57.★『眠り猫亭』
(※他視点/ロビン)
冒険者ギルドから少し歩いた場所にある、『眠り猫亭』。
看板に丸くなった猫をあしらった二階建ての宿屋で、2階は宿として、1階は酒場兼食堂として夜遅くまで営業している。
ここは、冒険者ギルドが運営している安宿だ。宿のオーナーが元冒険者だと言われているが真実は定かではない。
基本的には素泊まりで、設備らしい設備はベッドくらいしかないが、周辺の宿に比べると破格の料金である。
そのため、宿を利用できるのは「冒険者且つDランク以下」という条件が設けられている。これを詐称して利用した場合は、冒険者ランクの降格、或いは相応の罰金というなかなかに重い罰則規定が定められていた。
というのも、この宿の目的と言うのが「駆け出しの冒険者の支援」だからだ。
どんな仕事も、ある程度モノにするまでは苦しい日々が続く。冒険者の場合、一切の収入が保証されていない。努力が報酬に結び付くとは限らず、実力があっても運がなければどうにもならないことも多い。
冒険者となったものの、生活に困窮してよからぬことに手を染める者は一定数いる。そうした冒険者くずれが山賊や夜盗となって治安を悪化させる例は珍しくなく、ある種の社会問題となっていた。
その予防策のひとつが、この安宿の運営だった。
部屋数は多くないが、マリードは辺境の町。
いくらダンジョンを抱えているとはいえ、地元の駆け出し冒険者を賄うくらいはわけはない。
なにより、冒険者の間では「眠り猫亭をでて初めて一人前」と言われていた。つまり、『眠り猫亭』を定宿としているのは半人前と吹聴しているようなもの。
大多数の冒険者は、なるべく早く宿を移れるよう腐心する。『眠り猫亭』に感謝はあるがそれはそれ。それによって「半人前か」と断じられることのほうが我慢ならない。
いつかもっと良い宿に泊まり、やがては自分たちの家を持つのだと、そう思う冒険者は決して少なくはないのだ。
そんな冒険者たちのひとり、否、冒険者パーティーのひとつである、『夜明けの光』。
彼らもまた『眠り猫亭』を定宿にしている「駆け出し」冒険者だ。
長剣使いのロビンをリーダーに据え、同じく長剣使いのオリーヴと短剣を扱うクルスの三人組のパーティーである。
性格的な相性を優先してパーティーを組んだため、戦闘時のバランスがあまり良くないのが悩みの種であり、なかなか「駆け出し」から抜け出せない原因のひとつでもあった。
いつかは魔術士の仲間を加えたいと話し合ってはいるのだが、なかなか良い出会いがない。
伝手をたどろうにも、ロビンは孤児、オリーヴとクルスは平民であり魔術士との接点はゼロ。
最近になってようやくロビンに魔術士の伝手ができたものの、勧誘は出来なかった。
相手は既にパーティーを組んでいたし、何より幼いこどもだ。きちんと依頼をこなしていることはロビンも承知していたが、やはりどこかで「子どもを誘うのはどうなのか」と躊躇ってしまう。
子どもーーノアはロビンによく懐いている。
同じ孤児院で共に育ち、なにかと可愛がってきた弟分の成長が嬉しくないといえば嘘になる。けれどどうしても冒険者になったことを喜べない。その不安定さと過酷さを知っているから、なおのこと。
未成年だから孤児院を出られないとは聞いていたが、それも、ロビンが手を貸せばどうにかなる問題だとわかっている。ロビン、或いは彼の仲間内の誰かがノアの『保証人』としてギルドに申請すれば、条件は付けられるだろうが、宿を生活拠点にできるはずだ。なんなら書類上だけでも『夜明けの光』に加入してしまえばいい。
だが、それはできない。
ロビンたちはまだ「駆け出し」のままだ。冒険者ランクこそDだが、実態はまだ殻付きのヒヨコ同然。
無理にノアを連れてきても、孤児院よりマシな暮らしをさせてあげられる気がしない。むしろ共倒れになる可能性の方が高かった。
『眠り猫亭』から出られない現状では、誰かの面倒を見られるほどの余裕はないのだ。
それがわかっていたから、彼の仲間たちもノアの勧誘を強要しなかった。「大きくなってからまた声を掛けてみればいい」とロビンの気持ちに寄り添ってくれた。
「ねぇロビン、何かあったの?」
この日、珍しくオリーヴが気遣わしげな声を掛けた。
普段なら、多少のことでは立ち入ったことは聞かない。それが円滑に活動していくための、パーティー内の暗黙の了解だった。
だから彼女がそう口にしたのは、よほど目に余ったのだろうとロビンも察した。
何しろ、今はパーティーで遂行中の依頼がある。期限まではまだ日数があるとはいえ、不調を隠して片手間でできるほど簡単な依頼でもない。
問題が起きたなら、なるべく早く情報を共有しておく。それが、ともに行動している仲間たちへの誠意だとはロビンも思う。
けれど、と朝からの自分の行動を振り返ったが、特に思い当たることもない。オリーヴに気遣われるような心当たりはなく、ロビンは首を傾げるしかなかった。
「え? 別に何もないけど……」
「ほんとに? なんかずっとぼうっとしてるわよ。心ここにあらずっていうか」
ねぇ、とオリーヴが同意を求めたのは、宿に持ち込んだ椅子に腰掛けて武器の手入れをしていたクルスだ。
手にした短剣をくるくると弄びながら、クルスは軽い調子で頷く。
「かなりぼんやりしてるな。今何時だかわかってるか? さっき何食ったか言ってみろよ」
ロビンの眉間に皺が寄る。
ぼうっとしていただろうか。ちゃんといつも通りに振舞っていたはずだ。
食べたものくらい覚えている、と幾らか不機嫌に返せば、クルスはケラケラと笑った。
「でも僕らと何話してたか覚えてないだろ」
その指摘に、ロビンは思わず言葉につまる。
その通りだった。いつも通りに振舞うことには注意していたが、裏を返せばそこにしか意識を割けていなかった。ふたりが全く変わらない様子で穏やかに食事をしていたから、「すこしくらいいいか」と気を抜いてしまっていたのもある。
「たしか今日は孤児院行ってたよな? トラブルでもあったのかよ?」
孤児院、の単語にロビンの肩がびくりと揺れる。
ロビンは無言のまま首を振って、それきり視線を逸らした。
「ははぁなるほど……オリーヴ、ちょっとギルドでも行こうか。まだ開いてるだろ」
「ええまあ、今の時間ならまだ開いてると思うけど……依頼は受けないわよ?」
「進行中の依頼あるのにそんな真似しないって。下調べに行くんだよ、今の時間なら受付も暇だろ。雑談に応じてくれそうじゃん」
「……そうかしら」
「まあまあ。僕ひとりだと嫌がられるから一緒にいこうぜ」
ついでに下で一杯奢るよ、と誘うクルスに「それならまあ」とオリーヴが折れる。
「ロビンは、」
どうする、と問うてくるオリーヴに、ロビンは再び首を振った。
躊躇うオリーヴの背を押して部屋を後にするクルスが、ふと扉の前で振り返る。
「ロビン」
のろのろとロビンが顔を上げると、呆れたような笑みを浮かべたクルスと目が合った。
「吐き出せることは吐いちまったほうが楽だぜ。その気になったら声掛けろよ」
ロビンの返事を待たず、クルスはそれだけ言い置いて部屋を出て行った。
ひとり残されたロビンは、苦笑を零す。
随分と気を遣われたことは理解した。彼らがそうするほどに酷い顔色をしているのだろうと合点して、これではいけないと思うも、そう簡単には気持ちの整理はつかなくて。
「はぁ、情けないな……」
顔を覆って溜息をつく。
脳裏に浮かぶのは、昼間あった出来事。
クルスの指摘通り、ロビンは孤児院へと足を運んでいた。目的は、恒例の『寄付』だ。
正直、寄付ができるほど財布に余裕はない。寄付などより貯蓄をしろと先生たちからは言われている。
そのため、金銭ではなく食材などの品物を『寄付』していた。先生たちからは呆れられたが、自分の生活に影響がない程度に抑えてはいるので問題はない。
孤児院で過ごした時間がなければ、今のロビンは存在しない。路地裏で、或いは犯罪に巻き込まれて死んでいたかもしれない。少なくとも、成人までは生きられなかった。
十分に想像できる「もしも」を思えば、このくらいの差し入れは安いもの。ロビンにとっては、寄付というより恩返しの意味合いが強い。
少しでも子どもたちに良い暮らしをしてほしい。先生たちに楽をさせたい。
その純粋な思いで続けている『寄付』だが、一方で孤児院に通うための『口実』でもあった。
ロビンにとって、孤児院は家であり、子どもたちや先生は家族のようなものだ。
折に触れて顔を見たいと思うのは自然な心理で、以前からちょくちょく孤児院を訪れていた。
それは、2年ほど前にノアが行方不明になった一件からこちら、より顕著になった。
あの時ノアの側にいたのはほかでもないロビンだった。結果的にノアは無事に帰ってきたが、目を離してしまったことは激しい後悔となってロビンの無意識に影を落としている。それこそ、孤児院に行くたびにノアの姿を探してしまうほどに。
この日もいつも通り、差し入れる食材などを購入し、孤児院に向かった。
帰り際、アンジェリカに呼び止められた。
話があるのだと改まって言われて身構えはしたものの、きっといつもの苦言だろうと、そう考えていたのだけれど。
次話までロビン視点の予定です。シリアスしてるロビン。




