62.『泥木の王』
足元と背後を、何かが這うような気配がする。
靴のすぐ下、土の中を蠢く存在を感知して、脳裏にいくつかの攻撃パターンが閃いた。
なるほど、こうくるのか。
地面を突き破り、木の根が勢いよく飛び出す。こちらの頭と胴、人間ならば致命傷となる急所を狙って繰り出されたそれらを、横に跳躍することで回避した。
その動きを読んだように、逃げた先にも次々と根が襲い掛かってくる。四方から伸びる根は、触手のような柔軟さで振り上げられ、無造作に叩きつけられる。地面が抉れ、土塊が宙を舞い、飛び散る。
凶悪な根の鞭。
『泥木の王』の主要な攻撃手段のひとつだ。
頑強な鎧を身につけていても、一撃でも食らえば無事では済まない。
とはいえ、魔法も毒も罠も仕込まれていないただの物理攻撃だ。当たりさえしなければ問題ない。まあ俺の場合は当たってもさほど問題はないのだけれど、再構築も面倒なのでなるべく回避している。
俺は確かめたいのだ。
ノアに対しての、半ばは苦し紛れの弁解ではあったが、口にしてみてそれも嘘ではなかったのだと気付いた。
どうしても『王の間』が気になった。『泥木の王』の存在が、その姿が気になった。
目の前のコレが本当に『泥木の王』なのか。
そして、あの時俺が殺してしまった冒険者たちはどうなったのか。
勿論、知識としては知っている。ジークたちや、ギルドマスターから教えて貰った。
彼ら曰く、ダンジョン内の遺体はそのまま放置されるそう。長い時間をかけて朽ちるはずのそうした亡骸は、数日のうちに跡形もなく消えるらしい。
恐らくは、怪物同様になんらかの方法でダンジョンが亡骸を処理しているのだろうと。
明言は避けていたが、要はダンジョンが「食って」いるのだ。
或いは、モンスターに食わせているのか。
もし後者だとすれば、あの時俺が殺した冒険者たちは、俺が「食う」ものだった可能性が高い。
だが、俺は何もしなかった。亡骸はそのままここに残されていたはずで、それがどこにも見当たらないということは、新たに生まれた目の前の『泥木の王』が処理したのだと考えるのが妥当だ。
縦横無尽に振り回される根の鞭を回避しつつ、本体の『泥木の王』に迫る。
接近しても『泥木の王』自体は反応が薄い。長すぎる両腕をだらりと垂らしたまま、不出来な頭をゆらゆらとさせているだけだ。
剣を抜いて、その人型の肩へと振り下ろす。
防御する素振りもない『泥木の王』の肩へと食い込んだ剣は、そのまますっぱりと腕を切り落とした。
思わず目を見張る。
元々、『泥木の王』を倒すつもりはなかった。俺はただ確認したかっただけだ。むしろ討伐するほうが後々面倒だろうから、疑問が解決したら即離脱するつもりでいたのだ。
けれど、わかってしまった。
目の前のコレはなりかけだ。
正確には、「これからボスになるところ」といったところか。
泥人形ならば、ここまで敵に接近されて身体の強度を上げないという選択肢はない。それが泥人形の防御であり攻撃の手段だからだ。少しでも強度が上がっていれば、ただの剣で腕を落すなんて真似はできないはず。
敢えてそういう戦法を取ったと解釈するには、腕を落されて尚、碌な反応もないのがおかしい。
そして、落ちた腕。
泥と土で固められたその断面には、中身があった。
骨も筋肉も、血液すらない筈の泥人形に、ソレがあるということは。
なんとなくの予想が当たってしまった。
俺がかつて屠った彼らは、ボスを構成する素材になっている。
――さすがに、罪悪感が疼く。
既に死体となった彼らに自我などないかもしれない。それでも、遺体を好き勝手弄られて、魔物としてかつての仲間を屠るように仕向けられているというのは。
つい俺自身の事情と重なって、同情と憐憫が湧いた。
事故とはいえ、殺してしまった自分のせいでもあるのだから余計に。
腕を失った『泥木の王』の身体が、ぼこりと歪む。
足元の地面が隆起し、唸りをあげて『泥木の王』に殺到する。ぼこぼこと歪にその足が変形し、崩れ、再構築を繰り返して、気付けばその頭が遙か天井付近にあった。
普通の泥人形の何倍という巨体。
飾りの頭がついている上半身に変化は少ないが、腰から下は地面と融合して小山ほどの大きさになっている。その足元からは大量の木の根がざわざわと蠢き、醜悪としか言いようがない。
俺が切り落とした片腕も再構築したようで、丸太ほどの大きさになっている。
この姿こそが、本来の『泥木の王』。
土の欠片を落としながら振り上げられた両腕に、その射程外まで退避する。
轟音と共に落下したそれが、地面に巨大な穴を作る。さきほどまでの攻撃の比ではない。人間などひとたまりもない威力だ。
泥人形のボス個体なだけあって、物理的な力は相当なものである。
もちろん、こちらも泥人形なので全く耐えられないわけではない。ただ単純な力比べとなると、大きい方が有利なのは当たり前のことで。
繰り出された根の攻撃を躱す。右側から再び振り下ろされた腕を回避し、下からの追撃の根からは跳んで逃げる。
――ただ、どういうわけか、次に来る攻撃が容易く予測できてしまう。
この身体がボス個体だったせいなのか。それとも相手がなりかけだからか。
今のところ、攻撃の予測はほぼ外れなしだ。おかげで質量差の不利を補ってなお余裕がある。
この様子なら隙を見て撤退することも可能だが、目の前のボスがなりかけだとわかったことで、戦わないという選択肢はなくなった。
コレは、ここで壊す。
足元の土を支配下に置く。
足を止めた俺に向かっていた木の根が、一瞬で動きを止めた。地面が隆起し、目の前の『泥木の王』から波のように俺の方へ土が流れてくる。
『泥木の王』の巨体がぐらついた。足元の土を俺が回収しているのだ。バランスも崩すだろう。
「悪いな、俺もお前と同じなんだ」
土を扱うのは慣れたもの。
この身体がかつての『泥木の王』ならば、うまれたばかりのなりかけに負ける筈もない。
一気に奪った土で、こちらも戦えるように再構築していく。
最初から全力で土を支配下に置いたせいで、靴とズボンは既にダメになっていた。そのあたりで散らばっている残骸がそれだ。町に戻ったらどうにかして買い直さねばならないが、今はそこに意識を割いている場合ではない。
身体と周囲の土を同化させ、地中に埋まる『泥木の王』の木の根を奪う。
奪ったそれらで相手側の攻撃をいなし、土柱を生やして攻撃手段に。両腕も使えれば楽ではあるけれど、この上ローブやシャツまでダメになってしまったら目も当てられないのでそれは使えない。
代わりに、周囲の土を吸収したことで肥大化した足元から、腕を「増やした」。
今や、相手の目線は俺とそう変わらない位置にまで降りてきている。
大体、部屋の半ばくらいまでの高さだろうか。それでも人間よりは遙かに巨体ではあるのだが。
増やした腕で、相手の邪魔な両腕を捥ぎ取る。振り回し、振り下ろすだけの単調な攻撃だったので、捕まえるのはさほど難しくなかった。
相手には「防御」だとか「回避」だとかの思考がないらしく、捕まえても抵抗する気配もない。ひたすらに攻撃と再生を繰り返すのが、この『泥木の王』の基本スタイルのようだ。
とはいえ、失った部分を再構築するだけの余裕は最早ないようだった。俺が周辺の土の支配権をどんどん奪っているので当然だろう。
土を操作して一気に相手を引き寄せる。
俺自身の手を伸ばし、人型の頭部を掴んだ。
その状態でも、『泥木の王』の反応は鈍い。足元の根がずるずると蠢いているが、それだけだ。飾りの上半身など、人形のように為されるがままである。
指に力を込めると、ぼろりと土が剥げて頭髪のようなものが覗いた。――やはり、中身は死体か。
僅かに瞑目して、魔法を使う。
思い描くのはゆらゆらと燃える炎。熱く、激しく、真っ赤に燃える炎で、土の中に閉じ込められた亡骸が燃え尽きるのを願った。
指の間から炎が噴き出す。人型の土がぼろぼろと剥がれ落ち、隙間から炎が立ち上る。
抵抗なく燃えていく人型に反して、肥大化した下半身と制御下にあるらしい根が暴れ回っている。
壁を打ち付け、土煙をあげてのたうつ根。まるで苦悶に耐えかねているようなその有様だが、苦痛など感じないのは俺が一番良く知っている。
『泥木の王』の核は、きっとこの下半身のどこかだろう。
ぐずぐずと崩壊していく人型をそのままに、俺は生やした腕と根でもってその下半身を引き裂いた。
すると、崩れた土の中からつるりと丸い宝石が転がり出てきた。泥人形のコアと良く似たそれを取り上げて、目の高さにまで持ち上げる。
泥人形のそれより大きく、俺の手のひらに収まる程度。ちょうど、拾った頃のメランと同じくらいだろうか。土に汚れていても艶やかな光沢を放っているそれは、綺麗な琥珀色をしていた。
泥人形のコアだと俺の勘は告げているが、色や形が微妙に違うのはボス個体由来だからだろうか。
しげしげと観察しているうちに、『泥木の王』だったものはただの土塊と化していた。ぐちゃぐちゃになった土の山に、ぽつんと明らかに大きな魔石が転がっている。
どうやら討伐が完了したようだ。
だが、あの『泥木の王』が確保していただろう亡骸はあれだけではないはずなので、そのまま『王の間』全体に支配を広げる。
うん、結構埋まってるなコレ。
いくつか感じる異物を、ちょうどよく盛り土になっている『泥木の王』の残骸のあたりに引き寄せる。
地表に引っ張り出してみると、比較的新しい亡骸ばかりなのに気付いた。一番古いモノで、数年程度だろうか。うっすら見覚えがある気がするので、俺が最初に殺してしまった冒険者たちの誰かだろうとアタリをつける。
それより以前の分はどうしているのだろうか。
そんなことを疑問に思いつつ、適当に火魔法を放った。燃え上がる炎で、『王の間』がいつになく明るく照らされる。
おかげで、入り口近くにいるだろうジークたちにも、この光景がばっちり見えているはずだ。
「まさかノアまでいるとはなあ……」
さきほど支配を広げた際に、気付いた。
『王の間』のすぐ外に、ノアとジークの気配がある。
もちろん、ルールを守って一歩も踏み込んでいないため、状況はわからない。わからないけれど、足音や気配、場合によっては会話の一部も拾えてしまうわけで。
見られたところで、別に困るわけではない。俺が泥人形だということはふたりも知っているし、もしかしたらジークは俺が『泥木の王』だということも気付いているかもしれない。
だから困りはしないのだが……大量の亡骸を焼いているこの状況を含め、自分の所業を振り返るとさすがに刺激が強いのではないかと思う。
ジークはともかくとして、ノアには特に。
せめて俺が火を使うまでの一連の戦闘は見られていないといいなあ、と内心ため息をついた。
とても苦手なバトル場面。苦手だけど「バトルシーンあったほうがメリハリがあるのでは」と思い込んでいるせいでどうしてもバトル入れたくなります。スピード感がほしい。シュバッって感じの……




