EPISODE 1 明けない夜のまち
初投稿、第一話です。拙いですがどうぞよろしくお願いいたします。
ただずっと、ずっと暗い場所だった。
そこでは泥みたいに時間が過ぎていく。何日。何週間。何年何十年何百年…………
ある日、一人の老人が俺に声をかけた。
EPISODE 1 ー明けない夜のまちー
「やあ少年!君だ君、銀色の髪の少年!退屈しているかい?私と少し、おしゃべりでもしていかないかなっ?」
俺ん家のカーテンめくったらそれが出てきた。ちょうどこう、窓の縁みたいな、なんて言うんだろうなあれ、あそこに座ってるとも寝てるともつかない格好でいたんだ。
「……え、誰?」
「ふふふ、誰とぉっ聞っかれたらっ……すまない、もうやめよう」
それは長い脚を丁寧に動かして床に足を着く。手には俺の背丈くらいある長い棒みたいなのを持っていて、暑そうな服を着ていた。紳士、っていうんだろうか、こういうの。
「初めまして、私はルーデス。君を迎えに来たんだよ、レックス君」
「レックス……?俺のことか?」
「なんだ、自分の名前が分からんのか?」
「名前……さぁ。気にしたこともない。俺はどこで生まれて、いつここに来たのかも分からない。親、ってのがどんなやつかも、何も知らない」
「そう、か」
それは少し考える素振りを見せる。そのまま歩いて側の円卓を囲む五脚の椅子の頭を順に撫でる。
「とにかく、君の名はレックス。レックス=ロビンソンだ。私はある男に依頼されて君を迎えに来たんだ」
「ある男……誰だ?」
「君のお父さんかもしれない」
無意識に身体が強張るのを感じた。鼓動が早くなる。
「父さん……?おい待て、それじゃあんたは一体……」
「続きは」ルーデスが遮った。「歩きながら話そうか」
建物の外に出て路地を並んで歩く。建物といっても、ボロの廃屋だが。
「ところでレックス君、言葉はどこで?」
「知らねぇ。そういうの、親ってのが教えてくれんだろ。俺は俺が喋ってんのが正しいのかも分かんねぇ」
「ふむ、なかなか上出来だぞ。少し礼節を欠いていることを除けばな」
ルーデスは首を横に曲げて俺を見、顔の前に指を立てる。
「私のような年寄り含め、見知らぬ人間と話す時はだな。そんなタメ口を叩いては駄目だ。敬語を使うのだ」
「敬語……?」
「相手を敬う語だ。「よろしくお願いします」「ありがとうございます」とな。ほら、言ってみろ」
「よろしく、お願いします。ありがとうございます」
「ほぉら。出来たじゃないか。これでもう、誰とも話せるぞ」
たたえた白髭を大いに動かし、ルーデスは得意げに笑った。
「この街は」ルーデスが静寂を切った。
「少し特殊なことになっていてな。閉ざされているのだ、深い闇に。普通なら、こうやって上を見上げればどこまでも青い空が高く広がっている。あのような暗闇でなくな」
俺はルーデスを真似るように、かつて何度もそうしたように上を見る。重く真っ黒いのがずっと横たわっていた。
「こんな様子じゃ、太陽を賛美することもかなわない」
「太陽?」
「天空より地上に恵みの光をもたらす天体のことだ」
ルーデスはぼうっと遠くを見る。
「加えて、この街から簡単に外に出ることは出来ない。これまた特別な力が働いているのだよ。ずっと同じ場所をぐるぐると回るような経験を、君もしたことがあるのではないか?」
言われて、俺はかつて街からの脱出を試みて通りを真っ直ぐ歩き続けた時のことを思い出した。確かに、そのような経験をした。
「この暗闇の街を抜け出し、煌々と光満つ外界へとその一歩を踏み出す。その為には」
ルーデスが立ち止まる。気づくと眼前、通りの真ん中にそれは現れた。
「悪魔を、打ち払わねばならない」
「悪魔……」
悪魔、と呼ばれたそれは闇より暗い暗黒色をしていた。
異様に背が曲がり、脊椎が針のように背中から飛び出した人のようなフォルム。骨ばった手足。長く鋭い爪。目や口と思しき真白い円。輪郭がジラジラと揺らめききっちりと定まらない。
「ほれ」
ルーデスは俺に、一振の剣と一丁の銃を手渡した。
「悪魔を狩るための道具だ。君自身でやってみろ」
まだあまり、現状を飲み込みきらない。
しかし既にこちらに気づいた様子の悪魔は、こっちの心の用意など待ってやりそうな素振りもない。
「……あぁ!わかったよ!」
差し出された武器を乱暴に手に取り、目の前の悪魔に向き直る。口を開いて飛びかかってくるそれを何とかいなし、腹あたりを斬りつけてやる。
「グギャアアアアアッ!!」
悪魔が腹を押さえて呻く。傷口からは黄金色をした液体が滴った。あれが悪魔の血液なのか。
「よし、もう一回……!」
好機。直感的にそう思い不用意に距離を詰めたのが仇となる。俺は気づけば死角からそいつの右フックをもらい、側の廃屋に頭から勢いよく突っ込んでいた。
「痛っ……」
ゆったりと状況を確認しようという間もなく、顔を上げればすでに悪魔は枯木のような両腕を大きく広げて俺を喰らおうとしていた。剣を握る手に力が入らない。万策尽きたか……いや!
ダダンッ!!
刹那、俺は左手に持っていた銃を構え、迫り来るそれの眉間に二発見舞った。
黄金色の血が流れる。悪魔がよろける。今だ。俺は剣の柄を両手に持ち直し、飛び上がって奴の頭を目掛けた。
ドッ!!
そして、勢いよく引き抜く。
「はあああああああああっ!!」
ザバァンッ!!
「グワアアアアアアアアアアッ!!アッ……」
けたたましい呻き声を上げ、悪魔は倒れる。その身体はぼうっと輪郭が崩れていき、最後には塵になって消えていった。
「見事だ」ルーデスはおもむろに両の掌を叩いた。
「新たな狩人の誕生だな」
「さあ行こう。外の世界はすぐそこだ」
悪魔を打ち倒した後、またルーデスと並んで路地を行く。
「武器、返すよ。ありがとう」
「いや、それは君が持っていてくれ。これからもきっと戦いの機会は訪れる。何しろ悪魔は、外の世界にもいるわけだからね」
「あんなんが外にもいるのか?」
「ああ。あれはこの世界のどこにでもいる。夜の闇に乗じて現れ、人の魂を喰らう怪物だ。……かつて悪魔デモナスが現れた日から、ずっとそうなってしまった」
「悪魔……デモナス……」
そこから少し、居心地の良くない沈黙が流れた。何か喋るべきか、そう思って、俺は口を開く。
「俺、その、あんたに会えてよかったよ、爺さん」
急に言ったせいか、ルーデスは驚いた様子でこちらを見た。
「言葉にしづらいけど、その、俺ここにいる間ずっと退屈で、悲しくて、寂しくて……でも、今は結構楽しい。急にあんなのと戦わされてびっくり、もしたけどさ。でも――」
そこで言葉が途切れたのは、ルーデスの大きな手が俺の頭を優しく掴んだためだった。
「ありがとう、レックス君。君は本当に優しい子だな」
「優しい……のか?俺はただ、爺さんに」
「爺さんではない。私の名はルーデスだ」
「あ、そっか。……へへ、じゃあルー爺だな」
「ル、ルー爺?」
今度は困惑した表情で俺を見る。
「ああ。ルーデスだからルー爺だ。そっちのが呼びやすいしさ、いいだろ」
「そうか……フフ、ルー爺か……」
ルー爺は遠くを見つめるように視線をおく。その間も、手は俺の頭に置いたまま。
ふと、家族、という単語が俺の頭に浮かんだ。きっとこういうのは、皆父親ってのにやってもらってるんじゃないかと。でも、俺の父親はルー爺じゃない。
俺は頭二つ分は上にあるルー爺の顔を見上げて言う。
「なあ、外の世界に出たらさ。俺、家族を探したいんだ」
「家族、か?」
「ああ。きっと外にいるんだろ。俺の父親、母親、もしかしたら兄弟なんかも……あ、そういえばルー爺言ってたじゃんか。「ある男」に依頼されて俺を迎えに来た、って。もしかしたらそいつが俺の父親かもしれないって」
「むぅ、確かに言ったが。私もそいつのことはよく知らないのだ。ただ依頼されたのみでな」
「知らなくたっていいさ。いる、ってのが分かればそれでいいんだ。何がなんでもそいつに会ってやる。それで、なんでこんな暗い所に一人で置いてきやがったんだって、一発ぶん殴ってやんだ」
「フフ……そうだな。そのためにも、まずはここを出なければなるまい」
小気味良く笑った後、ルー爺は眼前を見据えた。
「さあ!この先を踏み越えれば晴れて外界への第一歩だ!レックス君、用意はいいかな?」
「ああ!」
力強く答え、大きく一歩を踏み出した。
「……っと、その前にだ」
ルー爺が眼前に差した杖が俺の額にぶつかる。
「痛っ!な、何すんだよ」
「大事なものを忘れていた。ほら、これを」
ルー爺が取り出したのは、黒色の布の塊みたいな。広げてみると、長い袖に長い丈、頭の覆いもついている。レインコートってのだろうか。
「これを着るのか?」
「ああ。先刻も言ったように、外の世界では太陽が燦燦と光を注いでいる。恵みの光、とは言ったがこの暗闇で長く暮らしていた君にとっては火炎をその身に抱くようなものだろう。だから、こいつで和らげるんだ」
「なるほど……って、かなり分厚いぞ。それに重たいし……本当に必要?」
「そう言っている。フードも深く被っておくんだぞ」
ルー爺に言われた通り、コートに袖を通してフードを深く被る。
そして今度こそ、外の世界への一歩を踏み出した。




