んでいる。
別名を『財布の紐』とも言う。
私たちは副院長の後に続いて敬礼する門番の横を通り抜けて財歳院の奥に進む。
手続きの小窓が並ぶ騒がしい大部屋を通り過ぎ、いくつかの部署が入った慌ただしい部屋をすり抜け、さらにその奥にあるもう一つの門をくぐり抜けると、先程までの喧騒が嘘のように静かになった。
長い廊下の横には風雅な枯山水風の中庭があり、聞こえるのは人が行き来する衣擦れと沓の音、鳥のさえずりのみである。
さらに中庭沿いの廊下を幾度か曲がりながら進むと、ようやく黒光りする大きな扉の前に辿り着いた。
ここが財歳院長の執務室のようだ。
「医薬院長の──」
「入るぞ」
来訪を告げる副院長の声を遮って、白蓮はずかずかと中に入っていく。
取り残されないよう急いで後を追いかけながら、私はノックの形で動きを止めた副院長の様子をそっと伺う。
驚いているかと思いきや、口元にほんのりと浮かぶ笑み。
ああ、これは「いつものやつ」て顔よね。
ほっと息をつき白蓮の後に続いて部屋に入った。
「おや、珍しいな。君が約束の時間に遅れるとは」
入室した途端に、正面の大きな黒い執務机の向こうから声がした。聞き惚れるようなバリトン美声。しかし姿は見えない。
それもそのはず、机の上には幾本もの柱のように書類が積み上げられているからだ。私の立つ位置からは声の主は書類の柱の陰に隠れて全く姿が見えなかった。
部屋にはもう三つ机があり、一つは空席、二つは在席だ。そして三つとも院長の執務机と同様に、机上には幾本もの立派な書類の柱がそそり立っている。
在席の二人は入室の際にわずかに目礼したのみで、その後は脇目も振らずに再び仕事に戻っていった。
白蓮の執務室と異なるのは、あくまでも書類が置かれているのは机上のみで、しかも置かれている書類が少しのズレもなくピシリと整頓されていることだだろう。書類以外は筆の向き一つ違わない。ある意味、非常に整頓された部屋といえる。
「四の刻ごろ、と言ったはずだ。遅れてはいない」
「君は相変わらず屁理屈が上手い」
書類の向こうの声が、ふふふと笑いを漏らす。
その声を聞いた途端にぞわりと私の背中に鳥肌が立った。
その声で含み笑いとか、反則ですよね!?
白蓮は鼻を鳴らすと、迷わず中央に置かれた応接セットの長椅子に腰掛ける。そして先ほどと同じように隣を指で軽く叩いて、私に座るよう促した。
しかし私は椅子の背後で立ち止まる。
外商院での女官の様子を思い出したからだ。
私が椅子の背後でまごまごしていると、正面の書類の柱の向う側から人影が現れた。財歳院長である。
私は急いで深く礼をとる。
そしてゆっくりと顔を上げる途中で固まった。
書類の陰から現れたのは四十代中頃の男性。
濃紺の髪を襟足で一つに束ね、長めの前髪を左右に流している。
最初に頭に浮かんだのは偉丈夫の三文字。その三文字がぐるぐると私の脳裏を巡る。
背も幅も長身の白蓮様よりさらに一回り大きく、鍛えられているのが一目でわかる逞しい体つきだ。普通に歩いているだけなのに、素人の私が見ても分かる只者ではない身のこなし。
何よりも目を引くのは長い前髪の下から覗く鋭い眼光を放つ左目と右目を覆う眼帯だ。
面長の顔立ちは整ってはいるが子供が見たら間違いなく泣き出す強面である。
が、ががが眼帯!!!?
ほえぇ……実際に着けてる人なんてはじめて見た。
てか、バリトン美声に黒革の眼帯の組合わせなんて犯罪ですよね!!
それに財歳院の院長に眼帯が必要になるなんて、一体何事があったのかものすごく気になるんですけれど……。
私の中での財歳院、つまり財務部に対する勝手なイメージが完全に打ち壊わされる存在感である。長椅子の背後で目を点にして固まる私を見て財歳院長が首を傾げる。
「今朝も思ったが、今日はやけに風変わりなのを連れているな。桂君はどうした?」
「桂は仕事で数日留守にしている、その代わりだ」
「ふむ、ではすでに四半日もこの男の元で務めているのか。なかなかに骨があるな。君、もしも辛いことがあればいつでも私のところに来るといい。財歳院は常に優秀な人材に門戸を開いているのでね」
「戯言は止めろ。私は忙しいんだ、要件を話せ」
「ふむ、君は相変わらず情緒のない男だ」
「お前にだけは言われたくない。お前にだけはな、我陵」
向かいに腰掛けた財歳院長は少々態とらしく肩を竦めると、運ばれてきた茶に口をつけた。
「では本題に入ろうか、君のところと外商院は最近とても面白いことをしているようだね。ここ三月ばかり帳簿を見ては驚かされてばかりだ。歳入といい、歳出といい」
財歳院長は特に歳出にイントネーションを置きながらことりと茶器を置く。
茶器を置いた財歳院長の口元には笑みが浮かんでいる。
しかし室温は体感で五度下がった。
私はぶるりと身震いする。
白蓮はというと至極優雅な手つきで出された茶に口をつけていた。
この空気感でお茶が飲めるとは、さすが白蓮様……。
「君も重々承知だろうが、医薬院は全て王府の資産だ。勝手に国の資産を使用して金儲けをされては困る」
ぎろり、と効果音の聞こえそうな睨みを効かせて財歳院長が凄む。
凄むといっても少し視線を流して声を落としただけだ。
だけどこ、怖い、怖すぎるよー!!!
「分かっている。現状はあくまでも試験的な取り組みだ。費用も医薬院の余剰金から持ち出している。今、外商院と次年の施策について協議しているところだ」
「ふむ、実に興味深いな。ぜひ詳しい話を教えてくれるかね?」
財歳院長は足を組むと、椅子の背にゆったりと寄りかかった。
それから半刻、白蓮様と私は隻眼の強面に睨まれながら質問攻めにされた。
最終的には財歳院にも一枚噛ませて、利益の一部を献上することで話がついた。
それは白蓮様もあらかじめ想定していたことのようで、特に揉めることはなかった。しかし質問に答え続けるというのは身も心もすり減らす。
それが子供も泣き出す、強面の隻眼財歳院長ともなればひとしおだ。
書類整理の時に見た様々な数字を思い出して白蓮様の返答をサポートしつつ、先程の外商院との打ち合わせで発案した方法について細部を補足しつつと、要求されるまま息つく暇もなく話し続けた私の喉はカラカラである。
すっかり冷たくなったお茶が今はとてもありがたい。
私はぐいっと一息で飲み干すと「医薬院に嫌気がさしたら、いつでも財歳院に来るといい」と微笑む院長に冷や汗を流しつつ、白蓮様の背中を追って駆け出した。
白蓮様よりも先に、強面財歳院長のご尊顔を拝してしまいました(笑)
次は、土木院に駆け込みます。
白蓮様のご尊顔まで、もうしばしお付き合いくださいませ。
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