69.コアの行方
「いや、他人事みたいな顔してるけど、お前の報告だぞ。泥木の王討伐したのお前だろうが」
「……どうだったかな」
「コア持っといて何言ってんだ。それにどうせバレるぞ。今あそこ無人だろ」
確かにジークの言う通りだ。
ただのモンスターと違い、ボス個体は作るのに時間がかかる。理由は知らない。もしかしたら含まれる素材が複雑なせいではないかと思っている。
「しかしどう報告したもんか……ギルマスなら信じてくれそうだけど他がなあ」
正直に報告するならばDランク冒険者の単独討伐ということになるのだが、まあ誰も信じないだろう。
少なくない犠牲を出しているボスに単独で挑むなど、狂気の沙汰である。自殺とほぼ同義のそれに勝利し、且つ無傷で生還したとなれば虚言を疑われるのは当然だ。
証拠を示したところで適当にあしらわれるか、或いは他のパーティーの戦果を横取りしたのではと疑われかねない。
俺の正体に勘付いているらしいギルドマスターならば疑いはしないだろうが、結局は公表する際に騒ぎになるのは目に見えている。
「報告しないとダメなの?」
渋る俺の代わりにノアがきいてくれる。
とても面倒なのでこのまま闇に葬りたいのだが。
「ダメってわけじゃないが……報告しねぇ奴はいねぇぞ、ふつう」
ボスの討伐報告は義務ではない。
ダンジョンの異変や魔物の増殖など、そうした『異常』については一定の報告義務があるものの、ボスの討伐に関しては報告するもしないも自由だ。これといって依頼がない場合は特に。
ただ討伐が公的に認定されると、様々な恩恵が受けられるようになる。報奨金にギルドのランクアップ、名声、中には商人や貴族への紹介なんてものもあるらしい。
冒険者にとってボス討伐というのは誇るべきものであり、何を置いても報告するべきというのが常識のようだ。
「そういうのはいらない」
「お前はそうだろうな。……でも金はいるだろ?」
地位も名声もどうでもいいと首を振ると、ジークが少し痛いところを突いてきた。
正直、金は必要だ。俺ではなくノアに。
いずれ独り立ちするノアのためにはいくら金があっても困らないだろう。
それを思えば報告すべきなのだが、問題は信用されそうにないという点である。
ノアと一緒に倒したと報告しても、やはりあしらわれそうだ。
「ジークたちと協力したことにするのは?」
少なくとも俺が単独でと報告するよりは信憑性が高い。
そう思っての提案だったが、ジークに嫌そうな顔で首を振られた。
「手柄の横取りなんてしたくねぇよ。それに俺らの実力じゃまだ無理がある」
面倒事の押し付けのつもりだったが、確かに手柄と言われればそうなのかと納得する。
「なら、前みたいにいつの間にか消えたってことにするのはダメかな」
どうせ信用されないのなら、わざわざ報告することもないだろう。
今すぐに金が必要なわけでもないし、付随するあれこれを考えたら地道に稼いだほうがマシだと思う。
『王の間』は、基本的に冒険者は素通りする場所であり、わざわざボスを確認するだけの酔狂な人間はそういないはず。厄介な噂が出回っているなら尚更だ。ジークも『王の間』に「近づくな」と警告したではないか。
「……討伐したことを隠したいのか?」
ジークの問いに頷く。
「わからんでもないけど、理由は?」
「面倒だなって」
ジークも問題視しているように、そもそも疑われるとわかりきっている話をするのが面倒だ。
かといって、信用されたらそれはそれで面倒なことになる。
まず間違いなく、冒険者ランクは引き上げられる。Dランクになってまだ間もないうちのランクアップは、他の冒険者からのやっかみの対象となりやすいし、逆に戦力とみられて勧誘されるのも困る。
次いで報奨金などの様々な恩恵。金銭だけなら有り難く貰うだけで済むが、余計な肩書きやそれに伴う責任、更には有力者への口利きなんて邪魔でしかない。
結論、面倒くさい。
「面倒って……否定はしねぇが、うーん……ギルマスにだけ報告してもいいか?」
ジークがうんうん悩みつつ、提案してくる。
恐らくジークは俺の監視役も担っているはずだ。それなりに報告義務もあるだろう。俺に黙って報告してもバレないのに律儀に確認してくるあたり、本当に人が良い。
「うん。……あ、でもこれは俺が持っててもいい?」
討伐の証明には対象の一部――素材を提出する必要がある。
普通の魔物ならば毛皮や肉などの亡骸の一部がそれにあたるのだが、ダンジョンモンスターの場合は何も残らないため、そのあたりはまるっと省略されるのが一般的だ。
そもそもダンジョンモンスターの討伐を証明する、ということ自体がまずない。「生きていない」存在であり、いくらでも湧いてくるモンスターの討伐に、いちいち証明だの提出だのと手を掛けていられるほどギルドは暇ではないらしい。
世の中にはダンジョンモンスターの討伐数を記録するような魔道具もあるようだが、そういったものはギルドが厳重に管理しており、一介の冒険者が簡単に使用できるものではない。時折、酒場などで声高に「泥人形を○匹狩った!」と自慢する冒険者もいるが、あくまで自己申告の数字である。
だが、ボスに関してはそうもいかない。何しろ、報奨金だけでなく恩恵の内容によっては大金が動く。
そのため、ボス討伐の際にはボスが必ず残すといわれている『コア』の提出が必須とされていた。
ちなみにこれは『泥木の王』を想定して作られたルールらしい。他のボスについては討伐記録そのものがないので決めようがないのだろう。
つまり、報告と同時に『コア』も提出せねばならないのだ。
「ああ、まぁ別にいいんじゃねぇの。ギルマスなら信じてくれそうだし……おおっぴらにしたくないなら、逆になんもないほうがいいかもな」
ノアの手の中にあるコアを見遣ったジークが、顎を撫でながら頷く。
「けどそれ、どうするんだ? ギルマスに買い取って貰った方がいいんじゃねぇのか?」
証明のために提出するとはいえ、素材の所有権は討伐者にある。
討伐者が希望すれば提出したものは返却されるが、大抵はそのままギルドに買い取って貰うことが一般的だ。
「売るつもりはないよ」
冒険者にとってコアは「高くで売れる素材」だ。
魔力を帯びていても魔石ほどではなく、且つ使い勝手も良くない。高く売れる理由は単純に希少性が高いからだ。飾って眺めるだけの、ただ綺麗なだけの石。
「売らないのか? 結構な値がつくぞ?」
泥人形のコアの価値を思えば、これだけの大きさだ。かなりの金額になるだろう。
だが、売り払ってしまうのは少々惜しい。
「食べておこうかなって」
「……食べる?」
ジークの問いに答えれば、不思議そうな言葉が返ってくる。その反応は予想の範囲だったので、にっこりと笑って言葉を続けた。
「ここのモンスターはダンジョンから魔力を貰って動いてる。俺もそう。ダンジョンから離れると魔力は貰えなくなるから……これで補おうかなって」
「ああ……なるほど。コアには確か魔力が含まれてるんだったか? それを使うってことだな?」
「うん。そんな感じ」
頷くと、手の中のコアをまじまじと見つめるノアが、首を傾げた。
「これ、ルーチェのごはん?」
「そうそう」
「じゃあ泥人形をもっと倒して、コアを集める?」
俺を見上げた緑の目が、気のせいではなく爛々と輝いている。これは下手に頷いたら、速攻で狩りにいく目だ。おかしいな、ノアはまだ泥人形を倒したことがなかった筈だが。というか、俺以外の泥人形と対峙したこともない気がする。まだ見ぬ敵への殺意が高い。
「ううん、そこまで困ってないよ。これがあればしばらく大丈夫」
「しばらくってどのくらい?」
勢い込んで聞いてくるノアからそっと視線を逸らす。
「ボスのコアだから……うーん、ノアが大人になるまでは大丈夫だと思うよ」
とりあえず適当なことを言っておく。実際、どのくらいのものになるかは知らないのだ。
彼らにした説明は嘘ではないが、真実でもない。
ダンジョンモンスターがダンジョンから魔力を得ていることは真実だし、俺がそのひとつなのも真実だが、ダンジョン以外から魔力を補給できないわけではない。
自分の正体を自覚するより前から、俺はごく自然に周囲の環境から魔力を補充し続けている。
ダンジョンに潜ればダンジョンから、外では大気や地面などの自然から、その気になれば他の生物からも補充できるかもしれない。
つまりは、魔力にはなんの問題もない。もちろん、言葉通りに取り込んで魔力に充てることも可能ではあるけれど。
では何のために「食べる」なんて嘘をついたのかというと。
――いざというときの、隠し玉をひとつ増やすためである。




