60.いつかの夢
今日は久々に『炎の剣』とダンジョンに来ている。
現在地はマリードダンジョン中層。上層から抜けてきて最初の安全地帯内である。
以前とは違い、ダンジョンの探索は俺たちだけでも問題ない。
だが、Dランクにあがって日が浅いため単独で入ったことはまだなかったし、ジークたちから誘われなければこうやって入ることもしばらくはなかっただろう。さすがに2人、しかも片方は幼い子どもという組み合わせでダンジョンに潜るのはオカシイとわかる。戦力的には問題なかったとしても。
そんなわけで、本日はジークたち『炎の剣』と合同での探索なのだが。
「やっぱ厳しいな……真面目に依頼待つべきだったか?」
「もー、厳しいのは最初からわかってたじゃん。今更悩まないの! 明日もあるでしょ!」
「そうですよ~気長にいきましょう~」
うなだれるジークの背を、アリシアが勢いよく叩いている。
ジーク曰く、どうやら彼らは「金が足りない」状態らしい。
とはいえ、調査依頼の報酬はそれなりの額になったと聞いている。あれから2週間ほど経過しているが、そんなに早く使い切るものだろうか。前回会った時に「かなりの額になった」と軽く引き気味だったジークを思い返すに、散財するような性格でもないと思うのだけれど。
セーフティエリアに他の冒険者の姿がないことを確認し、それとなく事情を尋ねてみる。
俺は単に「金欠」だとしか聞いていないのだ。特に興味もなかったので流してしまっていたが、なにやら仲間内で励まし合っている様子を見ると、何か面倒ごとに巻き込まれているのかと少し心配になってきた。
ジークは困ったように視線を泳がせ、頬を掻く。
「ちょっと装備をな……いや、金自体はまだ使ってないんだが、計算したら足りなくて」
彼らはそれぞれに新調したい装備があるらしい。
言われて見れば確かに、彼らの防具はどれも使い込まれたものだ。慣れたものが良いとはいえ、摩耗したものをいつまでも使い続けるわけにもいかないだろう。命を預けるのだから。
「全く買えないってわけじゃないの。ローブだけとか靴だけとかなら問題なく買えるくらいは貰えたのよ。銀鱗鳥の報酬も出たし。でもいざとなるとどれから買えばいいか迷っちゃって……」
アリシアがため息をつく。
調査依頼だけでなく幾つかの追加報酬もあったとは聞いていたが、どうやらその「銀鱗鳥」の素材が結構な稼ぎになったらしい。初めて聞く魔物だったので、色々と特徴などを聞いておく。もしかしたらどこかで遭遇するかもしれないし。
「それで、先に稼ごうかって話になったのよ」
「私は新調する予定もないので皆さんの装備に使っていただこうかと思ったんですけど……叱られてしまいました~」
エレンは自分の報酬の取り分を二人に譲ろうとしたらしい。そうすればふたりの装備も早く揃うだろう、との彼女の申し出を2人は断った。
「だってそういうのよくないもの。自分の装備なんだから自分でやりくりしなきゃ。エレンだって貯金してるんでしょ?」
「まぁ貯金はしてますね~修行中はお手当もありませんし……」
アンジェリカに色々揃えて貰った身としては耳が痛い。悠長なことを言ってないで早めに返そうと心に決める。
そして、冒険者活動はエレンにとって『修行』扱いのようだ。修道院にいるキャロルもエレン同様に見習いなのだが、そういった話は欠片も聞いたことがない。宗派によってかなり違う様子。
「私も貯金したいけど難しいのよね。ほら、私の武器ってどっちかというと消耗品だから。なるべく安めで抑えてるけど数が要るのよ」
アリシアの武器は短剣だ。
本来、短剣は近接武器なのだが、彼女はあまり近接で戦わない。かわりに短剣を投擲するのが主な攻撃手段となっている。投擲には専用の武器もあるのだがどうにも使いにくく、試行錯誤の結果、短剣を投げる現在の戦闘スタイルに落ち着いたらしい。
ただ、専用の武器が安価な消耗品であるのに対し、短剣は投擲を主たる用途として作られていないため、どうしてもコストがかかるのだそう。
「幾つかストックは持っておかないと困るし、装備も草臥れているしで……まあ全部なんとかしようとしたらそれなりにね」
「俺はまず剣からだな。さすがに鎧までは金が足りねぇわ」
ジークの剣は、近くでみると細かな傷や欠けがわかる。毎日手入れをしていても、対魔物となるとやはり劣化は避けられないようだ。
剣は値段も種類も幅があるらしく、あれこれと選べる分、失敗してしまうことも多いのだとか。性能は値段に比例するけれど、かといってあまり高価なものは買えない。どのあたりで妥協するかが難しいところなのだそうだ。
加えて、前衛であるジークの防具が一番損耗が激しい。剣が最優先とはいえ、防具も替え時なのは間違いなかった。
「たぶん俺が一番金かかる。貯金なんて夢だぜ夢」
いつかは家がほしい、と語るジークに、ふたりが苦笑している。
なんでも、冒険者稼業で町なかに家を持つのは難易度が高いそうだ。金額面ではなく、審査や手続きの煩雑さが理由らしい。防衛の問題もあるので、そう簡単にはいかないのだろう。
冒険者の多くは宿で生活するか、家を借りるのが一般的とのこと。
どちらのほうが安くつくかは場所や宿の相場にもよるが、どちらを選んでもマチマチだそう。
「ふたりも貯金はしてるんでしょ?」
アリシアの問いに頷く。
俺の貯金はノアの貯金と同義ではあるが、一応それぞれで管理している。
ノアが俺の分としてちゃんと報酬を分けてくれるので。
貯蓄先は、魔術鞄もどきの『口』だ。メリットは手軽なことと完璧な防犯。デメリットは仕組みが謎な点。ある日突然、放り込んだ筈の硬貨が消滅するかもしれないというリスクがある。
まあ、ノアがギルドの金銭管理サービスを使用できるようになったら、俺も利用しようかとは思っているのだが。
ちなみにノアの貯金先はいわずと知れたアンジェリカだ。アンジェリカがどう管理しているのかは知らないが、悪いようにはしていないだろう。
「お金貯まったら何に使うの? 新しいローブとか?」
アリシアの問いにあらためて考えてみるが、これといって浮かばない。
アンジェリカへの返済は別として、万一のためにと貯蓄に回していただけだ。強いていうならノアの老後の安泰とかだろうか。目標が遠すぎる。
そんな夢も希望もない俺とは違い、ノアはにっこり笑って答える。
「いま欲しいのはないけど……いつかお家はほしいなあ。ジークとおんなじ」
ノアは家が欲しいらしい。初耳だ。
7歳ならもっと即物的な……食べ物とかカッコいい武器とか言いそうなものだが、家とは。
しっかりしていることに安堵すべきなのだろうけれど、しょっぱい気持ちにもなる。もっと子どもっぽい夢を持ってもいいと思う。
もちろん、そんな甘い状況でないことは原因の俺が一番わかっているので、余計な口出しはしないでおく。
「家? いいわね! 偉い~! 今から頑張ればきっと手に入るわよ!」
「ノアさんはしっかりしてらっしゃいますね~きっと素敵なお家に出会えますよ~」
「おい、俺との差がひでぇんだが」
「だってジークだもの。無計画に言ってるヤツと同じになるわけないじゃない」
「無計画じゃねぇし。いつか買うし」
「貯金ないくせに。そういうのはただの願望っていうのよ」
アリシアとジークがやいやいと言い合う側で、エレンはのんびりとノアにどんな家がいいのかと問いかける。
「あのね、大きくて広いお家! お庭があって、畑もできるの」
「お友達たくさん呼べそうですね~」
「うん! でもね、一番はルーチェがゆっくりできるかなって」
「ルーチェさんですか~?」
「だってルーチェ、泥人形でしょ? 初めて会った時すごく大きかった。でも、ここだとずっと屈んで狭そうだったし、思い切り伸びができるくらい大きなお家だといいなって」
家の中なら人間ぽくなくてもいいもの、とノアが笑う。
「ああ……そういやお前泥人形だったっけ……」
「ノア、大物ねぇ……」
言い合いを止めたジークとアリシアが、呆れたような感心したような言葉を漏らす。
俺はといえば、思いがけない発言にただただ驚いていた。
家を持つのは大変だと聞いたばかりだ。順調に運良く物事が運んだとして、少なくとも今のジークたちと同じくらいの年齢でようやく叶うかどうかというところだろう。
そうなっても、ノアは俺と一緒にいるつもりらしい。
いや、ノアのことだからそこまで深くは考えていないかもしれないが。単純に、この日々の延長で「だったらいいなあ」と言っている可能性は高い。たぶん。きっとそう。
「……俺のことなら気にしなくてもいいよ。この姿でも別に無理はしてないから」
「そうなの? たまにあの姿に戻ったりしなくてもいいの?」
「大丈夫だと思う。……ノアは、この姿は嫌い?」
ちなみに、今は仮面をしていない。ダンジョンに入るまではちゃんとしていたのだが、人目がなくなったあたりで外した。
以前、ジークたちから「外してくれ」と要望があったのだ。
理由としては「慣れたいから」。
そのため孤児院やダンジョン内など、人目がないところではなるべく仮面を外すようにしている。
最近ようやく、素顔のままでも目を合わせて貰えるようになった。
素顔のほうが断然楽なので歓迎しているが、未だ周囲の劇物扱いに納得がいかない。普通の顔だろうに。
ともかく、そうした心配はノアには無用のものだとわかっている。
この姿も最初から大いに褒めてくれていたし、少なくとも苦手ではないのだと思う。ただノアは初対面時のあの姿をみてもなお、「いいひと」と断じた猛者だ。
化け物のほうが「好き」だと言われる可能性は、否定できなかった。
もしそう言われたら……さすがに辛いかもしれない。生前の姿が化け物に負けるのは、なんか、こう。
内心怖々と問いかけた俺に、ノアはあっさりと首を振った。
「ううん、好き。綺麗でかっこいいよ」
まっすぐな好意に、胸をなで下ろす。お世辞や遠慮の類いでもなさそうだ。
「あっちのほうがルーチェが楽なんじゃないかなって思ったんだけど……そうでもない?」
「むしろこっちの方がいいかな。かさばらなくて動きやすいし……ノアともこうやっておしゃべりできるしね。……俺、このままでもいいかな?」
「うん、僕もルーチェとおしゃべりしたいよ」
言質が取れたので、ついニコニコしてしまう。よかった。これで晴れて化け物の姿は封印である。
まあ戦闘で必要になったら遠慮なく使うつもりではいるが、元人間としてはなるべく人の姿でいたいわけで。
「おい、話まとまったか? まとまったな? とりあえずその眩しい笑顔ひっこめろ。そっちはまだ耐性できてねぇんだから」
目を覆いながら、ジークがそんなことを言ってくる。ジークの隣では、アリシアとエレンが同様に目を覆いながら頷いていた。
いや、理不尽。




