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EPISODE 2 王都オルヴィス

第二話です。よろしくお願いします。

 待ち望んだ、街の外の世界。踏み出したその先には、見渡す限りの土色の、そして先の方に見える緑色の大地。天に戴く青い空。煌々と照りつける輝き――きっと太陽。

 そして何より、何よりも驚いたこと。それは……

「クッッッソ暑っちぃッ!!ってか目痛ってぇぇッ!!」

 コートのフードを限界まで深く被り、俯き加減に俺は叫んだ。

「まああの中に長くいればそうもなる。ただの荒原も、まるで砂の大地のように感じるだろう。ほら、水はこまめに取ることだぞ」

 隣のルー爺はケロッとした表情で俺に水の瓶を渡す。すぐにそれを手に取り、栓を開いて乱雑に口に流し込む。

「しかし、確かに暑いな。街の中とはまるで気温が違う。それに今は夏だしな」

「夏っ?夏ってなんだっ?」

「四季の一つだ。この辺りには四季がある。一年の間に春、夏、秋、冬を順々に巡り、今が夏。一年の中で一番暑い時期だ」

「おいおい」俺は呻いた。「勘弁してくれよぉ……」



「で、依頼人ってのはどこにいるんだ?」

「依頼人?」

「俺をあそこから出せっつったやつだよ。依頼されて来たんだろ?」

 俺は今しがた出てきた後方の街を示す。ドーム状に闇が包み込むような風貌は思っていたよりずっと異質で、澄んだ青空と広い世界には似つかず、少し慄く。

「ああ、そうだ。彼はここから真っ直ぐ行った先――大陸の中心部にある「王都オルヴィス」に君を連れてきて欲しいと言った。そこで君にあることをお願いしたい、と」

「あること?」

「着いたら話す。さあ、足を止めている暇はないぞ。王都までは距離がある。歩けば二月はかかるぞ」

「ふたつきって、どれくらいだ?」

「今歩いた時間を、ざっと8640回分といったところだ」

「はっせ……え?は?」

「ほら、行くぞ」



 そうしてしばらくの間、焼けつくような焦熱の大地(ルーデスは平気そうだし、多分これが普通の気候なんだろうが)を歩き続けた。少し歩くと、硬い土や石ばかりだった地面は様相を変え、活気ある緑の草木が広がる平原となった。

 真上にある太陽が傾き、ずっと遠くの山の中に吸い込まれて初めて、この焦熱地獄は俺を焼く手を緩めた。澄んだ青色の空は様相を変え、今度は焼けつくような橙色になる。

「お、おいルー爺、空が……」

「ああ。夕暮れだな。昼が終わると太陽は姿を隠し、光のない夜へと変わる。これはそのちょうど節目の空だ」

「へぇ、あんな風に変わるなんて……空ってのは不思議だな」

「感心するのはいいが、用心もすることだ。これは節目、つまりは夜の訪れが近いことを表している」

「夜になるとどうなるんだ?」

「悪魔が出る」

「悪魔……って、前と同じようなのがか?」

「同じかは分からん。悪魔の姿形は一様ではない。が、私たちを見れば間違いなく襲いかかってくるだろう。そのための対抗手段は、既に授けたはずだ」

 俺は腰に差していた剣の握りに手を当てる。いつでもこれを抜けるように、心の用意はしておかなければ。



 夕暮れからしばしの時が経ち、空が漆黒に染まる。夜が訪れたようだ。

「これが夜……思ってたより明るいな。上にまだ光ってるのがあるからか」

「あれは月だ。太陽の代わりに夜に出てくる、輝きを放つ天体だ。厳密にはあれ自体が光ってる訳ではないが……ともかく、陽が沈み夜が訪れようとも、月明かりのお陰で我らは光源を失うことはないという訳だ」

「へぇ……綺麗だな。あの周りに光ってる粒みたいのは何だ?」

「あれは星だ。我々の遥か頭上、どこまでも続く暗黒世界の宇宙には、それは膨大な量の星がああして漂っている。あれもまた、夜の世界に一抹の光をもたらしてくれるのだよ」

「そうか……暗がりっていっても、俺のいたあの街の空とは全然違うな。太陽が落ちて、昼が終わっても、ああやって照らしてくれる光がいるんだな。それに太陽と違って、こっちなら眩しくない」 

「ハハ、そうだな。……だが悠長に感心している暇もないようだ。ほら、早速」

 ルー爺の杖が示す方向、その先には悪魔がいた。全身真っ黒い身体に目や口と思しき円が顔についているのは変わらないが、今度のは大きな獣のような四足の格好をしている。

 剣を鞘から引き抜き構えると、あちらもこっちに気づいて襲いかかってくる。

「グゥオォッ!!」

「はっ!」

「ガアァッ!!」

「やぁっ!」

 飛びついてくる攻撃をいなし、間隙に攻撃を叩き込む。先の人型のやつと比べれば、パワーは強くとも動きが直線的で分かりやすい。  

「ガウゥゥ……ウゥ」

 攻めあぐねた悪魔は、俺と距離をとって様子を伺う。

 そして横目で一瞬、ルー爺を見た。

「グルアァッ!!」

「まずい……!逃げろルーじ――」

 心配したのも刹那、俺の視界に映ったのは、例の長杖の先を飛びついた悪魔の顎先に当て、完全に動きを封じるルー爺の姿であった。

「何、心配には及ばない。武装しているのは君だけではないからな」

「ガ……ガガ……」

 杖で顎を押さえられた悪魔は、仰け反った姿勢のまま動けず呻き声を漏らす。瞬間、

 ズバァンッ!!

 ルー爺が杖の先を突き出し、悪魔の頭部を顎先から撃ち抜く。もはや断末魔すらも上がらず、それは灰となって朽ちた。

「すげぇ……それのどこにそんな力が」

「不可解か?この杖の先はな、君の剣と同じ素材でできているのだ。悪魔の嫌悪する「銀」でな」

「銀?」

 俺は自分の持つ剣の刃をまじまじと見つめる。

「鉱物の名だ。加工するとそうした輝きを放つ金属になる。硬度はまずまずで本来武器の製造には向かないが、銀には悪魔を退ける力がある。君がその剣で悪魔を殺すことができるのも、いわば銀の力である訳だ。ちなみに、その銃に放たれる弾丸にも銀が含まれる」

「そっか。銀、ってのおかげなのか」

 剣身は上空より注ぐ月の光を浴び、美しく輝いていた。その輝きに思わず魅入られる。

「……なぁルー爺。銀ってさ、もしかしたら結構貴重なものなんじゃないか」

「まあ、鉄などに比べれば高価な部類だな」

「やっぱそうか。そんなもんを見ず知らずの俺にくれたんだ、ありがとな」

 ルー爺は不意をつかれたように一瞬目を丸くした後、すぐに目尻のシワを深くする。

「いいんだ」ルー爺は笑った。

「いや、どういたしまして、だな」 



 それから凡そ二ヶ月の間、王都オルヴィスを目指してルーデスと旅を続けた。

 もちろん二ヶ月間ずっと歩いていた訳じゃない。大きな街も小さな村落も、道中のそれらに何度も寄って宿を取った。蜜柑が美味しいマーセ村、変な昆虫ばっか食べてるハマロ村、商業の街ニーハ、隊商がよく通るカラファン街道、情熱の街アモルファス、青の都テーゼ……目的地である王都に近づくごとに、道中の街も明らかに活気づいているのがわかった。発見した事物を都度ルー爺に問い質したおかげで、言葉の引き出しもだいぶ増えた。

 そしてそこで、俺は色んな「家族」の形も見た。青の都テーベの中心部にある広場の噴水の縁にぼうっと座っていると、子どもの手を引く親がよく辺りを通った。通りを行く人は、大抵皆笑っていた。

「なぁ、ルー爺」

「なんだ?」

「その、家族って、普通はああなのかな。お揃いの綺麗な服を着て、笑って親に手を引かれて、風船を片手に持って、飴なんか舐めながら歩いて……記憶にはないけど、俺にもああやってしてくれる親が居たのかな。もしそうじゃないんだったら、まるで俺は――」

「それは違うぞレックス」

 ルー爺は俺の言葉を遮り、俺の頭を掴んでそっと胸に寄せた。

「家族の形とは多様だ。ここに来るまでにも様々見てきただろう。君が今目の前の彼らのような状況にないからといって、それは親の愛情を受けなかったことを示さない。子を愛さぬ親などいないのだ。君にもきっと、君を愛する両親との再会の時が訪れる。親子の情とはそういうものだ」

「……そっか。心配かけちまったな。ありがとうルー爺」

 ルー爺は目尻の皺を深くして笑った。



 そして遂に、俺たちは目的地である「王都オルヴィス」へとたどり着いた。

「長旅ご苦労だったな、レックス」

「ああ、まったくだ」俺は周囲を見渡し、頭上に戴く晴天を仰ぐ。

「おかげでこの日光にも慣れたけどな」

「それはよかった。さぁ、行こう。また新たな体験がきっと君を待っている」

 俺たちは並んで、王都の門をくぐった。



「この街には」歩きながら横のルー爺が口を開いた。

「王都という他にもう一つ別の呼び名がある。何か分かるか?」

「呼び名?ん〜そうだな……「ラム肉の都」、とか」

 俺は側にあった羊肉の露店を示して冗談交じりに言う。

「ハハ、確かに美味そうだがそうじゃない。王都でありながら如何なる商業都市にも劣らない漲る活気に溢れることから、ここは「繁栄の都」とも呼ばれる。ズバリ、ここの繁栄具合は大陸一だからな」

「繁栄、か。確かにすげぇ人の量だな。でも、王都ってことは王様がいるんだろ?入る時も検閲なんか特になかったし、こんな調子じゃ警備も立ち行かないんじゃないか」

「いい気づきだレックス。もちろん王族の身の安全を考えたシステムが組まれている訳だが……続きはあそこの焼鳥でも頬張りながらにしようか」

 ルー爺と俺は焼鳥の露店に出向く。店にはでっかい鳥肉の塊が棒状になってくるくると回転しながら焼かれており、道行く者の食欲をダイレクトに刺激する香りを漂わせていた。

「はふっほふ……ん!美味い!食べたことないスパイスの味がするな」

「ケバブ、という異国の料理らしい。東方から伝来した香辛料の類が用いられているそうだ。私も長く生きてきたが、未だ食に関しては東方のそれを越えるものを味わったことがない」

 見る間にルー爺は一人前のケバブをペロリと平らげ、幸せそうな笑みを浮かべていた。

「で、ここの警備の話だったか。中からでは分かりにくいだろうが、実はこの街は3つの円が同心円状に重なった構造をしていてな。奥に大きな宮殿の屋根が見えるだろう。あれが王宮だ」

 ルー爺の示した方向に目を凝らすと、白と青を基調とした見事な意匠のトンガリ屋根が見えた。他にも美しい建造物の数々がてっぺんの一部だけ覗かせている。

「確かに見えるけど……遠くないか?ここから歩くだけで2時間くらいはかかるだろ」

「それだけ巨大な都だということだ。ちなみにあそこがここの中心部だが、さっきも言ったように円状の外壁が取り巻いているため我々庶民は立ち入れない。一枚目の分厚い高壁は城下町と貴族街を区切り、二枚目の壁はそれと王宮とを区切っている。それぞれの入口には昼夜問わず複数の門番が警備し、許可証を持つもの以外は通ることができない。故に城下町にどれだけの人数が押し入ろうとも、或いはその中に犯罪を企てる強盗などが紛れていようとも、上層に当る彼ら貴族の身の安全は脅かされない。この街の警備システムについて理解したな」

「ああ。そういう事だったんだな」

 喋っている内に、俺もようやく手の中の鳥肉を食べ終えた。串に付いた脂さえも綺麗に舐め取り、ルー爺に問いかける。

「で、依頼人ってのはどこに居るんだ?この街に来たら会えるんだろ?」

「いや、厳密にここに居るかは分からない。が、目的を果たすためにまずは夜まで時間を潰さねばならない」

「夜まで?なんで」

「日が落ちたら話す。それまでは、ゆるりと観光でもしていようじゃないか」



 その後はルー爺と一緒に街を練り歩いた。人混みでわんさか騒がしいのは入口の近くくらいのもので、奥に進むにつれて落ち着けるくらいには静かになっていった。通りを歩いて適当な出店を見つけて寄ったり、他の街じゃ見かけなかった珍しい食べ物を見つけては食い歩いたり、大陸一の大ヒットを謳うお菓子を買ってみたり、路地裏で声をかけてきた自称占い師のおばさんに変な壺を買わされそうになったり……特に面白かったのは、観光客向けっぽいお面を売ってる店でルー爺が買った「ピエロの面」だ。丸く赤い鼻を押すと、ピヒャーッ!って変な声で笑うんだ。何だかおかしくって、俺もルー爺も腹を抱えて笑ってた。

 そして、気づけば辺りは暗くなっていた。夜が来たんだ。

「もう日暮れか。楽しい時間は早く過ぎるものだな」

「夜……なあルー爺、この街にも夜になったら悪魔が出るのか?」

「その答えは周りを見渡せば分かる筈だ。見てみろ、何がわかる?」

「人通りが減った、か?……いや、減ったどころか、ない……?」

 湧いた小さな疑念を胸に俺は誰もいない街の通りをぐるぐると見渡す。さっきまで人で賑わっていた大通りや広場の辺りまで見通してみるが、人影一つない。それどころか、人の話し声もざら石の道を叩く靴音も聞こえない。こんなことは道中通ってきたどの村や街にもなかった。まるで街そのものがひっそりと眠りについてしまったようだ。

「本当に、誰もいない……さっきまであんなに賑やかだったのに」

「王都、繁栄の都……この街の栄華を称える言葉はどれも嘘ではない。だが事実、日ごと夜が訪れれば見違えたような静寂を纏う。このオルヴィスの……いや、大陸そのものが長く抱える暗い宿痾の故にな」

「宿痾……?一体どういう」

 ルー爺は歩き続ける。俺は焦ってそれについて行く。

「だからこそ、この場所にはとめどなく牙を剥く夜と対峙するための機関が存在する」

 ピタとルー爺は足を止める。正面には美しい白色の教会があった。

「これこそが私の受けた依頼だ」俺の方に向き直る。

「レックス。『悪魔狩りの協会』に名を連ね、悪魔を殺す狩人になれ」

 眉を顰めたルー爺の顔は、少し強張っていた。

一話と比べ、随分と文字の量が増えました。どれくらいの容量を一話に入れたものかわかりませんが、引き続き手探りやっていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

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