第2話|神殿の沈黙
荘厳な神殿の奥。
高い天井から差し込む光が、血族判定の魔導具を照らしている。
ベルナール家の後継者指名は、神殿の承認なくして成立しない。
それは古くから続くこの国の絶対的な掟だった。
「形式だ。すぐに終わる」
ヴィクトルはそう言った。
だが、その声にはわずかな硬さが滲んでいた。
セリーナは一歩前へ出る。
胸の奥がざわつく。
理由のわからない不安が、指先を冷たくしていた。
(大丈夫……私はお父様の娘だもの)
そう、何度も自分に言い聞かせる。
魔導具へ手を伸ばす。
触れた瞬間――
……何も起こらない。
淡い光が宿るはずの石は、ただ沈黙している。
「……」
神殿の空気が一瞬で凍りついた。
(どうして?)
セリーナの喉がひりつく。
視線が自然とヴィクトルへ向かう。
ヴィクトルは、信じられないものを見るように魔導具を凝視していた。
「もう一度だ」
低く、押し殺した声。
再び触れる。
――それでも、光は灯らない。
今度は、はっきりとしたざわめきが広がった。
ヴァネッサの指先が白くなるほど握り締められている。
背筋を冷たいものが走った。
セリーナの中でも動揺が広がった。
(ありえない。ありえないわ)
「念のため、魔導具の再確認を」
ヴィクトルの声は、わずかに掠れていた。
神官がうなずく。
「では、母娘で」
ヴァネッサが静かに前へ出る。
その背筋は伸びているが、指先はかすかに震えていた。
魔導具へ触れる。
続いて、セリーナ。
二人の手が同時に石へ触れた瞬間――
淡い光が、静かに広がった。
セリーナは、その光を見つめていた。
理解が追いつかない。
胸の奥で何かが崩れ落ちていく音だけが、やけに鮮明だった。
(……では、私は――)
神官が静かに口を開く。
「ヴィクトル様とセリーナ様に、血縁関係はございません」
言葉は穏やかだった。
だが、その重さは容赦がなかった。
セリーナの足元が、崩れ落ちる。
「そ、そんなわけ……ございませんわ!」
声は震え、祈るように響いた。
だが、魔導具は沈黙したままだ。
神殿の静寂だけが、真実を肯定していた。
ヴィクトルの世界が、音もなく軋む。
その亀裂は、もう元には戻らない。
神官の宣告の後、ヴィクトルは、すぐには声を荒げなかった。
その目の奥で、何かが計算するように揺れる。
(馬鹿な……)
二年前。
ある証を目にした。
疑念が晴れ、ようやく確信したのだ。
“自分の血だ”と。
それが、今否定された。
「……神官殿」
低い声。
怒りよりも先に浮かぶのは、理解不能という感情。
「この結果に、誤りはないのだな」
確認する声が冷たい。
怒鳴らない。
だが、その静けさは嵐の前触れだ。
ヴァネッサへ向ける視線。
そこには疑念が初めて明確に宿る。
二十年。
信じてきた女。
だが――
「屋敷へ戻る」
短く命じる。
「話がある」
その声は静かだった。
それが、何よりも恐ろしい。
神殿の扉が閉じる音が、やけに重く響いた。
それは、家族の終わりを告げる鐘のようだった。




