12.生徒会長と総一郎のフラグ?
途中で視点が変わります。
生徒会長室には、質問をする生徒会長花京院の声と、黒瀬川がペンを滑らせる音、返答をする総一郎の声だけが聞こえる、静かな空間なのに、ピリピリと肌を刺激する緊張感があった。
一目見ただけで、黒瀬川には佐藤総一郎と花京院凪沙の相性は良くない、性格が合わない事は分かった。
“合わない”と自分でも分かっただろう花京院が、面白がって面倒な事言い出すのではないかと、質問が進むにつれて黒瀬川の胃も痛み出す。
花京院の質問は、あらかじめ生徒会メンバーで決めた当たり障りの無い質問内容で、総一郎も模範的な当たり障りの無い返答をしていた。
「じゃあ、最後に写真を撮らせてもらうよ」
「写真まで撮るのか」
うんざりとする総一郎へ、花京院は苦笑いして服装を正すよう指示する。
ソファーへ座る総一郎の写真を撮り、黒瀬川はやっと終わったと、心の中で安堵の息を吐く。
「これで終わりか?」
総一郎が立ち上がり、花京院は「いや?」と呟き口角を上げた。
「最後に一つだけ、教えて欲しい。佐藤総一郎君は、鈴木陽奈子さんと恋人関係なのかい?」
あえて地雷を踏みに行った花京院は愉しそうに笑う。
黒瀬川は、本格的に痛みだした胃の痛みで「うっ」と呻いてしまった。
目を見開いた総一郎は、射殺さんばかりに花京院を睨む。
「俺と陽奈子は、恋人ではない。それはインタビューと関係があるのか?」
「確認だよ。僕は鈴木陽奈子さんに興味があるんだ」
殺気すら感じさせていた総一郎の顔から、瞬時に感情が消え失せた。
花京院は声を上げて笑いそうになるのを堪える。
普段はポーカーフェイスで、幼馴染みの前以外はあまり感情を出さない、と聞いていた総一郎が見せた動揺する姿は、滑稽で愉快だった。
更に意地悪を言って、攻め立ててやりたくなるくらい。
「彼女、気の強そうな見た目と違って可愛いよね。苛めて、泣かせたくなる」
ギリッと奥歯を噛み締めた総一郎は、殺気混じりの鋭い視線を花京院へ向けた。竹刀が手元に有れば、飛び掛かって行ったかもしれない。
「へぇ、手を出したら殺す、とでも言いたげだな」
ぎしり、花京院はソファーから立ち上がる。
「佐藤総一郎君、実に残念だ。君の性別が女だったら、色々追い詰めて楽しめたのに。俺は、残念ながら男には興味は無いからね」
頭の先から足まで総一郎を眺め、花京院は首を横に振った。
顔立ちは綺麗だが華奢な体型なら兎も角、自分と変わらない体型の男は、触り心地は悪そうだし、性的対象には見る事は出来ない。
鈴木陽奈子は苛めて泣かせたいと思ったが、佐藤総一郎は怒り狂わせた後、敵わないと屈服させ綺麗な顔を屈辱に歪ませたら、堪らなく愉しいじゃないか。
「陽奈子に近付くな」
怒りの感情を抑え込み、努めて冷静になろうとしている総一郎から、静かな研ぎ澄まされた殺気が放たれ、室内の温度が下がっていく。
「彼女が俺に惚れたら、君はどうする? 悔しがって地団駄を踏むか?」
明らかに面白がり挑発する花京院の肩を、見かねた黒瀬川が掴んだ。
「よせっ! 凪沙っやりすぎだ!」
「ふふっ、分かってるよ。佐藤総一郎君、君の反応が面白くて冗談を言ってしまった。広報紙が出来たら届けさせる。ご協力、ありがとう」
顔色が悪い黒瀬川とは対照的に、余裕の笑みを崩さないまま花京院は片手を上げた。
扉が閉まるのと同時に、黒瀬川は目を三角にして花京院を睨み付けた。
「凪沙、挑発するなと約束したはずだよな」
元々、低音の声が地を這うように低くなっている時は、黒瀬川が本気で怒っている時だと幼馴染みの花京院は分かっていた。
「ごめん、ごめん。つい、佐藤総一郎の仮面を剥いでやりたくなってさ。やり過ぎた」
本気で怒った黒瀬川の説教は長い。長時間の説教は面倒だと、花京院は素直に謝った。
「剣道やってるからか、圧迫感は一般生徒とは一味違うね。殺気ってやつ? あの顔は、なかなかそそられた」
クツクツ笑う花京院を見て、目を三角にしていた黒瀬川はギョッと目を見開いた。
「お前は......男もイケるのか?」
「いいや? 抱きたいのは今のところ女だけ」
今のところ、の部分が気になってしまい黒瀬川の胃の痛みが強くなる。基本的に、外見が許容範囲ならば来るもの拒まずという、節操なしの幼馴染みは男もイケるのかもしれない。
「鈴木陽奈子を落としたら、佐藤総一郎はどんな顔をするんだろうな」
そういえば、佐藤総一郎は綺麗な顔をしていた。あり得るかもしれない、と黒瀬川は痛む胸を押さえる。
「俺の胃に穴が開いたら、お前のせいだぞ」
「それは大変だ。明日、胃薬を持ってくるよ」
ケラケラ笑う花京院と話をする気は失せ、黒瀬川はインタビューの返答を書き取った紙持って部屋を出て行った。
***
生徒会長室の扉が開き、私は西園寺さんとの話を中断して立ち上がった。
「総ちゃん」
部屋から出てきた総一郎は、酷く疲れた表情で顔色も若干悪い。
「疲れたの?」
生徒会長室は、音楽スタジオ並の防音仕様のため中の様子は全く分からなかったが、やはり生徒会長恋愛イベント的な何かがあったのか。黒瀬川が一緒に居ても大丈夫では無かったのだろうか。
「西園寺さんありがとう」
心と体へのセクハラを受けたのかと、心配になり私は部活へ向かうであろう総一郎と一緒に昇降口へ行くことにした。
生徒会室を出て直ぐに、心配で掴んだ手を総一郎は握り返してはくれた。でも、総一郎の視線は私を見ずに、窓から射し込む夕陽で橙色に染まる廊下の先。彼はずっと黙ったままでいた。
「総ちゃん」
繋いだ手は何時もよりも冷たくて、強張っているような気がして心配になる。
「嫌なことを聞かれたの?」
「陽奈子......」
真正面へ向けていた顔を動かして私を見た総一郎は、迷子になった子どもみたいに不安そうに眉を下げて、今にも泣き出しそうに見えた。
幼い頃、一人で留守番をして泣いていた総一郎の泣きべそ顔と重なる。
「総ちゃん、」
「大丈夫?」と続けようとした私の視界が暗くなる。
「総ちゃん?」
背中へ総一郎の腕が回されて、ぎゅうっと抱き締められる。
微かに彼の体が震えている気がして、私は胸の奥が切なくなった。
「陽奈子、生徒会長には近付くな」
何時もみたいに、偉そうな命令口調じゃない。
「お願いだ」
耳元で囁かれたのは、懇願だった。
「うん、あんな恐い人には自分から近寄らないから、大丈夫」
ヘラリと笑って、私は総一郎の背中へ腕を回す。
(まさか、生徒会長に襲われかけたのかな? それとも放送禁止用語並の卑猥な言葉で攻められたとか?)
足取りはフラフラしていないから、お尻の純情は死守したけれど色んな場所を触られたのかもしれない。
こんなに弱りきって甘えて来るなんて、小学生の頃、風邪をひいて一人で寝ていた総一郎を看病した時以来だ。
(震えるくらい怖かったとは。男子からのセクハラは、何て言って慰めればいいんだろう)
腕を伸ばして総一郎の背中を撫でながら、私はどうしたものかと思案する。
生徒会長との邂逅が総一郎の心理を追い詰め、斜め上のフラグを立ててしまっていたとは、この時は全く気が付けなかった。
総一郎に変なフラグが立ちました。




