59.ジャムと魔力
ジャムは好評だった。
アンジェリカから無事に許可、もとい太鼓判を貰い、夕食時に提供することになった。
やはり思ったより量が少なかったようで、勢いよく減っている。全員のパンに塗っても数日は持つ想定でいたのだが、今夜の一食ですべて消えてしまいそうだ。
この調子ならジャムを使ったお菓子を考えてもいいかもしれない。
ジャムを提供した流れで、俺が夕食を作っていることもバラされたが、これといって反発はなかった。
俺が作ったと言った側から躊躇いなくジャムを食べる姿から予想はついていたけれど、それでいいのか。
魔物が作ったものなんて嫌じゃないのだろうか。
「だってルーチェだもの」
平気に決まってるじゃない、と呆れた顔で言うのはソフィアだ。隣でエルシーもうんうんと頷いている。ノア? 笑顔でジャムを塗ったパンを頬張っている。抵抗も躊躇いもゼロ。
「まあお前はちょっとアレだから……料理できても不思議じゃねぇし」
なにがどうアレなのか気になる所だが、ローレンも気にしていないようだ。
それならいいのだけれど、と皿に盛られたジャムをひと匙すくう。
保存のためには瓶などの密閉容器がいいのはわかっているのだが、生憎と適当な入れ物がなかった。最悪、皆が手を付けずに処分する可能性もあったので、まあいいかと皿に盛った結果である。見栄えが良くないだけで味には関係ないので。
美味しそうに食べる周囲に釣られてすくったものの、食べる必要がないのに消費するのもな、と躊躇って。
ふと足元をうろうろしている毛玉を思い出した。
なんだかんだでメランは放し飼い状態である。まだ小さい上に、暴れたりモノを壊したりなんて悪さもしないため、就寝時以外は割と自由にさせていた。元々大人しい性質なのか、大抵はノアの周囲をうろうろしているだけなので今のところ問題も起きていない。
「メラン」
屈んで、メランの口元に匙を持って行ってみた。
『精霊の涙』は魔力が豊富な果実だ。まあ、えぐみを取る過程で大半の魔力は消費されてしまうのだけれど、少しでも残っているならその生命維持の足しになるだろう。食べられればの話しだが。
「食べてみる?」
返事などないのはわかっているが、なんとなくそう尋ねる。
メランはこわごわと顔を近づけて、しきりに匂いを嗅ぐ。見た目はともかく、こういうところは犬……もとい狼っぽい。
そして、ぱくりとスプーンを咥えた。
「あっ、たべた!」
声を上げたのは見守っていたノアである。
「食べたよ! メランが食べた!」
大喜びのノアが遠慮なしに俺にしがみついてくる。重くも苦しくもないが、屈んだままなので地味に衝撃がある。
ノアにつられて覗き込んできた子どもたちも、もぐもぐとジャムを咀嚼するメランに喜びの声をあげた。成長を望まれていないといっても、それは大人の事情だ。子どもたちにとってはこの小さな命が元気でいるほうがいいに決まっている。
ノアもメランの未来を望んでいたから、俺も延命のために魔力を与えていたわけで。何か問題があったら、都度対処していけばいいかと楽観的に考えていたのだ。
――もしや、そのせいだろうか。
製作の過程で、ジャムには俺の魔力を通している。
魔法として発動することで魔力そのものは消費されていると思っていた。
それに魔力は魔力だ。人間由来だとか魔物由来だとかは関係ないのだと、アンジェリカからジャムの許可が下りた段階で確信していたのだが。
ここにきて、それが揺らいだ。
魔力そのものに個人差、或いは種族差があるとして、メランは俺の魔力を感知して「食べて」いるのではなかろうか。
そう思って試しに、干し肉の欠片に少しだけ魔力を通して与えてみる。
メランはジャムと同じくふんふんと匂いを嗅いで――躊躇いなく食べた。
元々魔力が含まれているものを与えようとしても見向きもしないあたり、予想があたっている可能性が高い。
その後あれこれと試した結果、一度でも俺が魔力を通せば大体のものは食べられることが判明した。
これである意味、メランの問題は解決したようなものである。しばらくは継続して魔力を与えるつもりだが、経口であれこれと食べられるようになれば成長と共に不要になっていくだろう。
白氷狼は立派な魔物なので、成長することによって様々な問題が出てくることは避けられないが、その時はその時。うっかりでも事故が起きないように、そこだけ注意しておけばいいだろう。
問題の先送りという気もしないではないが、どうしようもない。未然に防ぐことは重要だけれど、だからといって今更メランを『処分』するわけにもいかない。
それよりも、ひとつ気になっていることがある。
――俺が作ったジャム、子どもたちが食べて大丈夫なのだろうか。
製作過程でがっつり魔法を使っている。メランの食べっぷりから見ても「俺の」魔力が残っているのはほぼ確実とみていい。
これで子どもたちに悪影響が出たら洒落にならない。
慌てて再度アンジェリカに確認してもらったが、どうしてか首を傾げられた。どうやら何もおかしなものは感じないらしい。人間にはわからないほど微量なのか、メランが特に敏感なのか。
問題ないのならばいいのだが、念のためジャムはこれきりにすべきか。
……などという俺の心配を余所に、ジャムは想像以上に彼らの心を掴んでしまったらしい。
製作過程を見ていたマチルダが、魔法で色が変わったくだりを自慢しまくったのも一因である。
ノアが機嫌を損ねてしまい、宥めるのが大変だった。
結局、ノアのご機嫌取りと好奇心を刺激されたらしい周囲の後押しもあり、再び衆人環視のもと調理をすることが決定した。ジャム作りが、というより『精霊の涙』を調理するのが珍しいらしい。
ジャム作りの工程にちょっと魔法を使う部分を追加するだけという簡単さなので、実演は必要なのかとても疑問だ。
元のレシピは火魔術なので、魔術が使える人間ならば簡単に再現できるはず。アンジェリカならばできるだろうし、きっとノアにも作れるだろう。
手持ちの材料では心もとなかったので、再度ノアと共に市場を彷徨った。
やはりどの店も取り扱っていない。食用として一般的でないため、雑貨店を探すほうが良いとアドバイスを受けた。
「育たないかな?」
雑貨屋を巡るしかないかと話していたところ、ノアがそんなことを言ってきた。
『奥の庭』は、かつての不毛の土地が見る影もないほどに、いまや完全に畑として機能している。
根菜もどうやら育ちそうだという話だし、一体何が転機となって土壌が改善されたのかさっぱりわからない。ノアや子どもたちなどは俺が何かしたと思っているようだが、買いかぶりである。
ノアは、その『奥の庭』ならば育てられないだろうかと言っているのだが。
さすがに果樹は難しいと思うのだ。
俺の知っている2000年前の『精霊の涙』は、森に自生するような逞しい果樹だった。多少水はけが悪くとも日当たりが悪くとも、「魔力が豊富」という一点さえクリアできれば、すくすくと育つような植物である。もちろん野生なので人の手は一切加わっていない。
それと同じことが、2000年後の樹木にも通用するだろうか。
通用したとして、最低条件である「魔力が豊富」というのがクリアできるとも思えない。森の中でもなければ、そういう場所でもない、ただの孤児院の庭である。
だが、この林檎が手に入りにくいのも事実。
ものは試しと、アンジェリカに許可を取って果実から取り出した種を『奥の庭』に埋めてみた。
野菜ではないので、庭の隅に唯一残っている樹木の近くに埋め、畑の水撒きついでに水やりをお願いして4日後。
ぴょこんと芽が出た。
思わず二度見した。まさか芽が出てくるとは。魔力の少ない土地では、例え苗木からであってもすぐに枯れてしまうと聞いていたのだ。
偶然かと訝しむ俺を嘲笑うように、その日からすくすくと育っている。
ちょっと普通の林檎の成長速度としては早い気がするけれど、俺の勘違いかも知れない。
「いやおかしいだろ。発芽から一週間も経たないのに花咲いてんだぞ」
林檎どころか普通の野菜でもここまで早くない、と言われて、つい目を泳がせる。
視線の先では、俺の背丈ほどにまで成長した「樹木」が緑の枝葉を茂らせている。その合間に、薄紫色の花がぽつぽつと揺れていた。
「お前なんかしただろ」
断定の形でローレンが問うてくるが、何もしていない。なぜやらかした前提なのか。
「埋めただけだよ」
ちょっとだけ周辺の土は耕したが、それは植えるには当然のことだ。あとは……助けになればいいなと少しだけ魔力を渡したけれど。
「これほんとに林檎か? 魔物とかじゃなく?」
「ジャムを作る時に取り出した種だよ」
ローレンも食べたよね、と暗にお前が食ったヤツと一緒だぞと伝えたら、ローレンは微妙な顔になった。
まあ疑う気持ちはよくわかる。俺もちょっとこれはおかしいと思ってるところだ。
植物系の魔物はいるにはいるが、俺の記憶に間違いがないなら『精霊の涙』はただの植物である。そしてほぼ確実に『精霊の涙』から採取した種が発芽した結果なので、種に問題はない。
問題があるのは、育て方か、土壌か。
記憶を辿ってふと思い出す。初めてここの地面を弄った時、なんとなく魔力が多いような気がしたことを。
雑草も土も、林檎の隣に細々と茂っている木も魔力を帯びていた。
異常、と感じるほどのものではなかったし、魔力の多い土地ならこんなものかなと思ってしまう程度のモノだったけれど。
――もしかしたら、ここの土地は魔力が多いのだろうか。




