54.孤児院の食事
最近、孤児院では肉料理が増えた。
もともと、パンと豆や芋のスープが食事の定番だったが、そこに様々な野菜や肉が追加されるようになった。
野菜に関しては、畑である程度収穫できるようになったことも大きい。やたらと繁る例の野菜だけでなく、いつの間にか見慣れない植物も増えていた。恐らく野菜だと思うが、見た目だけでは何の野菜かはわからない。少なくとも俺の記憶にはないものである。
ローレンによれば、近々根菜も植える予定だそう。芋は比較的安くで買えるらしいので、芋以外のものになると思われる。
「肉だ!」
腕を振り回し全身で喜びを表現するのは、ユーグだ。
育ちざかりなだけあって、肉に大喜びしている。
本日のメニューは、パンと定番のスープ、畑で採れた野菜のサラダ。肝心の肉はスープの具材に含まれているだけだったりする。
「ユーグ、落ち着いて。ちゃんと座って」
「だって肉!」
「もう、うるさい。埃がたつでしょ」
「美味しそうだねぇ。あ、このサラダね、わたしも収穫のお手伝いしたんだよ~」
諫めるルッツに、興奮冷めやらぬユーグ。ソフィアは文句をいいつつ、自分の前にある器を退避させている。エルシーはマイペースに俺に話しかけてきた。
彼女は今日は畑仕事をしていたらしい。
「そう。頑張ったね。エルシーだけ?」
「あっ、私も! 私も一緒にやったよ!」
「うん、ふたりでローレンのお手伝いしたの」
焦った顔でソフィアが挙手してきたので、「頑張ったね」と二人とも撫でておく。「えへへ」と照れたように笑う子どもたちにひっそり癒やされる。こういうとき、力加減のできるこの姿になっていて本当によかったとしみじみ思う。元の泥人形形態ではどう頑張ってもこんな真似はできない。そもそもあの姿では彼女たちも近づいてくれないだろう。
「ほらほら騒がないの」
「お野菜もちゃんと食べるのよ」
食前の祈りの後、一斉にスープの中の肉を囓る子どもたちに、パメラたちが笑いながら諫めている。
薄金色のスープには、ごろりとした肉の塊が沈んでいる。脂肪分が少ない肉なのでスープに浮かぶ金色の脂は控えめ。その分、具材の豆や芋がごろごろと沈んでいるのがよく見える。やや辛めな香りの香草によって彼らの食欲も増すことだろう。
ちなみに、この肉は店頭に一番多く並ぶ「長耳鼠」のものである。本来は脂肪の多い肉らしいのだが、加工処理の過程で大半の脂肪が抜けてしまうのだそう。
「ルーチェ、はい」
どうぞとノアがスプーンを差し出してくる。中身は本日のスープと肉の塊。
食卓に付くと必ずといっていいほどノアがしてくる「あーん」である。
俺は基本的に食事をしない。食べられはするし味もわかるけれど生命維持には不要だ。そもそも「生きていない」怪物なので。
ノアや子どもたちに付き合って食卓を囲みはするが、俺の前には何の皿もないのが普通。もちろん、パメラたちはそれを良しとはしていない。なんだかんだと理由をつけて、あれこれ食べさせようとしてくる。食べなくても問題ないけれど、食べても問題ないということもバレているので、「好き嫌いしちゃダメよ」と勧められる。好き嫌いではないのだけれど。そこはかとなく、子どもたちと同じ扱いを受けている気がしている。
とはいえ、限られた食糧をこんなわけのわからないモノに浪費する必要はないだろうと、毎回丁寧にお断りさせて貰っている。
そういった一連のやりとりをみて何か思うところがあったのだろう。いつからか、ノアの「あーん」が始まった。
何度か「いらない」「たべて」の攻防を繰り返したものの、ノアが一向に折れないので最近は諦めている。
ノアの真意はわからないが、一口でも食べれば満足するようなので。
「お肉はノアが食べて」
さすがに肉は勿体ないのでノアに食べるように促す。俺は本来食べなくてもいいモノなのだから、少しでも栄養価の高そうなものは成長期のノアに食べてほしい。
ノアは首を傾げ、大人しくスプーンを器に戻した。肉を避け、薄金色のスープだけを掬う。
それから改めて「はい」と差し出される。俺に「あーん」をしないという選択肢はないらしい。そんなに俺に食べさせたいのか。
内心溜め息をつきつつ、スプーンをぱくりと咥える。うん、今日のスープの味も上々。まあ既に味見済みなので知ってはいるけれど。
「美味しい?」
「美味しいよ。いい香りがする」
俺の答えに満足したらしいノアがうんと頷いて、一口食べる。そして、俺を振り向いて「美味しい」とぴかぴかの笑顔で報告してきた。緑の瞳が宝石のようにキラキラと輝いている。
ほんの少しの肉で、目映いばかりの笑顔である。
これは『肉代』として孤児院に出資するべきでは。むしろ肉そのものを狩ってきたほうが早い気もする。長耳鼠は加工が必須なので、もっと別の食える動物や魔物を。
「ルーチェ、もしかして言ってないの?」
アンジェリカに俺だけの外出許可は貰えないだろうか、と考えていると、隣に座ったパメラがこそりと話しかけてきた。
彼女の言葉の意味を察して、小さく首を振る。
「あなたが作ったって知ったら、もっと喜ぶと思うわよ」
そうなのだ。
今日の料理、もっと言えば、ここ最近の料理は殆ど俺が主体になっている。
もちろん最初は俺も固辞した。外見はともあれ俺は怪物だ。下ごしらえの手伝い程度ならまだしも、調理のメインや味付けなんて重要な仕事をするわけにはいかない。技術云々の話ではなく、こう、衛生だとか気分の問題である。
常識的に考えて、魔物が手を加えた料理なんて色んな意味で恐ろしかろう。厨房でよく一緒に作業をしているから感覚が麻痺してしまうのはわかるけれど。
副院長のマルギットやアンジェリカならば絶対に許可しないはず、と遠回しに伝えたら、あっという間に許可が下りた。
曰く、「二つ返事だった」とのこと。
おかしいな。この場合、おかしいのは俺なのだろうか。そんなばかな。
一人混乱しつつ怖々と作った料理は、普通に受け入れられた。むしろ「とても美味しい」と何も知らない子どもたちから好評価をいただいてしまった。
嬉しいけれど、騙しているようで気が引ける。
とはいえ、たまにならバレないしパメラたちの助けにもなるならまぁ……と思っていたのだが、気付けば夕食は毎回作っているような。なるほど夕食担当にも就任させられてしまったか。
ちなみに現状どこからも苦情はきていない。ローレンからも来ないので、もしかしなくてもローレンは知らされていないのではないかと思う。
「美味しいって思ってくれるならそれだけでいいよ」
別に誰が作ってるなんて知られなくてもいい。俺自身は料理人でもないし、単に料理に慣れているだけの庶民だ。家庭料理の延長上で美味しく思ってくれるなら十分である。
「そう……知られたくないわけじゃないのね?」
「ううん、別に。でも……知ったら嫌がる子もいるかなって」
「いないと思うわよ。ほんと、気遣い屋というか……イイコねぇ」
パメラがやや呆れたように溜息をつく。
パメラにはよく「いい子」と言われるのだけれど、そんなに幼く見えているのだろうか。
からかいや悪い意図はないようなので褒められたと受け取っておくけれど。




