47.合同調査とメラン
レガンテ樹海。
マリードの町の外、ダンジョンへと至る道程に広がっている森は、そう呼称されている。
かつて存在した大国の名を冠したその樹海は、"樹海"の言葉が示す通り、果てしなく広大なものだ。その規模はこの国を始め、隣国含めた数国を飲み込めるほど。大陸の中央を占める未踏の森は、海よりも暗く深く、最奥にはかつての大国の遺産が眠っているといわれていた。
今回、そんな森が調査依頼の対象となっているのだが。
さすがに、いち町のギルドがそんな魔境にも等しい樹海の奥まで探るなど、現実的ではない。ある程度の目安はあるだろうと予想していたとおり、あらかじめギルドのほうから範囲の指定があった。
「"結界具"っつーこのくらいの杭があるんだ。ダンジョンにあるだろ? セーフティエリアのアレによく似たやつなんだけどな」
ジークが両手を軽く広げて大きさを示す。大体、大人の下腕くらいだろうか。そのくらいの大きさの杭が地面に刺してあるそうだ。
魔道具の一種であり、普段は稼働していないものの、有事の際に結界として機能するらしい。仕掛けが気になるところだが、ジークも詳しくは知らない様子。
「この先にそれが埋めてある場所がある。そこまでが調査範囲だな」
こうした魔道具は町の外に何カ所か設置されており、今回の調査ではそれぞれ冒険者たちが割り当てられている。
俺たちが向かうのは、ちょうど森淵猪を倒した場所、そこから少し奥に入ったあたりだ。思い返すに、『楽園の蛇』が探索していたという場所に近いのかも知れない。
そして肝心な内容だが、特別な装備なり準備がいるのかと構えていたものの、実際はそう難しいものではないらしい。
植生や野生動物、魔物の変化など、とにかく「これまでと違う」点を探れば良いそうだ。確かに、専門でもないただの冒険者に細かなことを求めるはずもない。
その報告を元に、更なる調査が必要だとギルドが判断した場合は、専門の調査員の派遣を王都に依頼するとのこと。
「俺らはちょっとした”変だな”ってとこを見つければいいってこと。まあ見つかんないのが一番なんだけどな」
「見たことない魔物とか動物とかいたら教えてね」
「一応ギルドから資料は借りてきました~この辺りに多い魔物と野生動物の一覧です~」
ほら、と見せられた本には、このあたりの動植物の名前と説明が書かれている。ご丁寧に簡単な挿絵つきだ。
「あ、これよく見るよ」
「長耳鼠ですね~このあたりを住処にしている野生動物です~よく市場でも売られていますね~」
ウサギのような挿絵のそれは、ウサギではなく鼠の一種で、最大で大型犬くらいにまで成長する。ペットではなく食肉用として市場で売られており、その大半は加工済みだ。
肉質は固めで微量の毒を含んでいるため、相応の加工をしなければ食用に適さないそう。ちなみに孤児院で稀に手に入る肉は大体この肉である。
「このへんの魔物だったら……雷兎が一番多いか?」
「雷兎は反対側のほうじゃない? 蛙とか鳥が多かった気がする」
「あー、そっか、毒持ちのやつだ」
この辺りに生息する生き物は、魔物も動物も毒を持つタイプが多いらしい。薬草も多いが毒草も多く、そうした植生が生態系に影響しているものと思われた。
なので、ちょっと変わった見た目の生き物が多い。おかしな形だったり、鮮やかすぎる色合いだったり。
薬草採取の時にみかけるので慣れてはいるが、それでもふいに鮮やかな色が視界に入ってくるとぎょっとする。
この辺りをあまり知らない冒険者なら、どれも「異変」と思ってしまいかねないおかしさではある。
「まあ……ソイツがここにいるのもおかしいんだけどな」
そいつ、とジークが顎で示したのは、ノアの足元で跳ねる黒い毛玉だ。
もふもふの毛の塊から、4つの短い足がちょこんと覗いている。跳ねるような足取りでノアの後を追いかけているのは、すこしだけフォルムが犬っぽい何かに近づいたメランである。
生命維持のために俺が魔力を分けていたのだが、気づいたらちょっと成長していた。成長には経口摂取――つまりは肉などの食事が必要だと聞いていたのだけれど、どうやら魔力のみでも成長はできるらしい。魔力を与えすぎた可能性がちらりと脳裏をよぎったが、まあそれで何か問題があるわけでもなし、と気づかなかったことにした。毛玉よりは子犬っぽい姿のほうが可愛いし。周りに何か言われたらその時に考えることにしよう。
メランを連れてきたのには理由がある。
森淵猪が確認されたことで調査を決定したギルドだが、その実「何かが見つかる」とはほぼ思っていない様子だった。むしろ「何もない」ことを確認するための調査だと思われる。
形式的な調査なので、安全性も高いし、何かがあるのは万分の一の確率。
ただ、その僅かな確率が当たった場合を想定して、白氷狼の子であるメランを連れ出すようにと言われたのだ。
もしここに何か――この場合はCランク程度の魔物――がうろついていたとして、白氷狼の子どもを感知すればどうするか。
白氷狼は群れで行動する魔物であり、その幼体がいるとなれば近くに親がいると想定するのは人も魔物も同じだ。多くは、遭遇を避けるために移動するだろう。ここが住処でなく、こだわりがなければなおのこと。
要は万一のための威嚇要員、ついでに散歩させればいいのでは、という理由でメランの参加が決まった。
散歩に際し、メランの足にも従魔証がついている。メランはノアの従魔ではないが懐いてはいるし、何より縛りもなく魔物を野放しにするわけにもいかない、ということらしい。
まあ実態としては縛りはないのだが。俺の首にあるそれと同様、これといった効果のないただの飾りである。
「そういやお前、森淵猪倒したんだって? どうやったんだ?」
森淵猪を埋めたあたりまで進んだところで、ジークが聞いてきた。
「普通に殴ったよ」
「普通は殴らねぇんだよなあ……いやまあ、お前なら殴って倒せるんだろうけど……そうじゃなくて。他にも人がいたんだろ」
ジークの言わんとすることを察して、ああと頷いた。
「人はいたけど……つい殴っちゃったかな」
「つい、かぁ……」
ジークが遠い目をする。俺自身、やらかした自覚はあるので、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。
俺にもう少し余裕があれば、剣でそれっぽく誤魔化せたかもしれないが、後の祭りである。
「それ、大丈夫だったの?」
「たぶん? 怪しまれてはいないと思う」
心配そうな顔のアリシアに、楽観的な言葉を返しておく。
やらかしてしまったのは確かなので、懸念点を挙げればきりがない。まあギルドマスターも大丈夫だろうと言っていたし、今のところこれといった変化はないので問題なかったということにしている。
「普段は剣を使ってらっしゃるんですよね~?」
エレンの問いに、彼らの前ではあまり剣を使わなかったことに気付いた。
彼らと一緒に行動するときは大抵ダンジョンで、こうやって野外の依頼で一緒になったことはなかった。外ならば誰に見られるとも知れないので誤魔化す必要があるのだが、ダンジョン内となるとそこまで気を遣う必要はない。何しろ、ダンジョン内はカンテラ必須の暗さなのだから。
多少「らしくない」ことをしてもバレないだろうという判断である。
あとは、狭い空間で剣を振り回すのは色々怖かったというのもある。ジークほど剣の扱いに慣れていない俺では、同士討ちの危険性があった。まだ木の根のほうが微調整が効くので。
「ほんとに使えるのか? 教えて貰ったとか言ってたけど」
「ローレンはちゃんと教えてくれたよ。ただ……俺があんまり向いてない? みたいで」
向いてないというなら生前からなのだけれど。剣も弓も斧も一通り囓ったが、父は曖昧に笑うだけだった。兄からは「剣は振り上げてまっすぐ下ろせ。それだけでいい」と言われた。才能らしきものはないようだ。
「向いてたら逆に怖ぇって。誤魔化せるくらいなら十分だろ」
確かにその通りである。そういう意味では、人間にできない動きはしていないし及第点ではなかろうか。




