50.犬は怖い?
10頭くらいという話だったが、気付ば結構な数の群れだった。
骸となって転がっている分だけでもそこそこの数がある。これに加えて逃げていった犬もいたので、もしかしたら10頭を超えていたかもしれない。
手分けして犬の骸を集める傍ら、ノアの側に移動して様子を確認する。
ノアは今回は魔術を使わずにいたようだ。敵味方入り乱れた森の中で、大きな火魔術を使うのは危険だろう。誰かの補助として魔術を行使できるほどにはまだ慣れていない。目の前に対象がいて、その頭を狙い撃つのは随分と上手くなったけれど。
「おつかれさま!」
にこにことノアがねぎらってくれる。「お疲れ様」なんて言葉をどこから、とついエレンを見遣ると、にこりと微笑まれた。どうやらエレンに教えて貰ったらしい。
「ノアも。怖くなかった?」
「ううん! ルーチェ、かっこ良かったよ」
「そう? ありがとう」
相変わらず謎のフィルターがかかっているノアの賛辞に、ひとまず「人らしく」対処できていたのだろうと判断して礼を述べる。
その腕の中にいるメランが、妙に勇ましく「み!」と鳴くので、大人しくしてて偉かったな、という気持ちで軽く撫でておいた。ノアを守るつもりがあったのかも謎だが、少なくともノアの精神安定剤くらいにはなっただろう。
そこに、粗方後始末が終わったらしいジーク達が合流してきた。2人の冒険者たちから事情を聞いていたようで、彼らが最前いた場所をもう一度確認する必要があるとのこと。
もちろん、それは『炎の剣』と俺たちが受けた調査依頼とは関係がない。
調査依頼の目的地はここからそう遠くないため、一旦そちらに向かってから、別の場所へと足を伸ばすとのことだが。
ノアの体力や時間的なことも鑑みて、先に帰ってもいいとジークは言ってくれた。
ノアに伺いを立ててみると、ノアからは「よくわからない」と正直な意見が返ってきた。なので俺の判断でジークの言葉に甘えることにする。
体力がついてきたといっても、ノアはまだ子ども。せいぜい、この往復くらいしか体力は持たないだろう。尽きてしまったら俺が抱えれば問題ないが、それではノアのためにならない。
そんなわけで、2人の冒険者を追加して、先に調査依頼の目的地へと向かうことになった。
「ありがとう、助かった」
その道すがら、加勢をした2人の冒険者のうち、ひとりに握手を求められた。
差し出された手を前に、少し迷う。接触がきっかけで正体がばれることはないだろうか。以前手を握ったことのあるジークをちらりと見遣ったが、生憎こちらをみていない。どうしたものか。
「……助けになったなら、よかった」
とはいえ、無反応の上に放置は駄目だろう。バレたらバレたで仕方ないかと結論付けて、握手に応じる。
折角なのでギルドマスターに勧められたように積極的に喋れることをアピールしていこう。
「おれはアンディだ。Dランク」
ややほっとしたように笑って、相手――アンディが自己紹介をしてくる。
「ああ、じゃあお揃いだ。Dランクのルーチェだよ……まだなりたてだけど」
「なりたて? ランクアップしたばかりなのか」
「そう。ついこの間ようやくね」
仮面で半分隠れているのでわかりにくいだろうが、それでも比較的愛想良くしておく。
ちなみにローブのフードはこの森に入った当初から外している。これも普通の冒険者アピールの一環だ。仮面だけは外すなとほうぼうから口酸っぱく言われているので、これが限界である。一番の不審点が外せない謎。
軽く自己紹介と世間話をしていると、どうやらうっすらと素性を探られているなと感じる。
だが、これといって嫌な気持ちにはならなかった。俺が怪しいのは自覚している。
それに、彼の言葉の端々から、ジークに対して元々好印象を抱いているような節が感じられた。友人、或いは「いいやつ」だと思っている冒険者のそばに俺のようなあからさまな不審者がいるのだ。裏がありそうだと怪しむのは理解できる。フードを外したくらいでは俺の不審さは拭えまい。
なので面倒な部分については濁しつつ、適度に『設定』部分をばらまいていく。要は俺が怪物とバレず、ノアに余計な目が向けられなければそれでいい。
「へぇ、助修士なのか。どんなことを?」
「便宜上ね。俺は厚意で置いて貰っている身だし……たいしたことはしてないかな」
「そうか……」
「そう。だからこれ以上は、修道院かジークたちに聞いて欲しいな。疑いは晴れたと思うんだけど」
「え」
「違った? 俺がジークたちに悪さするんじゃないかって思ったんじゃないの?」
「そんなことは……」
「まあ、安心して。俺はジークたちをどうこうしようなんて思っていないよ。彼らには助けられてるし、悪さする理由もない。俺の見た目が怪しいのはわかってるけど……」
鳥を模した黒い仮面を、指で軽く弾く。顔に傷があるという設定なので、まともな相手ならば取れとは言わないだろう。
「……その、悪かった。助けてもらっておいて礼を欠く行動だったな」
「気にしてないよ。ノアじゃなくて俺に聞いてくれたしね。逆の立場なら俺も警戒するもの」
「ありがとう、詫びと言ってはなんだが、わからないことがあったら何でも聞いてくれ」
疑わしいからと排除や敬遠することなく対話を選んだあたり、悪い人間ではない。むしろ良心的な部類だろう。
この恰好が不審者感を助長しているのはわかっているので、気にしていないのは本心なのだけれど。
「じゃあ遠慮なく。犬ってあの大きさが普通? もっと小さいのしか見たことがなかったんだけど」
「犬? ……ああ、緑角犬か。いや、あれは犬にしては大きいほうだ。狼に近い種類だと聞いたことがある。普通の犬はもう少し小さい……といっても種類が多いから一概には言えないが」
片手で抱えられるくらいの犬もいる、と言われ、やはり色々な犬種がいるのかと頷いた。
あの犬が「標準」でなかったことに内心安堵する。それならばきっと、白氷狼も規格外な大きさではないはずだ。
「そう……あれくらい大きいのが群れてると、さすがに怖いね」
一般的な感覚として感想を述べておく。実際は殆ど脅威は感じなかった。あの牙がノアに向けられたらと思うとぞっとするが。
感想としては間違いではなかったようで、アンディは溜め息と共に同意を返してきた。
「暫く犬はみたくないな」
「そうだね」
疲れ切った彼の言葉に適当な相槌を返しながら、なんとなく、メランを見せたらどうなるだろうと思った。子どもだし過剰反応はしないだろうけれど、顔を顰める程度はするだろうか。
いや、そもそも犬と思われないかもしれない。
日常的に見ているから変化がわかりやすいだけで、一般的にみればまだ丸い何かである。どう頑張っても犬、もとい狼には見えない。ましてや白氷狼だとは誰も思わないだろう。
メランが成獣となる未来は色々な意味で怖いが、成長後もあの形状を維持していそうな気もして、それはそれで怖いなと思う。
ころころと転がる狼サイズの毛玉を想像しかけて――そのあまりの馬鹿馬鹿しさに首を振った。




