11.悪役令嬢は恋する普通の女子
夕陽が朱色に照らす廊下を、総一郎と西園寺さんと私の三人で歩く。
記憶の中にあるゲーム画面だったら、悪役令嬢と悪役女子が気に入らないヒロインを連行していく図になるのかと、私は複雑な気持ちで歩いていた。
「いくら苦手でも、インタビューにちゃんと答えてね」
「引き受けたからにはちゃんとやるよ。陽奈子が心配しなくても大丈夫」
心配になって念を押せば、総一郎は私の頭を軽くポンと叩く。
さすがに西園寺さんの前では、生徒会長のことをどう思っているのかとは訊けない。
このインタビューが総一郎と生徒会長をくっつけるフラグになったら......私の破滅フラグにならなければ恋愛関係に発展してもいい。
否、総一郎が生徒会長と恋人になるのはちょっと困る。ゲームの陽奈子は生徒会長が好みのタイプだったみたいだけど、私は俺様な性格で寄ってくる女子に手を出す節操無しは苦手なのだ。
前を歩く総一郎の手を掴みたい。でも、学校内では、西園寺が側にいるのに自分からは出来ない。
「総ちゃん頑張ってね」
生徒会室へ着いてから不安になって、つい総一郎じゃなく“総ちゃん”と、生徒会長室の扉へ向かう総一郎へ声をかける。
「夕飯はハンバーグな」
手を振って応える彼は何時もと変わらない総一郎で、私は安堵の息を吐いた。
「仲が良いのね」
背後からの声でどきりっ、心臓が跳ねた。
「幼馴染みだし家が隣だからですかね。総一郎のお父さんとお母さんの仕事が忙しいときは、一緒にご飯も食べているし兄妹みたいな関係?なんですよ」
動揺したのを隠すため、私はヘラリと笑って誤魔化す。
椅子に座った西園寺さんは、人差し指を口元へ当てて小首を傾げた。
「鈴木さんとは幼馴染みだからかしら?女子に素っ気ない佐藤君が、あんなにくだけて話すのは初めて見たわ」
学校で総一郎が女子と話している姿はあまり見たことが無いため、何とも答えられず私は相槌を打って西園寺さんの隣へ座る。
カチカチ、掛け時計の秒針音が響く中、沈黙に耐えられなくなった私は生徒会室を見渡す。
室内は西園寺はんと私の二人きり。気になっていた事を訊く絶好のチャンスじゃないか。
「あの、西園寺さんに聞きたいことがあったんです」
「何かしら?」
緊張を和らげるため、私は唾を飲み込んでから口を開いた。
「遠藤先生のどこがいいの?」
ガタンッ
問いかけた途端、西園寺さんは椅子からずり落ちかけて机に手を突いた。
「えっ、遠藤、先生のって、な、何故?」
分かりやすいくらい動揺する西園寺さんの顔は真っ赤に染まり、色素の薄い茶色の瞳は今にも泣き出しそうなくらい潤んでいた。
「西園寺さんは遠藤先生のことが好きなのかなって。違う?」
「あ、う」
泣きそうな表情でプルプル震える彼女は、何時もの自信に満ちた西園寺皐月とは正反対に見えて、小動物みたいで可愛い。
「別に好きになるのは悪いことじゃないと思うけど......答えにくいなら、ごめんなさい」
意外な反応は可愛いけれど、泣きべそになるくらい恥ずかしいと思っていることだったなら、申し訳無いことをした。
俯いた西園寺さんは真っ赤な顔を隠すように片手で覆う。
「何時から、気付いていたの?」
「この前、一緒に送ってもらった時かな」
一緒に車に乗るか問われ、嬉しそうに遠藤先生を見上げていた西園寺さんの姿は、悪役令嬢ではなく恋する乙女にしか見えなかった。
「あの時は、遠藤先生の車に鈴木さんが乗ると思ったら、我慢出来なくて......隠し通すつもりだったのに」
真っ赤に熟れた頬から手を外した西園寺さんは、私を上目遣いで見たあと視線を逸らす。
「遠藤先生は、私のヒーローなのよ。入学前からずっと憧れていたの」
「入学前から?」
「中学生の頃、星華女学院中等部に通っていた頃から遠藤先生に憧れていて......」
「えっ!?」
驚いた私が仰け反った勢いで、ガタッと椅子が音を立てた。
「星華女学院ってあの有名な御嬢様学校?」
星華女学院は、有名な御嬢様学校で学費学力共にハイクラスな中高一貫の学校で、庶民は学力が有ろうがとても入学出来ない学校なのだ。そんな学校に通っていたのに、何故、この進学先を変えたのか。
疑問が顔に出ていたのだろう、西園寺さんは苦笑いを浮かべた。
「中等部二年生の夏休みの夜、些細なことで母親と喧嘩して家を飛び出した私は勢いで繁華街へ行ったの。其処で酔っ払った男性に絡まれてしまって。怖くて助けを呼んでも周りの人は助けてくれなくて困っていたら、助けてくれたのが見回り中の遠藤先生で」
その時の事を思い出しているのか、西園寺さんはうっとりと微笑む。
「私を助けようとして酔った男性に殴られた遠藤先生は、鼻血を出しているのに「平気」って笑ってて本当に驚いたわ。名乗ってくれなかったけど、遠藤先生ったら名札を外し忘れていたのよ。背中に回った名札が見えて、高校の先生だと分かったから此処まで追いかけて来ちゃった」
ふふふっ、と西園寺さんは楽しそうに口元を押さえた。
「遠藤先生は入学してきた西園寺さんのこと、あの時の子だって気付いてくれた?」
「顔を合わせた時は凄い驚かれたわ。「秘密な」って言われて。先生にも立場があるから、卒業までは私も生徒の立場でいるけれど、卒業式の後に告白しようと思っているの。だからそれまでは秘密にしてね」
秘密と言いつつ、あまり話せない恋心を吐露するのは嬉しかったのだろう。はにかむ彼女は、意地悪な悪役令嬢ではなく同年代の恋する女の子。
好きな先生を追いかけるためとはいえ、進学する学校を変更して受験するくらいの激しい恋心が羨ましくなった。
「いいなぁ。私も恋したいな」
「え?」
ポツリと口から漏れた言葉に、西園寺さんは吃驚したように目を丸くして私を見た。
***
眉を八の字にして唇をぎゅっと結び、心配そうにしている陽奈子へ手を振って、総一郎は生徒会長室へ入った。
入室して直ぐに、執務机に肘を突いて座る花京院凪沙と目が合い、取り繕うとする前に眉を顰めてしまった。
「やぁ、よく来てくれたね。佐藤総一郎君」
密かに女子達から「王子スマイル」と言われている、総一郎からしたら胡散臭い笑みを浮かべ、生徒会長は椅子から立ち上がった。
「僕は生徒会長の花京院凪沙だ。よろしく」
「......よろしくお願いします」
無愛想に挨拶をする総一郎に対し気を悪くすることも無く、花京院は全く変わらないにこやかな笑みを向ける。
「こっちは副会長の黒瀬川だ」
執務机の横に立っていた黒瀬川は、頭を下げてからソファーへ座る。
「佐藤君も其処のソファーにかけてくれるかな」
頷いた総一郎が指示されたソファーへ座ってから、黒瀬川の隣へ花京院も腰を下ろした。
「では、始めようか」
バインダーに挟んだ質問用紙をペラリと捲り、花京院はニコリと笑った。




