48.合同調査と毒蛙
「魔術はどうなったの? ノアと一緒に頑張ってたじゃない」
「今のところはあんまり使ってないかな。ほら、喋れなかったし。魔法なら使ってるけど」
アリシアの問いに答えて、これまで使った魔法を脳裏に浮かべる。
一応、火と土の魔法を使える『設定』だったはずだ。生前のままならば他の属性も使えるとは思うのだが、今のところ試してはいない。
興味がなかったわけではなく、単純に泥人形の基本的な能力で事足りていたため、出番がなかった。
力が強ければ大体のことは解決できるので。殴れば大体倒せる。
「魔法ってあれよね、呪文いらないやつ。便利そう」
「だよな、戦闘中とか絶対便利」
「人間にはできないやつですからね~」
うんうん頷くアリシアとジークに、エレンが釘を刺している。いや、この場合釘を刺されているのは俺だろうか。今の世では、魔法が使えるのは魔物だけらしいので。
「なるべく使わないようにはしてるよ。使っても簡単な……地味なやつにしてる」
魔術でいえば、初歩の初歩、みたいな魔法しか使っていない。ただ、場合によっては威力が跳ね上がるので結果的に派手になることがあるというだけで。
「使わなくてもなんとかなるから。こんな風に」
ぴょんと足元から飛びかかってきた影を軽く蹴る。
それは空を切り、手近な木の幹にぶち当たって弾けた。木が一部紫色に彩色される。どうやら、今の生き物の体液は紫色をしていたらしい。
ちらりとみた感じ蛙のような形をしていた気がするのだが。先ほど話にでてきていた毒持ちの蛙というやつだろうか。
「うわ、一撃じゃん。やべぇ」
「あれって毒?」
意図せず咲いてしまった紫の花を示して問いかければ、ジークは嫌そうな顔で頷いた。
「牙毒蛙だな。噛みつかれると麻痺するやつ」
噛まれた箇所が赤く腫れ、麻痺と熱感が数日続くそう。解毒薬を塗布すれば数時間で治癒するらしいが、そう強い毒ではないため、自然治癒するまで放置する冒険者も多いらしい。
「じゃあコレは」
「同じだな、それの上位種だ。名前はなんだったかな……って、素手はやめろ素手は」
幾分か大きくて体色が派手なやつを鷲掴んだら注意された。
「体液自体が毒だからかぶれたりただれたりすんだよ、早くポイしろって」
かぶれはしないと思う。こんななりでも構成物はただの土なので。
早くとせっつかれたので言われたとおりにポイした。近場の木に勢いよく。また紫色の木が増えた。ちなみに、蛙爆弾を食らった樹木にはこれといって悪影響はないらしい。なにしろ蛙の毒の原料、蛙の餌となるものに毒物を付与している側の植物である。
「好戦的なんだね」
進むごとに、茂みの中からびょんびょんと飛び出してくる似たような蛙。似ているだけで厳密には微妙に種類が違うらしい。とはいえ冒険者にとっては細かな名称の違いなど意味はなく、ひっくるめて牙毒蛙と呼称しているようだ。一応魔物なので、上位種からは魔石が見つかることもあるそう。
じゃあ拾っておくべきかと、新たに捕まえた上位種をジークに差し出したら、「捨てろ」と言われた。嫌がらせではないのだが。
魔石が欲しければダンジョンにいく、というある意味もっともな返事があった。まあ安全性でいえば蛙のほうがいいに違いないが、精神衛生的なものでいえばダンジョンのほうがいいかもしれない。
倒した蛙を解体して魔石を探す手間と、毒にかぶれるリスクを思えば。
「こいつら動くものに飛びかかるっつー面倒な習性あるみたいでな。あんま目が良くないらしい」
なるほど、だからこんなにも入れ食い状態なのか。
ダンジョンで目覚めたばかりの頃を思い出す。あの時もやたらめったらと襲い掛かられるので辟易した記憶がある。あれに比べれば対処はずっと楽だ。ノアになるべく近づけないよう気を付けるだけでいい。ジーク? 俺にあれこれ説明する傍ら、剣でさくさく処理している。
剣の使い方の見本としてとてもためになる。
「お前、気をつけろよ。普通の冒険者は手づかみなんかしねぇぞ」
観察しているのに気づかれたらしく、忠告が飛んできた。
「あと足蹴もしない。靴がダメになるし、何より蹴っ飛ばしたくらいじゃ死なねぇからな。バンバン投げまくってるそれ、オカシイんだからな?」
自覚しろよと蛙を切り捨てながら言われた。
そうは言われても、無鉄砲にも突っ込んでくるほうが悪いと思うのだ。蛙爆弾をばらまく羽目になっているのは俺のせいじゃないと思う。
「うん、大丈夫。いつもは剣を使ってるよ」
蛙をはじめとしたこのあたりの魔物は初見だが、ここに至るまでにも小型の魔物や小動物はいるのだ。薬草採取の際に出会うそれらも、穏便に回避出来ない場合はちゃんと剣で対処している。誰に見られるとも知れないし。
「ほんとかよ。今まさに剣使ってねぇじゃん」
「ほんとだよ! ルーチェ、剣も上手だよ! かっこいいの!」
疑うジークに、ノアがすかさずフォローを入れてくれる。有り難いけれど、あまり盛らないでほしい。上手くはないしかっこよくもない。
「へえ、ちゃんとやってんのか。なら今日はなんでこんなむちゃくちゃなんだ」
ノアのフォローで俺の弁を信じる気になったようだ。俺の信用度が著しく低い。
まあ、ジーク曰くの「むちゃくちゃ」をしているのが信用度の原因だとわかってはいるのだが、つい気を抜いてしまっているのは事実。
未知の場所を探索中とはいえ、今のところ脅威らしい気配は感じない。他の冒険者の姿はないし、共に行動しているのは俺の正体を知っているジークたち。彼らは強いので俺が気を付けておく必要はないし、俺に万一のことがあってもノアを守ってくれるだろう。
なので、ノアの身の安全にのみ注意しておけばいい現状は、とても楽だった。
ちょっとした散歩気分になるのは仕方ないと思う。
ちなみにメランについてはあまり心配していない。いかにも幼体で脆そうとはいえ、Cランクの魔物である。蛙くらいにどうこうはされない……いや、雷兎に攻撃されていたな?
「ジークたちなら大丈夫かなって思って」
一応メランのこともみておくか、とメランの位置を確認しながら、ジークの言葉に返す。
ジークが無言になった。眉間に皺が寄っているので気分を害してしまったのかもしれない。
「ジーク?」
「……なんでもない。覗き込むな。はー、まぁ他ではちゃんとしろよ」
ぽんぽんと軽く背中を叩かれた。よくわからないが、怒ってはいないらしい。
「照れてる」
「照れてますね~」
アリシアとエレンの囁きに首を傾げた。照れる要素なんてあっただろうか。
「うるせー、ほら急ぐぞ。夜になっちまうだろが」
この辺りは、夜になると肉食の野生動物との遭遇率が高くなる。そのぶん、蛙に襲われることはなくなるらしいのだが、どちらが危険かと問われれば断然前者のほうだろう。
その時、ふと何かが感覚にひっかかった。
複数の、雑多な気配。騒がしい足音に声。
「……夜に出てくるのって」
「ん? ああ、犬だよ、黒い犬。あいつら群れるから危ねぇんだよな~」
「あんな感じ?」
「は?」
前方から、わあわあ叫びながら2人の冒険者が走ってくる。
その背後から追ってくる、跳ねるような複数の影。
「――はぁぁぁぁ!?」
ジークがキレ気味に叫んだ。




