58.★ロビンの葛藤
ギリギリ20時台だからセーフ!と言い張ってみる……
(※他視点/ロビン)
アンジェリカから聞かされたのは、思いもよらないことだった。
てっきり『寄付』に関する話だと思っていたロビンは面食らい、いまいちアンジェリカの言葉を理解できなかった。
理解が及んだのは、アンジェリカの話が一区切りついた頃。
「……従魔?」
ノアが連れている"従魔"。常に傍らにいる不気味なそれが土妖精であることは知っていた。
他でもないノアがそう紹介したし、それより以前にアンジェリカからも聞かされていたから。
ノアが行方知れずとなったあの日以降、ノアの身を守るために魔術士ギルドが寄越した従魔なのだと聞いた。
だから、理解できなかったのはそこではない。
「ノアの従魔なんですか? 本当に? ギルドマスターの従魔ではなく……」
「ええ。……信じられないでしょう? だからそういうことにして貰ったのです」
あの魔物は、行方知れずの間にノアが従魔にして連れてきたのだという。
ノアが従魔術を使えたことも驚きだったが、たった5歳のこどもが従えられたことのほうが驚きだった。
従魔は、術者より「弱い」魔物の筈だ。
ノアに魔術の才はあったのかもしれないが、当時はほんとうにただの子どもだった。そんな子どもより弱い魔物だというのか。あの、人型をした不気味な魔物が。
「その……危険は」
「ノアに危険はありません。私たちにも、恐らくは」
優しい子なので、とアンジェリカが微笑む。
「そんなの、信じられない」
信じられる筈がない。
あの従魔は人型をしている。歪でも、人の形を模している。
それがどれほど恐ろしく厄介なことか。
冒険者となってから、ロビンは人型の魔物の厄介さを知った。勿論、人型でなくとも厄介な魔物は多い。どんなに小型でも、戦う術のない人々にとってはどれも脅威に変わりない。
ただ、人型の魔物は「人」を目の敵にしてくる。
否、その魔物にとって「人」が最大の脅威なのだろう。その姿を真似るほどに「人をよく知っている」。
ノアの従魔もまた、人を敵と定めている魔物ではないのか。
人に姿を似せることのできる、高度な観察力と知能を持った魔物。
そんなモノが、幼い子どもより弱い筈がない。
むしろ従魔術にはかかっていないのではないかとすら思う。
従魔術にかかったフリをして、ノアを、もしくはこの孤児院を、もっと言えばこの町を狙う狡猾な魔物なのではないかと。
思わずそんな懸念を漏らせば、アンジェリカも「そうかもしれませんね」と首肯した。
けれどその表情は穏やかで、落ち着いている。
「私たちに彼の考えはわかりません。あなたの懸念ももっともでしょう。私も、考えなかったと言えば嘘になります。ですが……ノアに対する彼の姿を見ていたら、信じてみてもいいかと思ったのです」
「……俺には、無理です」
とてもではないがそんな気持ちにはなれない。
甘すぎると、魔物はそんなモノではないのだと、沸き上がる反発を飲み込むのが、ロビンにできる精一杯だ。
「ええ、それで構いません。ロビン、あなたが優しく強い子だということはよく知っています。あなたなら、きっとそう思うだろうこともわかってお話しました。……その上で、このことは誰にも言わず、あなたの胸の内に留めて置いてほしいのです」
従魔の件は、魔術師ギルドだけでなく冒険者ギルドのマスターも知るところだという。
そして、混乱を避けるという名目で事実を知る者は口止めをされているそう。
「本当はあなたにも話すべきではないのでしょうが……ノアはきっと、あなたには嘘がつけませんから」
それに、ロビンはぐっと詰まる。
ノアに懐かれている自覚はある。ロビンもまた彼を可愛がっている自覚があるから、その彼に何かがあったときに平常心でいられる自信はない。――何も知らないまま、アレがノアの従魔だと気付いてしまったら。
今もう既に、あの従魔をノアから引き離す方法ばかり考えてしまっている。
だってアレは危険な魔物に違いないのだ。いくらノアが「主人」になっているとはいえ、7歳の子どもに手綱など取れる筈もない。
なのに、どうしてギルドはそのままにしているのか。いっそ魔物を処分してしまえば――
眉を顰めたロビンに、アンジェリカはそういうことではないのだと首を振った。
「あなたも思ったでしょう? ルーチェが強い魔物かもしれないと。そんな従魔を持つ子どもを、周りはどう思うでしょうか。ただ怖がられるならまだ良いのです。問題なのは、利用しようという人間が現れること。ノアに従魔術の能力がある以上、ルーチェを取り上げても解決にはなりません。……ノアを守るには、私の力だけでは弱すぎるのです」
従魔術士というのは決して人気のある職ではない。だが、どの職業でも共通して言えるように、突出した力は一般的な人気、不人気の枠を超えて強力な魅力になる。
ノアが強い従魔を従えていると広まれば、その力目当ての連中は必ず現れる。良くも悪くも、ノアを欲しがる人間が出てくるだろう。
そこでノアが何の後ろ盾もない孤児だとわかれば、どうなるか。
孤児の立場は非常に悪いものだ。孤児院にも所属していなければ、その命は野良犬同然の価値しかない。大人に搾取され、暴力のはけ口にされ、命ごと奪い取られる未来しかない。
成人し、冒険者の肩書きを得たロビンですら、孤児だと知った途端に手のひらを返す人間を多く見てきた。依頼料を踏み倒されかけたことも一度や二度ではない。もちろん、そんな人間ばかりではないことも知っているけれど。
幼いノアならば、その立場は一層不安定になるだろう。アンジェリカという庇護者がいても、守りきれないほどに。
そうなったときにノアを守れるのは従魔の存在だと、アンジェリカは言っているのだ。
そもそもそいつがいるからだと反発する気持ちがある一方で、その言葉に納得もできてしまう。
得体が知れない強力な従魔は、ノアを利用したい連中にとっては魅力的だろうが、その分、扱いに気を遣う存在でもある。従魔が牙を剥かないのは基本的に契約者である「主人」のみであり、その主人の雇い主や家族であっても、下手な扱いをすれば噛みつかれる。
誰だって、恐ろしい魔物に睨まれたくはない。
ノアを利用したくとも、迂闊に手を出せなくなるのだ。
それに、従魔を排除することは、ノアが望まない。
自分の護衛なのだと自慢げに言っていた幼い笑顔が思い出され、苦く思う。
しかも、従魔には『助修士』と『冒険者』のふたつの身分が暫定で与えられているらしい。
ノアの従魔だと聞いた時よりも驚いた。
なぜそんなことに、と思わず呆然と問い返したロビンに、アンジェリカは困ったように笑った。
「あらためて考えたらおかしなことだとは思うんですが……ノアが冒険者になったから、でしょうか」
まだ幼いノアが冒険者となるには、やはり保護者がいる。だが修道院には手が空いている人間などおらず、ならばと従魔が「保護者」としてノアに付くことになった。だが、前述のように従魔として登録するわけにはいかない。やむを得ず、人のような格好をさせて無理やり冒険者に仕立てたのだそう。
どこかで怪しまれるかと思われていた従魔だったが、案外うまく立ち回っていたようで、不審がられてはいたものの魔物だとは疑われてもいないらしい。
その後、ノアと従魔は順調に冒険者として活動を続けており、ならば自分たちが漏らしてはならないと修道院では従魔を「人」のように扱うことに決めたのだという。
その手始めが、『助修士』の身分だった。
「それは、その、大丈夫なんですか……?」
「冒険者ギルドのマスターはご存じの上で、協力して下さっています。教会のほうは……私の一存ですが規律としては問題ないかと」
冒険者ギルドはともかく、教会は大丈夫ではなさそうなのだが。
にっこりと笑って言い切られ、ロビンは「はぁ」と曖昧に頷くしかない。
ともかく、既に根回しは済んでいるのだ。
対外的な問題はなにもなく、求められているのは関係者が口を噤むことのみ。
そもそもロビンが知らされたことも、特例なのだろう。
ノアがボロを出すかもしれないから。ただそれだけ。
ロビンはこの真実を誰にも漏らさず、ノアや従魔の不自然さに目を瞑ることだけを求められている。
だが、ロビンの胸中は穏やかではない。単なる動揺とも違う気持ち悪さが、胸の奥で渦巻いている。
ロビンの葛藤を見取ったアンジェリカが僅かに目を伏せた。
「ごめんなさい、ロビン。あなたの重荷になる嘘だとわかっています。でもしばらくの間、私たちの嘘に付き合ってください。ノアがひとりで立てるようになるまで」
ノアの望みならば、できる限り叶えてやりたいとは思う。
思う、けれど。
「……わかりました。絶対に口外はしません、誰にも。でも……」
その先は口にできなかった。
「しばらく離れるか……」
ひとりになった部屋で、ロビンは呟く。自分に言い聞かせるように。
アンジェリカから聞いた話は、到底飲み込めるものではなかった。
もちろん、口外する気はない。クルスは吐き出せと言ってくれたが、彼相手でもさすがに話せる内容ではなかった。クルスを信用していないわけではないけれど、どこで誰の耳に入るかわからない。
ノアの身の安全を思えば、おいそれと口に出来ることではなかった。
秘密を守るのは当然として、今後の対応にロビンは頭を悩ませていた。
従魔は、受け入れられない。
アンジェリカや修道女たちのように、人として従魔に接することは無理だ。もちろん、ノアのように振る舞うことなど絶対にできない。
ロビンの脳裏に蘇るのは、フードを被り、鳥の仮面をした長身の人型。
人と言われればたしかにそう見える。けれど、もう魔物としか思えない。首輪をつけられただけの、厄介極まりない魔物。その首輪をつけたのがノアだと思うと。
あの姿を目の前にすれば、自分でもどんな行動にでるのかわからなかった。
ノアを悲しませたくはないけれど、きっと彼が悲しむようなことをしでかしそうで怖い。
だからせめて、自分の中で落ち着くまでは。
――この日を境に、ロビンの足は孤児院から遠のくことになる。




