70.誓い
近況:親知らずの抜歯でへろへろ
『泥木の王』は、同系統の下位モンスターを使役できる。
これは魔法の類ではなく、『泥木の王』が元々持っている能力のひとつだ。
ただ、『王の間』に泥人形はいない。それどころか鼠も狼もいない。
ではどうやってその能力を使うのかというと、『王の間』の地中から泥人形を生み出すのだ。
これは魔法ではなく、単に地中に埋まっている泥人形のコアを利用しているだけである。本来の所持者は、過去に犠牲となった冒険者たちであり、彼らの遺体と共に埋まっていたそれらを利用させてもらっている。
泥人形の本体はコアなので、損傷さえなければ『再起動』も可能なのだ。
ただし、それができるのはダンジョンコアと上位のモンスターのみ。
つまりは『泥木の王』である。
俺が嘘をついてでも『泥木の王』のコアを確保した理由だ。
いざというときに、ノアを守る盾は一枚でも多い方がいい。
それが『泥木の王』であれば、多少時間稼ぎくらいにはなるだろう。
とはいえ、さすがに『泥木の王』のコアを再起動した経験はない。一応性能上は同格なので起動しない可能性もあるのだが、その場合は諦めて魔力に充てればいい。
コアの正体が知られていないからこそ使える隠し玉である。
結局、討伐したという事実をギルドマスターにのみ伝える、ということで話は纏まった。
本来ならば俺も同行したほうがいいのだろうが、ジークが魔石の換金がてら報告すると言ってくれた。
何しろ、俺の服は惨憺たる有様である。ギルドより服を買い直すほうが先だろうと言われてしまえば何も言えない。
いくら周りがこの不審者極まりない仮面に慣れてくれたといっても、さすがにこの恰好でうろつくのは許してくれないだろう。警備兵を呼ばれるのは色々な意味で困る。
ダンジョンから出て町に戻る頃には、陽が傾いていた。店が閉まる前に服を調達せねばならない。
雑貨屋の前でジーク達と別れ、服とブーツを新調する。
勿論、防具効果の一切ないごく普通の布だ。ローブに合わせて暗い色合いの上下にした。
「ねぇルーチェ」
なんとか一通りの体裁を整えて、孤児院への帰り道を急ぐ。
シスターたちから服について突っ込まれたらどう答えたものかと悩んでいると、隣を歩くノアが不安そうに声を掛けてきた。
緩く繋いでいた手に、きゅ、と力が入ったのがわかった。
「なあに?」
仮面越しに見下ろしたノアの表情は、いつになく沈んでいる。突然どうしたのだろうか。
俺の服があまりにも痛い出費だったとか。いや、一応俺の所持金から支払ってはいるのだが。
「ルーチェは、僕の従魔?」
「そうだね」
「ずっと一緒?」
「そうだよ。……ノアが嫌なら離れることもできるけど、」
確認するように問われて、そろそろ俺の存在が鬱陶しくなってきたのだろうかと首を傾げた。
思春期特有の、世話を焼かれるのに反発してしまうアレだ。だがノアはあまり手のかかる子どもではないし、俺もノアの世話をしているつもりはない。むしろ面倒をかけているのは俺のほうだと思う。
「嫌じゃない!」
一人で行動したいという自立心の現れかな、と軽く捉えていた俺は、次いで張り上げられたノアの声に思わず口を噤む。
「嫌じゃない、嫌とかじゃなくて……いなく、ならないでほしくて」
俺の手を握る指が、震えている。
「……ならないよ」
「どこにもいかないで……僕のこと、いらなくなっても」
すてないで。
声にならなかったその呟きに、あまり気にしてこなかったノアの境遇を思い出した。
ノアが孤児院に来たのは乳飲み子の頃。母親はおろか、周囲のことなど何も記憶していないに違いない。それこそ、「捨てられた」記憶などないはず。
誰かが教えたか、それとも気付いてしまったのか。
うつむく金色の頭を見ながら、後者だろうなと思う。ノアは年齢の割に賢い。周囲の反応やちょっとした出来事からそういう「答え」を導き出すのはそう難しくはないだろう。
ノアの心は、俺にはわからない。
何を思い、何を考え、どう結論を出したのか。そこに伴う複雑な感情の動きは、『俺』の記憶をなぞっているだけのモンスターには難解すぎる。
俺にわかるのは、ノアが怯えていることくらいだ。
怪物にも、襲い掛かるモンスターにも怯えないのに、俺が消えることを恐れている。
俺は従魔だと散々伝えているつもりなのだが、いまいち理解が及んでいないようだ。そもそも主従の概念がわからないのかもしれない。
それとも、俺がダンジョンで単独戦闘をしたことがそんなにショックだったのだろうか。
正体を自覚する前も今も、負ける気はなかったのだけれど。
「どこにもいかないよ。俺にはノアが必要だから」
従魔たるもの、主人がいなければ意味がない。そんなものただの野良モンスターである。
今のところ効果のほどがよくわからない従魔術だが、それが俺とノアの唯一の言い訳になっている。
それがなければ、厄介なモンスターである俺は即討伐される。
そう考えたら、主人を必要としているのはむしろ俺の方なのだが。
「ほんとう? 僕は、必要?」
「ノアがいなかったら俺の生きる意味がなくなっちゃうかな」
意味どころか元々生きていないモンスターである。
冗談めかして笑うと、ノアは不思議そうに首を傾げる。
「意味……? ルーチェはすごく強いのに……? なんでもできて、頭も良くって、強くて……僕はなんにもできないのに、ルーチェ嫌にならない?」
どうやら俺に対して引け目のようなものを感じているらしい。ノアが言うほどの性能はしていないのだけれど、相変わらず高めに買ってくれているようだ。
一般的に大人と同程度の7歳児などあり得ないので、ノアはもっと自己評価を上げてもいい。
まあ、ノアの自己評価が著しく低下しているのは、ほぼ間違いなく俺のせいだろう。
俺の突っ走った行動を「自分が頼りならないからだ」と判断したためで、全面的に俺が悪い。
記憶が戻ったことも含め、コアも手に入ったので後悔はしていないのだが、もう少しやりようがあったとは思う。何度やり直してもノアを参戦させる選択肢はないけれど。
「ノアは強くなったよ。それにね、俺はノアに何かしてほしいとは思ってない」
「え」
さっと顔を青ざめさせたノアに、何か誤解したなと察する。
「一緒にいてくれたら十分。俺はね、ノアになんでもしてあげたいんだ。役に立ちたいんだよ、従魔だからね」
「一緒に……ずっと一緒に?」
最初から言っているように、俺はノアの側を離れる気はないのだ。
ただ、思うところはある。
俺という存在は、我ながらよくわからない。今こうしてあれこれ考えていることは『俺』の記憶によるものが大きく、この『俺』がどの程度存在し続けられるのかも不確定だ。
そして、仮に『俺』が消滅した場合、俺は『泥木の王』そのものに戻るのかどうか。
場合によっては俺の存在が脅威になるのは間違いない。
一時は、ノアの側を離れることも考えた。ノアが納得するならそれも構わないと思ったのだけれど。
――あまりにもまっすぐに求められてしまったから。
俺は人間ではなくモンスターなのだ。
人の機微など知らないし、人の世界の事情も知らない。
本来、ノアに必要なのは俺のような従魔ではなく、アンジェリカたちのような人間だということもわかっているけれど、関係ない。
いつか遠くない未来で、俺が化け物に戻るかもしれなくても。
俺の正体がバレて討伐隊が差し向けられるかもしれなくても。
どうにもならなくなるその時まで、俺はノアの側にいると決めた。
「そう、ずっと一緒。俺はノアの味方だし、ノアが望む限りずっと側にいる。何があっても、誰が敵になっても、絶対に守るから。……約束する」
俺を見上げた緑の瞳が、ぱちぱちと瞬く。
「……うん……うん! 約束だよ!」
手を放してノアが飛びついてくる。ぎゅうぎゅうとしがみつかれて歩きにくい。どうやら納得いただけたらしい。
「ルーチェ大好き!」
瞬く間にご機嫌になったノアの、金色の髪を撫でる。きゃっきゃとはしゃぐ声が響いた。
ままごとのような「約束」だ。
強制力も義務もなく、リスクもない。
俺というモンスターを縛る枷としてはお粗末もいいところ。
けれど、だからこそ守ろうと思った。
何かに強制されたものではない、自分の意思で。
『泥木の王』としてのすべての力と、『俺』の持ちうるすべての知識と、俺の不確かな存在すべてを賭けて。
ノアを主人として、世界のすべてから彼を守ると。
――そう、自身に誓った。
もっとシリアスに重めな感じで書いていたのですが、あんまりかなと思ってアッサリ味にしました。
ちなみにルーチェの素の口調はもうちょっと固めです。ノアに合わせて穏やかを心がけています。
ここあたりで一旦2章が終わりです。ストックなくなってきたので、しばらく更新が不定期になるかもしれません。ご了承下さい。




