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冷酷宰相は私だけを甘やかす  作者: 絵宮 芳緒
未来へ

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第1話|新たな鼓動

結婚から半年――

王都に初夏の風が吹きはじめ、シュヴァイン公爵邸の庭園では薔薇が朝露をまとっている。


天蓋付きの寝台の上で、リリアーナはゆっくりと目を覚ました。


背後から回された腕が、当たり前のように彼女を抱き寄せている。


「……もう朝ですわ」


小さく告げると、すぐに返事が落ちた。


「まだ早い……」

低く、甘く囁く。


「お前が目を閉じている間くらい、私のものだ」

さらりと言う。


公爵というより、ただの独占欲の強い男である。


リリアーナがわずかに身じろぎすると、抱擁が深まる。


「逃がすと思うか?」


「逃げません」


「知っている。だが確認は必要だ」

その声には、微かな笑みが混じっていた。


王都で“冷徹宰相”と恐れられる男が、朝の寝台でこうして甘い言葉を落としているなど、誰が想像するだろう。


彼は彼女の髪に口づけを落とす。


「今日も綺麗だ」


飾らない断言。

リリアーナは頬を染める。


「毎朝、同じことをおっしゃいます」


「事実は変わらない」

迷いのない声音。


半年のあいだ、彼はこの距離を一度も緩めなかった。


その朝も、同じはずだった。

起き上がろうとした瞬間、視界がかすかに揺れる。


「……?」


胸の奥がふわりと浮くような感覚。


すぐに彼の腕が強まる。

「どうした?」


甘さが一瞬で消える。


「少し、目眩が……」

言い終える前に、彼は体を起こしていた。


「顔を見せろ」


顎に指をかけ、視線を合わせる。


その瞳が、ほんのわずかに険しくなる。


「無理はするな。お前は私の宝だ」


甘い言葉だが、そこに軽さはない。


「朝食をいただけば落ち着くと思います」


彼は納得していない顔をしながらも、手を離さない。


「一歩でもふらつけば抱き上げる」


「そこまででは」


「判断するのは私だ」


即答だった。

ディートリヒは、完全に過保護だ。


私的食堂へ向かう廊下でも、彼の手は自然と背に添えられている。


高い天井、白壁の装飾、大きな窓から差し込む光。


長い食卓には銀器が整然と並び、温かなスープの香りが立ちのぼっていた。


席に着いたあとも、彼の視線は離れない。


「一口ずつだ」


「監視されているようです!」


「否定はしない」

さらりと言う。


リリアーナがスープを口元へ運ぶ。


その瞬間、香りが急に強く感じられた。

喉の奥がきゅっと締まる。


「……っ」


手が止まる。

彼はすぐに立ち上がっていた。


「どうした?」


「少し、気分が……」


立ち上がった彼女を支える腕は、もう甘くない。

強い。


「医師を呼べ」

低く、明確な命令。


「大袈裟ですわ!」


「軽く言うな」

声は静かだが、空気が凍る。


甘さは消え、冷徹宰相の顔が戻る。


だがその手だけは、震えるほどに強く彼女を支えてい

る。





医師はほどなくして到着した。


私的応接室に通され、リリアーナは長椅子に横たえられる。

ディートリヒはその傍らに立ち、微動だにしない。


「症状を」


短く問う声は、いつもの宰相のものだ。

冷静で、無駄がない。


医師が丁寧に脈を取り、腹部に触れ、いくつか確認を重ねていく。


室内は静まり返っていた。


リリアーナの手を、ディートリヒはさりげなく包んでいる。

強くはないが、離れようとしない。


「公爵閣下……」


医師が顔を上げる。

わずかな間。


「奥様は――」


その一瞬の沈黙が、やけに長い。


「ご懐妊でございます」


空気が、止まった。


リリアーナが息をのむ。

ディートリヒは動かない。


ただ、指先の力がほんのわずかに強まる。


「……そうか」


声は平静。

あまりにも平静だった。


「月数は?」


「おそらく、二月ほどかと」

医師はさらに続ける。


「そして……」


その言葉に、ディートリヒの視線が鋭くなる。


「お二人、いらっしゃるようです」


完全な沈黙。

時計の音さえ聞こえそうなほどの静寂。


リリアーナが彼を見る。

彼は、瞬きすらしていない。


「……二人?」

低く、確かめる声。


「はい。脈の響きが二つございます」


再び、沈黙が広がる。

そして――


ディートリヒはゆっくりと、リリアーナの手を両手で包み込んだ。


その動きは慎重で、壊れ物に触れるようだった。


「……二人か」

低く呟き、わずかに息を吐く。

ほんのわずかに、口元が緩んだ。


「賑やかになるな」


それは困惑ではない。


覚悟の声音だった。


彼は医師へ視線を戻す。


「母体の負担は?」

冷静な問い。


説明を聞き終えると、再び彼女を見る。


その瞳の奥だけが、どうしようもなく揺れている。


「無理はさせない」

静かな断言。


「二人とも、必ず守る」

声は低く、穏やかで、揺るがない。


その言葉に、リリアーナは小さく微笑んだ。


震えることもなく、涙も見せず。

ただ、そっと彼の手を握り返す。

——それだけで、十分だった。

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