5月の夢4
五月の空は淡いグレーのちょっぴり寂しい色だった。
昨夜、夢を見た。
よく覚えてないけれど長く楽しい夢だった。
花瓶のバラが疲れたように俯いている。
やっぱり自分には向いてない。
沙月なら花をきれいに長く保たせる方法を知っていただろう。
花はそのままに机に広げた原稿にとりかかる。
郁美は漫画家だ。
そこまでメジャーじゃないけど熱心なファンが少なからずいる。
郁美は高校卒業とともに夢を抱いて上京した。
彼女が上京すると知ったとき、幼馴染の沙月は反対した。
「もうおとなになるんだから漫画なんていい加減卒業しなよ」
ショックだった。
沙月は応援してくれると思っていたのに。
ふたりは喧嘩別れしたまま十年経った。
そして、訃報が届いたのは一年前の五月だった。
沙月が自分の漫画を読んでくれていたと知ったのはそのときだった。
沙月の位牌に手を合わせると彼女の夫はおずおずと段ボールを差し出した。
中には郁美がこれまでに出した本と関連グッズが入っていた。
一緒に入っていたノートには漫画の感想と考察が書かれていた。
カードゲームが題材の漫画ではルールまで事細かにまとめられていた。
挨拶もそこそこに家を出た。
歩きながら涙が止まらなかった。
沙月は短大卒業後、両親の勧めのままに結婚してよくある人生を歩んでいたようだ。
昔からレールから外れるのを嫌う子だった。
郁美はずっとそれをつまらない生き方だと思っていた。
日常の片隅にも物語はあるのだと気付かなかった。
東京の自宅に戻ると仕事部屋へ直行した。
出来上がっていた『虹の橋をこえて』の最新話を破棄して一から描き直した。
イザベラ、フラン、国王は死ぬ予定だったがやめよう。
パトリシアは殺人から愛の殉死に変更だ。
しかし、国王が死なないとなると王子が王になれない。
つまりアイリスが王妃になれない。
これはアイリスが王妃なるまでの物語なのに……。
いや、ある。
王子と結婚しなくても王妃になる方法はある――。
アイリスは沙月を王の居室へ案内した。
そして、王の傍らに座った。
王妃の席に。
アイリスの嘘。
それはダレンを愛していると言ったことだった。
彼女が本当に愛していたのは王だった。
しかし、ふたりは年が離れているし、出会ったばかりのころはまだ王の二番目の妻が健在だった。
愛する人のせめて家族になりたいと、息子である王子と結婚しようとしていたのだ。
そして、王もまたアイリスを憎からず思っていた。
息子が二度目の婚約破棄をすると聞いた王は病の床からV字回復し、アイリスに求婚した。
五月事件から二年目のことだった。
王は当初事件の犯人がアイリスではないかと疑っていたそうだ。
彼はパトリシアが自分を愛していると勘違いしていた。
さすがダレンの父である。
パトリシアの父親は王の勘違いを利用して娘の自殺を隠蔽しようとしていた。
アイリスと王は沙月に頭を下げた。
結局、事件の被害者は殺人の疑いをかけられ修道院送りにされたイザベラひとりだった。
沙月はテーブルの上に盛られたフルーツを摘まんだ。
五月だというのにブドウは甘い。
大雑把で大胆な郁美の性格を思い出す。
若干ストーリーに無理がある気もしないではない。
でも、結果的にみんな幸せにやってるのならいいではないか。
窓に嵌められたステンドグラスの鮮やかな七色の光が祝福のように室内に散っている。
それから三人はカードゲームをしながら近況などを話した。
その中で、最近、新大陸が発見されたらしいという話を王から聞いた沙月は早速シスターに知らせに行った。
ふたりは冒険に出るために船を買った。
世界は広がり続けている。
上京を反対したとき「私は死ぬまで描き続ける」と啖呵を切った郁美の言葉を思い出す。
いくちゃん、私はあなたの物語の中で生きているよ。




