第4話|婚約発表
王都――シュヴァイン公爵家・大広間。
天井高く吊るされたシャンデリアが、磨き上げられた大理石の床を照らす。
重厚な紋章旗が壁を飾り、王都でも屈指の格式を誇る空間が、今夜の舞台だった。
招かれたのは王都の諸侯、重鎮貴族、主要商会の代表。
ざわめきは抑えられている。
だが、誰もが察していた。
――これはただの晩餐ではない。
広間奥の階段上。
まず姿を現したのは、公爵ディートリヒ。
黒の正装に身を包み、静かに階段を下りる。
視線ひとつで空気を制圧するその存在感。
そして――
一段後ろから、リリアーナが姿を現した。
若き後継者。
だがその歩みは、迷いなく、堂々としている。
栗色の長い髪は高く結い上げられ、首筋をすっきりと見せる。
柔らかな光を受けて、真珠と白い小花の髪飾りがかすかに輝く。
淡い青色の瞳は落ち着きと決意を湛え、光を反射して美しくきらめいた。
二人は並んで階下へ降り立った。
主催はシュヴァイン公爵家。
完全にディートリヒの舞台。
その中央で、彼は口を開いた。
「本日お集まりいただいたのは、正式な報告のためだ」
低く、よく通る声。
「ベルナール家後継者リリアーナと、私シュヴァイン公爵であり、宰相でもあるディートリヒは、婚約を結ぶ」
広間がどよめく。
「やはり……」
「シュヴァイン公爵自ら?」
「ベルナール家はそこまで評価されているのか」
視線がリリアーナへ集まる。
彼女は一歩前へ出た。
「未熟であることは承知しております」
率直な言葉。
「ですが、家門を支えるのではなく、共に強くしていく覚悟でおります」
数日前に発表された税制再編案。
財源を再構築しながら救済を維持する新制度。
その実績は、すでに王都にも届いている。
「……あの案は彼女の主導だったのか」
「若いだけではないな」
ざわめきの質が変わる。
ディートリヒは横目で彼女を見た。
(自分の言葉で立てている)
何も言わない。
ただ、その価値を知っている。
彼は一歩踏み出した。
「誤解のないよう言っておく」
広間が静まる。
「私は彼女を守るためだけに婚約するのではない」
空気が張り詰める。
「共に隣に立つためだ」
静寂。
――それは宣言だった。
一瞬の沈黙のあと、ディートリヒは自然な所作でリリアーナの手を取った。
強くもなく、甘くもなく。
だが――迷いはない。
指先を包み込む形。
そして、ほんのわずかに。
彼の親指が、彼女の手の甲をなぞる。
それは癖のような、無意識の動き。
だが、確かな独占の証。
どよめきが広間を揺らす。
「……公の場で?」
「手を……?」
「あの……冷徹宰相様が?」
「ここまで明確に示すとは……」
だがディートリヒの表情は変わらない。
彼はそのまま、リリアーナを半歩前へ導いた。
守る位置ではない。
並び立つ位置へ。
その動きはほんのわずか。
だが、見ている者にははっきり分かる。
彼女を“婚約者”としてではなく、“対等な存在”として示したのだ。
その瞬間。
ディートリヒがわずかに身を寄せ、彼女の耳元へ低く囁いた。
「堂々としていろ。――今の君は、誰よりも美しい。私の隣に相応しい」
息が、耳朶をかすめる。
リリアーナの胸が高鳴る。
だが彼女は表情を崩さない。
視線を上げ、まっすぐ前を見据える。
「……ありがとうございます、閣下」
わずかに返された声は、震えていない。
二人の距離は近い。
だが依存ではない。
信頼だ。
その静かな所作こそが、
何より雄弁だった。




