お仕事は皮算用から(前編)
場違いと冷や汗をかきつつも、うっかり朝議に馴染んでしまった澪。
筆書きに悪戦苦闘しながらなんとか議事録を書き終えます。
さて、二人の本日の予定は目白押し。次は急いで外商院に向かいます!
朝議の次は、外商院との打ち合わせである。
外に出ると、すでに扉の脇で二人の人物が待機していた。
一人は先程、院長の不在を釈明していた外商院の副長、もう一人は購買局の局長と名乗る。
「近くに部屋を用意しております」
「ああ、助かる」
白蓮様は軽く頷くと、二人の後に続く。
外商院とは、日本で言うところの経済産業省に近い。
街の商業組合との折衝、国単位の購買や米や塩といった王制品の販売管理、輸出入政策など、国の産業振興や商売に関わる執務を担う部署である。
日常的に市井の商人や他国の使者など外部とのやり取りが多いため、その仕事の特性から執務室を城の正門近くに構えている。
業務上は非常に便利な立地なのだろうが、奥宮の方が近いこの朝議の間からは非常に遠い。
白蓮様の早足でも二十分以上はかかかる距離だ。
小走りでの長距離移動を覚悟していた私は、近くに部屋が用意されていると聞いて、ほっと安堵の息をついた。
先程の筆書き議事録で、今日の気力はすでにほとんど使い果たしてしまっているのだ。
ああ、助かった……。
移動先はすぐ近く、隣の廊下に並ぶ部屋の一つだった。
中に入ると、そこは広々とした応接室。
正面には風雅な坪庭を望む窓があり、中央には木目の鮮やかな大きな長方形の卓が置かれている。その両側には長椅子や一人がけの席がゆったりと配置されていた。
居心地の良さそうな、密談にもってこいの部屋である。
白蓮様は迷わず長椅子に腰掛けると、自分の隣をとんとんと指先で叩いた。
これは……、ここに座れということよね?
私は恐る恐る近づくと、白蓮様の隣にちょこんと腰掛ける。
外商院の二人も向かいの椅子にそれぞれ腰を下ろした。
二人ともとてもにこやかな笑顔である。
彼等も私の存在は相当気になるようだが、そこはプロ根性。視線を送るのもぐっと堪えて、余計な詮索は一切しない。
まあ、事情を聞かれたところで、誰よりも私自身が一番この状況を説明できないんだけどね。
全員が席に着くと、何処からともなく小綺麗な女官が現れてお茶を淹れてくれた。
茶器から立ち上るのは爽やかな花の香り。下女など一生お目にかかる機会もないような高級茶である。
女官は優雅な仕草でお茶を注ぎつつ、私達の方にちらちらと視線を送ってくる。彼女は何故か頬を桃色に染めながら退席していった。
うーん、これはもしかして……。
男女で一緒の長椅子に座るとか、この世界ではとんでもない破廉恥行為だったかしら?
いや、でも隣の席を私に勧めたのは白蓮様だ。
隣に座っていても何も言われないということは、あれはやっぱりここに座れという合図だったのだろう。
上司に相席を勧められて断れるわけもないし……。
──てか、待て待て待て私!
白蓮様は上司でもなんでもないっつうの!!
私は一人、心の中で自分につっこむ。
でも傍若無人な上司に振り回されるこの感じ、なんだかとっても馴染み深い感覚だ。体が勝手にってやつよね、とほほ……。
「さて、市井向けに販売している薬種のことで話があると聞いたが?」
一口茶を含むと、白蓮様が話を振った。
「はい」副院長が両手を揉み合わせながら頷く。「薬種局で生産いただいている万霊丹の件で少々ご相談が」
居心地のいい応接室に、香り高い高級茶、小綺麗な女官の給仕、揉み手の歓待。
この雰囲気はどう考えても、会議というより商談よね?
一度、そう思いつくと、外商院の二人も商人にしか見えなくなってくる。
まあ、私からすれば、お役所仕様の堅苦しい腹の探り合いよりも、切った張ったの商売の話の方が、ずっと馴染みやすくて助かるんだけどね。
慣れない打合せと思っていた私は、そっと息をはく。
「薬効に何か問題でも?」
「いえいえ!薬自体に問題は何も。万病によく効くとかなりの評判で、薬種局にも予定通り供給いただいております」
「ふむ、では一体何の相談だ?」
「それが、我々の予想以上に国内の販売が好調でして」
二人は一層にこやかな笑顔を作る。
しかし深まった笑顔とは裏腹に、視線は急激に鋭さを増した。
二人と白蓮様の間の空気が、ぴりりと引き締まり、話が本題に入り始めたことを知らせてくれる。
私が急いでメモを取るための紙を広げようとすると、白蓮様が手を振ってそれを制した。
どうやら記録に残したくない内容のようだ。
「特に先の冬に西側諸国で広まった流感に、万霊丹がよく効くと評判になったようでして。周辺国からも販売して欲しいとの要望が急増しております」
白蓮様は片方の手を無言で私に差し出す。
私は抱えていた書類から、薬種の生産量に関する資料を抜き出してその手に載せる。
白蓮様は長い足を組むと、膝の上に資料を広げてページを捲った。
「ふむ、それで?」
視線を上げずに話の先を促す。
「我々としましては、この機会にぜひ国外含めて販売を強化できればと」
「原料の手配に少々時間がかかる。次の供給は早くとも初秋になるだろう。具体的にはどの程度の数量を想定している?」
向かいの二人がちらりと視線を交わし合う。
「今回、最初にご用意いただいた三千袋は一月で、追加供給いただいた千五百袋も五日で捌けてしまいました。市井での評判や国外からの要請も鑑みると、今秋は三万袋のご用意をお願いしたいと──」
「三万袋?」
一呼吸おいて白蓮様は足を組み直し、長椅子の背にゆったりと寄りかかった。
それだけで部屋の空気がずっしりと重くなる。
「薬種の製造を軽々しく考えてもらっては困るな。薬効の高い薬種を造るには当然手間がかかる。数量が十倍となれば、原料の調達から人員、製造工程まで、すべて見直さなければならぬ。そう簡単に対応できる量ではない」
「ええ、それは我々も承知しているのですが。その……」
「はっきり言いたまえ」
外商院の副院長は、小さく咳払いして眼鏡の位置を直すと、卓の上に少々身を乗り出し声を落とした。
「先日、通商同盟を結んでいる近隣四カ国と我が国が会談を行ったのはご存知でしょうか?」
「ああ、聞いた。だが……まさか、そこで万霊丹が議題にあがったのか?いや、幾ら何でも早すぎる……」
白蓮様は腕を組み、長い指を顎に絡めると考え込んだ。
「勿論、直接的な議題になった訳ではございません。しかし歓迎の宴の際に、先の冬に西側諸国で広まった流感の話題になったようでして」
副院長が目配せすると、購買局の局長が小さく頷いて話を引き継いだ。
「国境を接する近しい地域でも、周辺国と我が国で死者数に大きな差があったのは、万霊丹のお陰だと指摘した使者の方が居たそうです。それをお知りになった陛下が、この取組に大変関心を持たれていたと聞き及んでおります」
「成る程。それであの男から話を聞いた五老師達が、何か言ってきたと?」
「正式にはまだ何も。ですが老師方も万霊丹にはかなり関心を持たれているようです。すでに何度か探り入れがございました。どちらかと言うと、交易よりも国交で活用できないかとお考えのようですが」
「厄介な」
白蓮様は手にしていた資料を卓へと放る。
「はい。流感は一度は流行ると数年は続くと言われております。この機会に万霊丹を利用して、周辺国への影響力をさらに高めようと考えられるのは必至かと。それでなくとも市井の需要も急増しておりますから、我々の見積もった三万袋でも全く不足かもしれません」
「そのようだ。少なくとも五万袋は必要であろう」
「ですが、そうなると王城の薬種局だけではとても生産が追いつかないかと」
「ふむ」
「実は、もう一つ別の懸念もありまして……」
と副院長が口を開く。
「先の冬に、あまりにも万霊丹の販売が好調だったものですから、市井の薬種組合から色々と不満が出てきております。我々としては国の福祉策の一環であると説明してはいるのですが……」
「まあ、品質の良いものを安価に販売すれば、既得権益から文句が出るのは当然か。事実、市井への薬種の販売は福祉策の一環とは言え、我々もそれなりの儲けを得ている訳であるし」
白蓮様が、ふっと小さな笑みをこぼした。
外商院の二人も顔を見合わせると、ふふふと含み笑いをもらす。
この人たち、完全に悪徳商人の顔よね?
オリジナルの医薬品『万霊丹』を開発・販売しているとは、白蓮様はなかなかの商売人です。
しかし同時に販売継続には幾つか課題もあるようで……。
次は、澪が課題可決に知恵を絞ります。
・・・・・・
ブックマーク、評価等ありがとうございます!更新の励みとなっております。
面白いお話をお届けできるように頑張って参ります。
どうぞよろしくお願いいたします。




