61.中層での目的
「さて、そろそろ休憩は終わりにして、進むか」
ジークの合図に、腰を上げる。
見遣る先には、青い杭。その向こうには暗がりに沈む中層の風景が広がっている。
「魔石たくさん拾えるかな」
「狼がいるから今度はもうちょっと拾えると思うわよ」
楽しそうなノアに、アリシアが答える。
彼らの金策手段はシンプルだ。
迷宮怪物が落とす魔石をかき集め、換金しようという目論見らしい。
ダンジョンを探索する大多数の冒険者と同じ目的である。
とはいえ、怪物が魔石を落とす確率は決して高くはなく、品質や大きさによって価値が大きく変動するため割は良くない。それよりは地道に依頼をこなすほうが、まとまった報酬を得られやすいらしいのだが。
ジークによると、アテが外れてしまったそう。
王都から調査団が派遣されてくるという情報を手に入れたジークは、彼らの到着を待っていた。厳密には、彼らがギルドに出すであろう好条件の護衛などの依頼を心待ちにしていたのだ。
ところが、想定していた2週間が過ぎても調査団の影も形もない。ギルドもさすがに調査団の旅程までは把握していないため、尋ねたところで「まだみたいですね~」とあしらわれるだけ。
結局、待ちきれなくなった彼らは「小金を稼ぐ」ほうに舵を切ったということらしい。
実際、大金を必要としないのならば、悪い選択ではないのだ。
依頼となると、手続きや準備などが必要になり、内容によっては数日かかるものもある。だが魔石の換金は、ギルドに足を運べばすぐに終わる。その日のうちどころか、数時間以内に金銭を手にすることができるのだ。
「狼がいいなあ~できれば上位種……もう鼠は飽きた、蛇もいらん」
ジークがぶつぶつ言いながら剣を抜く。
蛇も鼠も、上層に一番多いDランクモンスターである。魔石を滅多に落とさず、落としたところで小石のような小さいものばかり。大人の小指よりも小さいため、換金しても一食分の食費になればいい方である。
先ほどまでさんざん倒してきた相手だ。食傷気味なのも頷ける。
「よしきた! 狼だぞ!」
嬉し気なジークの声と共にごろりと転がるモンスターは、狼の形をしている。
本日の本命である、Cランクモンスターの土狼だ。
外見も動きも実際の狼によく似ているが、ただ闇雲に突っ込んでくるだけなので狼ほどの知能がないのは間違いない。
Dランクよりは魔石を落とす確率が高く、且つ幾分大きめなものである可能性が高い。稀に土狼の上位個体もいるようで、運良く遭遇すれば更に入手確率があがる。
ちなみに上位個体は通常個体よりひとつランクが上に分類されるらしい。Dランクの土竜鼠の上位個体はCランクに、Cランクの土狼の上位個体はBランクに分類される。
本来、Bランクのモンスターともなれば準ボス級なのでDランク冒険者には難敵なのだが、ダンジョンモンスターの上位個体となると事情が変わる。
ダンジョンモンスターは『生きていない』のだ。
攻撃パターンは固定化され、特別知恵が回るわけでもない。単純に、通常個体より耐久力が上がっているというだけの違いしかない。
通常個体が倒せる実力があれば、さほど強敵にはならないのだ。
初めて出会った時は中層の攻略を始めたばかりだった『炎の剣』も、今では中層の奥まで難なく進めるようになっている。聞く限り、かつて俺が引き返した下層の入り口と思われるあたりまでは行ったようだ。
そんな彼らにとって、通常個体の土狼程度は脅威にもならない。
もちろん、堅実な彼らは油断することなく、丁寧に倒して進んでいる。
道なりにダンジョンを進んでいけば、相変わらずの入れ食い状態。
質より量とでも言おうか。Dランクモンスターの群れにちらほらと土狼が混じっている。
積極的に土狼を倒しながら進むジークたちとノア。
彼らの後ろから魔石がおちていないか確認しながらついて行くだけの俺。
――おかしくないか?
驕りでも何でもなく、たぶん、この中で一番戦力があるのは俺だろう。『生きていない』モンスターなのだ。それも、このダンジョン産の泥人形。
人目もなくなったことだし、俺を先頭に立たせてモンスターを倒していけばずっと楽に進めると思うのだけれど。
なぜか彼らはそれを提案してこない。ノアに至っては、俺が従魔だというのに「命令」しようという気すらなさそうだ。
なので、一応俺から「手伝うよ」と提案はしてみた。
ジークたちには世話になってるし、泥人形の能力を使うのは吝かではないわけで。
そうして「助かる」と笑ったジークが俺に与えた役割が、殿での魔石拾いだった。
まあ、殿を任せて貰えたと思えば……いや、やっぱりなんか違うな。
7歳のノアよりも過保護な扱いを受けている気がするのは気のせいだろうか。戦えるんだが?
釈然としないまま、奥へと進んで暫く。
どことなく見覚えのある風景に、ふと首を傾げる。ダンジョン内部はどこも大差ない光景だ。石畳に石組みの壁と天井、我が物顔に這う木の根に、覆い被さるような枝葉。
これといって特徴のないそれらの組み合わせだというのに、何かが引っかかった。
いつの間にか、あれほど激しかったモンスターの襲撃も止んでいる。
「王の間……」
壁にぽかりと開いた人工的な開口部に、懐かしさの正体に気付いた。
かつて俺が目覚めた『王の間』と呼ばれる場所は、中層のど真ん中に位置していた。さらに奥にいくためには、どうしてもその目の前を通過せねばならない。
「あんま近寄るなよ。うっかり感知でもされちゃ洒落になんねぇからな」
ボスと戦う気はないのだとジークが注意を寄越す。
長らく無人だった『王の間』には、新たなボスがいるらしい。見たことはないが、ギルドで騒がれていたので自然と耳に入ってくる。前のボスより小さいとかなんとか。
「前のボスはどうしたのかなあ。100年? くらい負けなかった強いボスだったんでしょ?」
小さい理由は「新しく生まれた」からだと聞いたノアが、不思議そうに首を傾げる。
「そりゃまあ……いなくなったから新しいのが出てきたんだろ……」
ジークがふと俺を見遣って、言葉を濁す。
なんとなく疑われている気がする。
実際、いなくなったという「以前のボス」はこの身体だとは思う。俺としてはこの程度の身体能力でボス扱いはどうなんだろうと思わなくもないのだけれど、目覚めた時の状況から考えればそうとしか思えないわけで。
ジークたちにこの懸念は話してなかったのだが、多少は勘付かれているのかもしれない。
まあ、散々泥人形らしくない行動をしてきた自覚はあるし、ギルドマスターあたりにはバレていそうだとも思う。なんだかんだ『炎の剣』が保証人のままなので、注意喚起くらいはされていてもおかしくない。
「どんな姿なのかな。ちょっと覗くのもダメ?」
好奇心旺盛なノアがわくわくとジークに尋ねる。
「ダメダメ。やめとけ。今度のやつはヤベェらしいし……」
「今度? 前は違ったの?」
「あー、いいか? そこのボスは『王の間』から動かない。だから中に入らない限りこっそり覗いてても大丈夫……って言われてたんだ、前までは。けど今度のヤツは『王の間』の外も認識してるみてぇでさ」
「覗くのも危ないってこと?」
「そうそう。部屋の前通るだけでも気付かれてるかもしれねぇの。まあ戦闘にならなきゃそれでいいんだけど、なんかそういうの気持ち悪いだろ」
絶対に安全ってわけじゃないし、とジークがぼやく。
モンスターに見つかれば戦闘になるのが普通だ。暗がりから襲いかかる有象無象のモンスターが良い例である。モンスターは彼我の戦力差などおかまいなしだし、仲間意識もなければ撤退という発想すらない。ただひたすらに、自己を顧みない突撃を繰り返すだけだ。
そんなモンスターが、敵である冒険者を認識して見逃すはずがない。
新たなボスが認識していながら襲ってこないのならば、なんらかの制約が課されているのだと思われる。例えば物理的に固定されているとか、動かないよう「設定」されているとか。
――ただそうなると、あっさりでてしまった俺はなんなのだろうという疑問が出てくるわけで。
「ともかく、そういうわけだからなるべく離れて通るぞ」
こそこそとジークが指示するのに従う。
『王の間』周辺は、不思議と襲ってくるモンスターがいない。自分が出た時はどうだったかなと記憶を辿るが、色々いっぱいいっぱいだったせいか記憶になかった。
あの時はまだ、ここがどこかもわからなかった。自分の身体と置かれた状況を飲み下すのに必死だったし、気付いたらモンスターを倒しながら進んでいたような。
俺は本当に『泥木の王』なんだろうか。
本物の『泥木の王』はどんな姿をしているのだろう。間違っても俺の以前の姿ではないだろう。あれでは普通の泥人形と大差ないし、迫力もなにもあったものではない。
通過しようとしたものの、やはり後ろ髪がひかれた。
「ジーク、お願いがあるのだけど」
『王の間』を通り過ぎたところで、そっとジークに声を掛けた。
「少しの間だけ、任せていいかな。……気になるんだ」
任せたいのはノアの守りである。
ノアとてそれなりに戦えるし、実際ここまで『炎の剣』に劣らぬ活躍をみせていたが、それでも心配は心配だ。
そして、それ以上にボスの存在が気になって仕方がない。ノアの安全と天秤に掛けられるものではないとわかっているのに。
「気になるって……『王の間』か?」
「そう。ちょっと見てくるだけだから」
好奇心はやめろと叱られるかと思ったが、意外にもジークは難しい顔で黙り込んだ。
かわりに、隣を歩くノアが焦った様子で引き留めてくる。
「ルーチェ、ボスのとこにいくの? だめだよ、危ないよ」
「……うん、ごめんね、どうしても気になるんだ」
「でも……」
「すぐに戻ってくるから。少し……そう、少しだけ確認したいことがあるんだ。俺は大丈夫だから」
正直、ここで死んでしまっても別に後悔はないのだが、さすがに空気は読む。それに自分のことに未練はなくとも、ノアをダンジョンに置いた状況で死ぬのは避けたい。そうなったらジークたちがなんとかしてくれるとは思っているが、それはそれである。
不安そうなノアを説得していると、ジークが溜め息をついて言った。
「わかった。任されてやる。ちゃんと帰ってこいよ」
ジークには、なんとなく俺の気持ちを見透かされている気がした。といっても、自分でも自分の気持ちがよくわからないのだが。
頷いて礼を述べ、来た道を戻る。
ぽかりと開いた『王の間』の入り口。
正面に立ち、暗がりに沈む部屋の奥を見遣る。
灯り一つない闇の中だが、俺にとってはさほど問題ではない。見覚えのある、箱のような部屋の中心に、ひっそりと佇む人影が見える。
以前の俺といくらも変わりなさそうな、頼りない歪な人型。それがまるで冒険者のように鎧や衣服を纏っている。だがよくよく見ると、着ているというよりはひっかけているといったほうが近そうな雑さだ。
これが『泥木の王』。
こうしていれば確かに、相手に「見られている」と感じる。俺の足はまだ室内には踏み込んでいないのだが。
そういえば、「あの時」も声や気配、足音くらいは感知できていたことを思い出す。詳細はわからなくとも、そのくらいの情報は中にいても得られていた。
意を決して、一歩踏み込む。
ブーツが土を踏む。少しだけ沈む土の感触は、『王の間』の外とほとんど変わらない。
「ルーチェ!」と呼びかけるノアの声が聞こえて、内心謝りつつ、一気に中へと進んだ。
近づいても『泥木の王』はこれといった反応をしない。
だが確実に、こちらに意識を向けているはずだ。俺がそうだったのだから、『泥木の王』がそうでないはずがない。
――ずる、と背後で何かが蠢いた。
固有名詞(迷宮怪物、安全地帯など)は、各話の最初の登場時だけルビ振るようにします。その後は普通にカタカナ表記でいきますので宜しくお願いします。読みやすいかなって……ルビ振るのがめんどいとかじゃないよ!ほんと!たぶん!




