55.差し入れ
「これだって高かったんじゃないの? 結構な量あったわよ」
そうこそりと囁いたパメラが示すのは、スープの中の肉。
実は、この肉を用意したのも俺だったりする。
勿論、市場から仕入れてきた「ちゃんとした加工肉」だ。間違っても外で狩ってきたとかではない。
孤児院への寄付という名目の、迷惑料みたいなものである。
なにしろノアも俺もそれなりに冒険者稼業で稼げている。これだけで食っていけるかと問われたら疑問だが、収入だけで見れば本来は孤児院から出なければならないところなのだ。
様々な事情で難しいためにこうして未だ厄介になっているわけだが……意思疎通の難しい頃ならともかく、外見上は普通の大人と変わらない現状、ただ安穏と世話になっているのも気が引けた。
『宿代』として支払っているのとは別に、せめて孤児院の生活がもう少し豊かになるような手助けはできないものかと考え、結局、ロビンの取った策を採用した。
要は、食材やちょっとしたお土産の差し入れである。
俺が単独で院の外に出るわけにはいかないので、ノアと共に市場をまわって購入してきた。
通常の買い出しだと手に持てるだけが限界なのだが、幸いノアは魔術鞄を持っているし、俺も先だって魔術鞄を手に入れた。ギルドマスターおすすめの『やや容量多め』のやつである。
そのあたりをフルで使い、数日分の肉や野菜などを購入してきたのだ。
ノアには手間をかけてしまったが、こればかりは俺ひとりでは不可能なので仕方ない。
従魔は術者と共に行動せねばならない決まりだ。町なかに限りではあるが、そう定められているそうだ。
まあ、孤児院の外では俺は「人間」の冒険者なので、見咎められて通報なんてことはないのだが、一応ルールはルールである。
一人で買い物なんてバレた日には、ギルドマスターあたりに眉を顰められそう。修道女たちもいい顔はしないだろう。
――いや、逆に買い出し係に任命されるだろうか? 最近の彼女たちの、俺に対する態度が魔物に対するソレじゃなさすぎて予想がつかない。
ちなみに、ノアに「食材の差し入れ」を提案したところ、二つ返事で了承された。
「お肉が毎日食べられるなんて最高だよね!」とのこと。懐が広くて大変結構なのだが、このまま成長するとそれはそれで騙されたりしそうで心配である。
お金が減るけれどいいの? と少々意地悪な質問をしてみたところ、「ルーチェがいいならいい」とこれまた微妙に心配な返答があった。俺が悪いやつだったらどうするんだ。いやまあ、ある意味悪い存在ではあるのだが。
「そうでもないよ。少し多めに報酬貰えたから」
「……無理はしてないでしょうね? 貯めることも大事よ」
「ありがとう、大丈夫だよ。ノアにはちゃんと貯めさせてるし、これはちょっとした余剰分だから。気にしないで」
少し多め、というのは、先日の調査依頼の報酬である。
ギルドマスターが言ったように、通常の依頼よりかなり実入りがよかった。ただ散歩感覚で森の中を歩いただけで貰える金額としては破格だ。
更に追加で、道中遭遇した野犬討伐の報酬も貰っている。
追い払っただけで殆ど「討伐」には関わっていないので最初は断ったのだけれど、山分け分を持参したジークにそれも加味した上での報酬だと言われれば受け取らざるを得なかった。ギルド側も、そしてあの時追われていた冒険者――アンディたちも了承済みとのことなので尚のこと。
ジークたちは、あの後発見したという魔物の素材報酬も貰ったらしい。どうやら珍しい魔物だったようで「結構な額になった」と浮かない顔で教えてくれた。いや、お金になったならよかったのでは?
ジークの反応がよくわからなくて首を傾げたが、深くは追求しなかった。まあ俺の知らない何かがあったのだろう。
結局、その珍しい魔物が決め手となって、専門家の派遣が決まったそうだ。
「余剰分って……まぁそういうことなら有り難く頂いておくわ。正直とても助かるの」
「うん。喜んでくれたら嬉しい」
パメラが苦笑する。具体的な経済状況は知らないが、食事事情から察する部分はある。彼女の言葉もきっと嘘や世辞ではない。
それに、余剰分と言いはしたが、俺の報酬の使い途なんてほぼないに等しい。
宿も食事も、装備の更新もあまり必要のない身である。その時々で魔術鞄などの必要なものが出てくる可能性はあるが、基本的に『俺の分』として分けられた報酬は貯蓄に回されている。そしてその貯蓄は、厳密にはノアの貯蓄と同義だ。
ノアは恐らく理解していないが、俺がいくら貯めたところで前述のように使い途はないし、そもそも怪物に金はいらない。生きていない怪物が何のために使うというのか。
俺としてはノアの代わりに貯めているような感覚である。役割的にはアンジェリカと同じ立場だろう。
そんなアンジェリカには、今回の件で恐縮されてしまった。
パメラと同じように随分と気遣ってくれたが、ノアの貯蓄分は確保しているからと説明したら納得してくれた。
迷惑というなら辞めるけれど、きつく咎められない限り今後とも定期的に続けていくつもりである。
可能ならば菓子なども差し入れしたいところだが、嗜好品ゆえかそれなりに値が張る。いっそ自作するのもアリかも知れない。
問題は、材料がうまく揃うかという点だが。
厨房を手伝うようになって、随分と見慣れない食材が多いことに驚いた。用途や味は似通っているので、たぶんアレの近縁種なんだろうな、という目星はつくのだが、実際に調理するまで確信が持てない。
目当てのものにたどり着くまで片っ端から買うわけにもいかないし、そもそも当時の食材が現存しているかも怪しい。
一度、市場を巡って探してみようか。
『この木の実は魔力の回復』
『こっちは体力の回復』
そう教えて貰ったのは遠い過去。
籠に盛られた木の実や果物を示し、実際に作りながら教えて貰った。記憶にあるそれらの実物を、この町の市場ではみたことがない。あれらはレテ周辺でのみ採れるものだったのだろうか。
記憶の中では、柔らかな声が丁寧に作り方を語っている。果物を持つ手は、白く細い。
恐らくは母のものだと思われるそれらの記憶だが、正直自信はなかった。兄や父よりも、母をはじめとした女性たちと過ごすことが多かったためだ。妹や義姉、近隣の奥様方、幼馴染み……候補はそれなりにいる。
脳裏に浮かぶのは、作りながら教えられたその一連の場面だけ。
誰から、いつ、どんな経緯で教えて貰うことになったのか。そのあたりはどうにもあやふやで思い出せない。
まあ、古い記憶だしそんなものかと俺はあまり深く考えなかった。
――きっと、無意識に考えないようにしていたのだと、気付いたのはずっと後の話。




