第60章
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冬の初めにしては。
「今年も、あったかいね。」
「そうですね。」
いつものように、車椅子を押して、屋上を、歩いて行く。
傍らにいつもの。黄色の点滴のパックを下げて。
中身はレボフロキサシン、感染症予防。もし今度万が一肺炎でも起こしてしまったら、今度こそ即命取りになってしまう。
それでも、・・・毎日の、朝の散歩は欠かさない。
ここでは何より、自分のしたい事やりたい事が、最優先される場所だから。
あらゆる苦痛から解放され、自由の望むように、残りの日々を心穏やかに、過ごす事が目的の場所だから・・・
「でも、今年の冬は寒いらしいよ。」
「あら、そうなの?」
他愛ない、会話が続く。
からからと、車を押す音がする。
「本当に、あったかいね。」
「ねぇ、そうですね。お天道さまのおかげね。」
秋とも冬とも言えない時期、その陽気は。
その季節にはそぐわない、あたたかな。春の陽の光のような、穏やかな空気に包まれていた。
「ねぇ、最近。あの子見ないね。」
「・・・。」
オタケさんは、感が鋭い。時々。どきりとするような事を言う。どうして。今日に限って・・・
「そうね。」その事を、何度も聞かれては困ると思い。
さらっと、受け流すように答えた。
「きのう、亡くなったみたい。」
「・・・・。あら、」
「・・・・。」
「そう。」
「そぅなのよ。」
「元気そうだったのにねぇ。」
「ね。」
「若いのにねぇ、気の毒に。」
「そうですね、いつも。ひとりでね。可哀想だったわよね。」
「え?ひとりじゃないじゃない。誰かと。しゃべってたよ、」
「・・・え?」
「なにか、楽しそうに、おしゃべりしてた。」
「・・・・。」
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「ねぇ、幸田さん。亡くなったよね。」
ナースステーションに入るなり、声を掛けた。
「今朝、もう。引き取られて行ったわよ。」同僚が、忙しそうにカルテを記入、しながら。
「青森の方みたい。」
「・・・そうよね・・・・」いつからだったか、屋上に、姿を見なくなったのは。
「強い、痛みがずっとあって。」同僚が言う。
「・・・。」
「緩和ケア。上手くいって、最後はずっと昏睡してたけど。」
「小竹のおばあちゃんが言うの。屋上で、誰かとずっと、話してたよねって。」
「えぇ?」
「小竹さんちょっと、霊感みたいなの、あるもんね。」別の。同僚が言う。
「そう。・・・・・」
確かに、そういう事は、ここでは良くある。
見えたり、感じたり。・・・まれに、話をしたり・・・する人もいたりする。
「でも、ねぇ、それにしても、私は誰かと話してるようには見えなかったんだけど・・・」
屋上の喫煙所で、一人で煙草は良く・・・・吸っていたけど・・・・
ベンチに座って、上を向いて。・・・・
「じゃぁ幻覚じゃないの。」
「・・・えぇ?」
「小竹さん幻視が始まっちゃったかな?一度検査してもらった方がいいかも。」
・・・・。
小竹さんは身体こそだいぶ弱ってはいるものの、意識の方はハッキリしていると、思っていた。ただ・・・
・・・ほらお迎えが来てるよ、今日は2人死ぬね・・・なんて。
たまに言う事も・・・あって・・・・・
そして偶然その日、2人亡くなったりした事も、あって・・・・
ただ、感が強いせいだと、
思い込んでしまっていたのを、少しだけ後悔した。
「・・・そう、ね・・・でも、そうよね。前にもそう言う事あったし・・・一度念のため診てもらった方がいいかも。」
「うん。」
「だって可哀想に。あの子・・・ずっと、一人だったわよね。」
誰も、見舞ってくれる人もいなくて・・・・
「寂しそうに、ずっとひとりぼっちだったわよね。」
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