68.下層のモンスター
ジークが聞きたそうにしていたので、下層の怪物について少し伝えておくことにした。
この中層のモンスターをあれだけさくさくと捌いていたのだから、そろそろ物足りなくなってきたのかもしれない。金策という意味でも、大きめの魔石が落ちやすい下層へと進むのは悪くない選択だと思う。
「下層は泥人形と石人形がほとんどかな。狼とかはいなかったと思うよ」
「泥人形かぁ。短剣ばっかじゃ乗り切れなさそう……」
「魔術士向きってことでしょうか~」
「俺の役立たずが確定だな。ちなみに、泥人形の強さってどんな感じだ? ここと変わらないか?」
問いかけに首を傾げて少し考える。
下層にいる泥人形は、基本的には中層と変わらない。外見も性能も。
ただ中層のようにぽつりぽつりといるわけではなく、大量にうろついているだけだ。
そう伝えると、ジークがげんなりとした顔で溜め息をついた。
「普通に脅威だろ。怖すぎる……距離取りようがねぇ」
泥人形との戦闘を苦手としていた彼らだが、下層はともかく中層を攻略するには遭遇は避けられない。そのため、十分な距離を取って魔術や投擲武器などで撃破するという方法で攻略していたらしい。密集状態ではなかなか難しいことになりそうだ。
「あとは……上位種、だったかな、そういうのが少しいるけれど」
「見た目一緒か? ちょっとデカイ程度じゃわかんなさそうだな」
魔物の上位種、もしくは上位個体は、多くの場合一目見てそれとわかるほどに外見的な特徴がある。例えば体格が大きかったり、色が違ったり、他の個体にはない器官があったり。
迷宮怪物も例に漏れずそういった変化があるのだが。
……泥人形のそれが、一般的なものかと言われると少し自信がない。
「見分けられると思うよ。大きさは変わらないけど……ええと、人に近い感じ?」
「お前より?」
「……どうかな。背中に羽があるから、そういう点では俺の方が人っぽいのかな」
人型の背中に羽がある、そんな映像が脳裏に浮かぶ。
両腕のバランスの悪さは改善され、前傾姿勢ではない。そのため、幾分背中が伸びて通常個体よりも背が高く見える。そのすらりとした背中には鳥のような翼が一対。身の丈にあった巨大な翼だ。当然ながら飛行能力もある。
通常個体よりは人らしい姿だとは思うが、人には羽はないので、どちらがより人らしいかと考えると難しいところだ。
ちなみに、これらはあくまでダンジョンから得た知識、もとい情報だ。俺は中層から動けない個体だったので、実物を見る機会などない。
「待て待て、羽?」
「羽って、鳥のような羽ですか~? それってまるで天使様の……ああ、ええと、天使像の模倣ということでしょうか~?」
エレンが勢いこんで聞いてくる。
その言葉に、そういえばと頷いた。言われてみれば確かに、教会にある天使像に似ている気がする。
ただ、あれほど精巧な出来ではない。遠目でヒトに見えればいいだろうといわんばかりの雑さは健在だ。通常の泥人形よりはマシだけれど、高すぎる背丈も相まってヒトと誤認するには無理のある化け物具合である。天使像との共通点、羽だけでは?
「なんで羽? 擬態の方向性おかしくないか」
首を傾げてごちるジークに、同じく首を傾げた。
さすがにダンジョンの意図まではわからない。性能からみるに、泥人形よりは機敏に動くモンスターとして配置されたのではないかと思うが、それなら羽なんてつけるよりも狼あたりを少し強化して配置すればいいだけだ。
後は人間の油断を誘うためだろうか。素材から信仰対象の情報を得て、攻撃を躊躇させるようにそれらしいモンスターを創ったとか。……天使らしく見えるかどうかはさておき。
「泥人形より動きは速いよ。そのぶん力が少し弱いけど」
「なるほど羽があるから、って、お前の少しってどんくらいだよ」
「ルーチェさんお強いですものね~」
「ボスに比べたら大体全部弱いんじゃない?……てかほんとに『泥木の王』なのよねぇ……」
なんかまだ信じられない、とアリシアが溜息をつく。
無理もない。俺だって思い出す前は「ボスにしては強そうに見えない」などと思っていたのだから。
巨大化すれば多少はボスらしい圧もあるかもしれないが、泥人形というモンスターの特性上、どうしてもシンプルになりがちなのだ。
そもそも、巨大化した姿も歪な人型も、今の『俺』の姿だって泥人形の本体ではない。
どれも土で作り上げた虚像、言ってみれば服や鎧のようなものだ。だからこそ、腕をもがれようが頭を飛ばされようがなんのダメージにもならない。
泥人形の本体は、体内のコアである。
外から見えているすべてはコアを隠すための擬態の一種。言ってみればどれも飾りでしかないので、どれだけその個体が強くても外見には反映されにくい。あらかじめ外見の設定がコアに刻まれていない限り、適当に泥を纏った姿になってしまう。
余談だが、泥人形のコアが討伐後に残りにくいのは単に素早く回収されているせいである。何しろ、身体がダンジョンの土でできている。残骸である土塊の消滅と共に一緒にダンジョンに回収されているので、消滅後に何も残らないのだ。コアを拾えるのは本当に運が良かった場合か、俺のような同種のモンスターくらいだろう。
「いやでも、下層のモンスターだろ。いくらお前でも戦うとなるとキツかったりするんじゃねぇのか?」
「戦う……?」
想定したことがなかった。
あくまで知識として知っているだけなのだ。階層が違うために遭遇するという発想すらなかった。
俺の困惑を察したのだろう。ジークが頬を掻きながら言い直す。
「じゃあ例えばだ、ここにそいつがいるとする……その羽が生えたやつがな? 敵だと仮定して、お前はどうやって戦う?」
言われて考える。
真っ先に飛行能力を潰しにいくだろう。『泥木の王』は基本的に動かないモンスターなのだ。ちょろちょろと的に動き回られるのは面倒である。
飛んでいる場合は魔法で、飛ぶ前であれば根で捕獲する。とにかく飛べなくしてしまえば、後はどうとでもできる。情報によれば、石人形ほどの固さも泥人形ほどの力もないはずだ。強度を捨てて素早さに特化したタイプなので、捻り潰すことは簡単だろう。
「根を使って、こう……ぎゅっと」
説明が面倒だったので、両手で捕まえる仕草をする。それでジークはこちらの言いたいことを理解してくれたようだった。
「ああ……そうだな、ボスだもんな……やっぱ階層はあんま関係ねぇか……」
がっかりした様子でジークがつぶやく。どうやら期待外れな回答だったらしい。
「まあまあ。ギルド戻ったら資料探してみようよ。ボスならともかく、普通のモンスターだったら何かありそうじゃない?」
「時々はBランク冒険者の方もいらっしゃるみたいですし、討伐記録くらいはあるんじゃないでしょうか~」
ジークを慰めるふたりに、頷く。
「うん。ボスと違ってそこらをうろうろしてるし、討伐は何度かされてると思うよ」
下層は難易度が高く、ギルドでは「ほぼ人が入れない」と言われているが、挑戦者が皆無というわけではない。Cランクでなんとかギリギリ、Bランク以上であれば難なく進めるようだ。ただマリードにはBランク以上の冒険者はいないので、実態として「ほぼ人が入らない」という状況である。
この上位個体であるモンスターが、ギルドで何と呼ばれているかはわからない。ダンジョンが割り振った記号ならばわかるが、それを伝えたところで意味はないだろう。
「ま、とりあえず俺らにはまだ早いっつーことはわかったな」
「そうね。泥人形ばっかはさすがに死ぬわ」
「広範囲を殲滅できるような魔術を使えたらいいんですけど~」
エレンがおっとりした口調のまま、過激なことを言っている。
穏やかな印象しかなかったので意外に思ったが、ジークとアリシアは平然と頷いていた。通常運転であるらしい。
「ああ、それとノア。お前もまだ下層は早いからな? ルーチェがいるからって下層にいくなよ?」
ジークの釘刺しに、ノアがぱちりと瞬く。
「うん。行かない、よ?」
そもそもダンジョン探索の経験は多くない。現状の町なかの依頼や、周辺の探索で不自由はしていなかったため、さほど必要性も感じなかった。
また、周囲もダンジョンを勧めることはなかった。理由はいわずもがな、ノアの年齢である。
外の依頼が安全とは言わないが、一般的にダンジョンは「危険な場所」という認識である。成人した冒険者ならともかく、まだ幼いノアにわざわざ危険を冒せと勧める大人は少ない。
一番身近にいる従魔もまた、積極的に勧めなかった。
結果、ノアには「下層を攻略しよう」という意識が育っていなかったらしい。
ジークに答えながら、不思議そうに首を傾げている。
「ならいい。ルーチェ、わかってるよな?」
ノアの反応におおよそのことを察したのだろう。ジークが俺に視線を寄越した。
この場合、「下層に連れて行くな」或いは「ノアに強請られても連れて行くな」という意味だと思われる。
ノアに下層が早いというのは俺も同意見だ。というか、中層でも早すぎる。
魔術は中層でもそれなりに通用している。ただそれは、『炎の剣』という熟練の冒険者が共にいるからこそ。周りのサポートによって、ノアは「経験させて貰えている」状態なのだ。
これが単独だったり他の冒険者パーティーが相手では、とてもではないが難しいだろう。
「わかってるよ。さすがに下層は俺も怖いから」
泥人形程度なら問題ないが、モンスターはそればかりではない。
「は? 怖いって。さっきなんか簡単そうなこと言ってなかったか」
「泥人形ならね。ボスは無理だよ」
俺は、下層のボスについての情報もそれなりに持っている。
階層を移動しない中層のボスが持っていてもどうしようもない情報だとは思うのだが、ダンジョンは何を思って与えたのだろうか。
俺ばかりがこんな状態であるはずもないので、恐らく他のボスにも不必要な別階層のボス情報が渡っているはずだ。
つまりは、他のボスにも俺の情報が筒抜け。
手の内がバレている状態で、下層のボスと戦うのはさすがに分が悪すぎる。性能的に格上なのは間違いないのだから。
「いやボスに挑むな。なんでボス倒す前提なんだよ」
「違うの?」
「違うっつの。俺ら見ろよ、ボス避けて魔石集めてるだろ? 俺らみたいなのが普通なの。ボス討伐なんて半分自殺みてぇなもんだろ」
ジークの言葉に、アリシアとエレンがうんうんと頷いている。
そういえば確かに、俺に挑んできたかつての冒険者は大半が死んでいる。勿論、『王の間』という場所の制限があるため取り逃がした者もそれなりにいるが、それでも圧倒的に死者の方が多い。
ボスと戦うことでダンジョンの『監視対象』となりやすいのも一因だ。
加えて、ダンジョンは基本的に侵入者を『素材』とみなしている。
倒されたモンスターの死骸を回収し、再利用しているといっても永遠に可能なわけではない。繰り返せば素材は劣化し、いずれ利用不可能になる。そうなる前に他から調達する必要があるのだ。
外からダンジョンに迷い込む野生動物や魔物、そして冒険者。
どちらもダンジョンにとっては『侵入者』であり『敵』、そして新たな『素材』だった。
「はー、もう、とにかくお前ら二人とも下層は禁止! 俺がいいって言うまでダメだ! いいな!」
「あたしたちも下層なんて当分行けないんだけど」
「実力不足ですね~」
どこか投げやりなジークに、ノアと顔を見合わせてとりあえず頷いておく。
「なんつーか、どっかポンコツなんだよなぁ、お前……まあいい、戻ったらまずは服の調達。それからギルドに報告だな」
「報告?」
ポンコツとは失礼な、と思ったが、反論はしない。常識に疎い自覚はある。何しろ『俺』の常識は2000年前のもの。俺自身にはそもそも常識なんてものもない。
それより報告とは何だろうか。
ダンジョンに潜る前に、依頼を受けたという話は聞いていない。早めに資金を調達したいということで魔石集めにきたはずだ。真っ先に魔石の換金にいくものと思っていたのだが。
首を傾げたら、ジークは呆れたような顔をした。
「ボス討伐報告」
ああ、そういえば。
そういうとこだぞー




