5月の夢1
「すべては私の罪」
背を丸めて老王は言った。
沙月がそのフレーズを聞くのは何度目だっただろう。
と、言っても別に王が老呆けで同じ話を繰り返しているわけではない。
あの事件から早十年。
冤罪(未遂)の被害者であるイザベラこと沙月は事件の聞き取り調査をしていた。
きっかけは事件直後に仕事をやめて故郷へ帰っていたパトリシアの侍女に出会ったことだ。
訳あって年増のシスターとともに田舎を追われ、世界を旅して歩いていた沙月はある街で偶然彼女に出会った。
すっかり様変わりしていたイザベラを見て、侍女は涙ながらに告白した。
すべては私の罪です、と。
そして、沙月は五月事件の真相を知ることとなった。
結論から言うとあれは自殺だった。
ハンカチはパトリシアの私物。
小学生が消しゴムに好きな人の名前を書くようにパトリシアは想い人のイニシャルを自分のハンカチに入れた。
その証拠に『I』に寄り添うように忘れな草が刺繍されていた。
当時、若い娘たちの間では身の周りのものに自分のマークとして動植物を刺繍するのが流行っていた。
パトリシアは”忘れな草”を自分の花にしていた。
イザベラは”アイビー”で、アイリスはもちろん”アイリス”だった。
侍女はパトリシアがハンカチを頼まれものだと嘘をついたのも『I』が誰かも知っていた。
パトリシアが心を寄せていた『I』。
それはイザベラだ。
病弱なパトリシアは気の強いイザベラにこどものころから随分依存していた。
周囲からは強引なイザベラが、いかにも薄幸の美少女といった風情のパトリシアを引っ張りまわしているように見えたが。
フラン王子にもそう見えたようだ。
彼は物語のナイト気取りでパトリシアをイザベラから引き離した。
パトリシアにとっては迷惑な話だった。
しかし、パトリシアはフランと結婚した。
イザベラが彼と結婚したくないのを知っていたからだ。
パトリシアは自分が結婚することでイザベラの願いを叶えてあげた。
それなのにイザベラはパトリシアから離れていってしまった。
パトリシアは健気にも、結婚して立場が同じになればまた一緒に遊べるという侍女の言葉を信じて待った。
ところがある日、ダレンが婚約破棄するようだという話を夫から聞いてしまった。
一体いつになったらふたりの関係は元に戻るのだろう。
一体どうすればイザベラに自分の想いが伝わるのだろう――。
パトリシアが死を選んだのは自分の愛を示すためだった。
「お嬢様があんなことをしでかすとは……。私が気付いてさえいればこんなことにはなりませんでした。私はお嬢様のことなら何でも分かると驕っていたのです……」
迷路園の真ん中でふたりきりの茶会。
そこでひとりテーブルに伏して死んでいたパトリシア。
毒を飲んだらしい。
向かいの席に用意されたお茶は手付かずだった。
奥様が殺された! と他の使用人は屋敷に走って行ったが、パトリシアが握り締めていたハンカチを見て侍女はすぐに理解した。
侍女はそれをパトリシアの父親に話したが彼はそのことは他言無用と彼女にカネを握らせて暇を出した。
王子の妻が不貞の末に自殺では外聞が悪いと判断したのではないかと侍女は沙月に語った。
しかし、果たしてそうだろうか?
パトリシアの父から見ればイザベラは兄の子。
自殺と殺人。
いずれ身内の恥になるなら前者のほうがましだ。
これは他の関係者にも話を聞かねばなるまい。
沙月は国に戻り、事件を調査することにしたのだった。




