懐かしき思い出
もうすぐ、もうすぐだ。
もうすぐ約束した時が来る。
あの子はちゃんと覚えているだろうか?
長い年月を生きて来たが、これほど時の流れを遅く感じた事は無かった。
約束の日が近い事は、あの子から貰った小さな水晶玉が教えてくれる。
薄暗い闇の中で淡く光る水晶玉には、小さな砂時計が光を放っていた。
水晶に軽く触れると、砂時計が暗い洞窟の壁に大きく映し出される
砂時計の底に降り積もった光る砂山と、上の方に残っている僅かな砂粒を確認すると、水晶から目を離して、洞窟の外へ出た。
暗くなった空を見上げると、雲の切れ間からほんの一握りの星と少し欠けた月が顔を覗かせている。
「もうすぐだ。もうすぐ会いに行ける」
いますぐここから飛び出して会いに行きたいが、それでは約束を破ってしまう。
約束の時が近づくに連れて、この気持ちを抑えるのが難しくなってきた。
今では暇さえあれば水晶玉の砂時計を見に行ってしまい、夜もあまり寝ていない。
そんなことを考えていると、不意に水晶の隣に置いていた小さな袋が目に留まった。
それは水晶を持ち帰るためにと、あの子が水晶と一緒にくれた物だ。
「そうだ! 夜が明けたら何か探しに行こう。あの子が喜ぶ物が何処かにあるかもしれない」
ただ待つのではなく、出来る事があると思ったら、胸の中が温かくなり頭の中を渦巻いていた葛藤が消え去っていく。
誰かに贈り物をするのは初めてだが、あの子の笑顔を思い浮かべると不安よりも楽しさが勝っていく。
「何処から探しにっ、おっとっと」
何を贈るか考えながら洞窟の中をうろうろと歩いていると、今まで感じたことが無い程の眠気が押し寄せてきて。足がよろけてしまった。
細かい事は明日考えようと、ふらふらした足取りで寝床に戻って横になる。
再び水晶に軽く触れると、水晶の中にあった砂時計が消えて、耳に優しい静かな歌が洞窟に響き渡り、目を閉じて歌に耳をすませば、あの子と初めて会った日の事が鮮明に思い出されていく。
すると、眠れなかったのが嘘のように、深い夢の中へといざなわれていった。
【フロックス村 中央広場】
ここは村の中心にある広場で、小さな噴水を囲む様に民家や宿屋、飲食店などが並んでいる。その中で一番大きな建物が自警団の詰所。
詰所に滞在している自警団の仕事は、主に村の中を見回ったり、村人の相談や手伝いを請け負っている。
「ここが俺たちの仕事場だ。つっても、今はみんな出払ってるがな」
ヴァル兄の言う通り、自警団の詰所には誰1人いなくて、扉には見回り中の札が立て掛けてあった。
広場を見渡すと、あちこちで村人達が忙しなく荷物を何処かに運んだり、何かを組み立てたりしている。
「本来なら顔合わせや歓迎会をするんだが、今はみんな祭りの準備で忙しい。それに、お前たちの事は自警団に所属しているメンバーなら全員知ってるからな」
ヴァル兄の言う通り、私達は自警団への入団が決まる前から、訓練や仕事の手伝いで自警団だけでなく村に住んでいるほとんどの人と交流したことがある。
「だから、歓迎会は別の日にやろう。と言うわけで、お前たちには今日から早速働いてもらうぞ」
「「「「はい!」」」」
村の自警団は私達を含めても20人足らずで、家業と兼業で自警団に所属している人が大半だ。そのため、私達4人が自警団に入団する事は村人達からも歓迎されている。
ただ、私達はまだ子供だからと、心配した村人達から反対する声もあった。
だからこそ、私達が入団する条件として、ユウ兄とクロ兄がしっかりと私達の武器や防具を用意するまで、村の仕事を手伝いながら、自警団でしっかりと訓練を受けていたのだ。
「お前たちの初仕事は、村の周辺調査だ。狂暴化した魔物が村の周辺にいないか調べてもらう」
「もし発見したら俺たちにすぐに報告しろ、可能なら討伐もしてもらう予定だ。何も見つからなければ、周りに異変が無いか良く調べてから帰還する様に!」
「「「「了解しました!」」」」
入団前に自警団で訓練を受けていた時と同じように、私達は声を揃えて返事をする。
「それから、村を出る前に、村長の所に行って、お前らの格好を見せてやれ。挨拶をすませたら、出発しろよ」
ヴァル兄は口調を変えて、自警団の団長としてではなく、ユウ兄やクロ兄と話している時と同じ話し方で私達を送り出してくれた。
「「「「はい、行ってきます」」」」
私達は笑顔で返事をすると、村長の家がある村の畑へと向かった。
「さてと、俺は念のために待機しないといけないんだが、しばらくは広場の手伝いだな」
子供たちが立ち去ると、ヴァルトは詰所に近い場所から順番に、祭りの準備で人手の足らない仕事を手伝って回るのだった。
村長の家は、村の中心から少し離れた場所にあり、村長は家の近くにある畑で毎日色んな野菜を育てている。
「あっ、いた! ロックおじいちゃん!!」
「うん? おお、君たちか! どうしたんじゃ、まだおやつの時間どころか、お昼にもなっておらんぞ、それとも畑仕事を手伝いに来てくれたのか?」
私達が村長の家まで来ると、ちょうど家に一番近い畑の側で休憩用の椅子に座っている年老いた亀の獣人、ロック村長の姿が見えた。
村長の姿を確認すると、シュニが村長の名前を呼んで嬉しそうに駆け寄っていく。
「すみませんが、違います。今日は別の用事で来ました」
「そうなのか? まぁ、君たちが元気ならそれが一番じゃがのう」
「村長もお元気で何よりです」
獣人の寿命は種族によって異なるのだが、ロック村長の様な獣人は年齢による判別が難しい。
付き合いの長い村人でさえ、数十年前と見た目が変わらないと言っていた。
実際の年齢は軽く100歳は超えているらしいが、村長曰くまだまだ若いらしい。
物覚えも良く、だれに対しても真摯な態度で接してくれるので、、村人達からの評判も良く、私達のような子供にも優しい人だ。
「それでは、リリー達は何をする為に来たのかな?」
ロック村長の問いかけに、私達は顔を見合わせて、自分たちの姿がロック村長に良く見えるように一列に並ぶ。
「俺たち、今日から自警団になったんだ!」
「僕たち、これから村の外で見回りしてきます!」
「今日から初仕事なので、挨拶に来ました」
「よろしくお願いします」
のんびり寛いでいた村長だったが、私達の話を聞いて目を見開いており、驚いた顔をして椅子から立ち上がると、置いてあった杖を手に取り、立派な装備品を身に纏った私達4人の姿をじっくりと眺めている。
「ほぉ、もうそんな年になったのか、時が経つのは早いのう」
ロック村長は嬉しそうに笑っていたが、私はロック村長が一瞬だけ寂しそうな眼をしている気がした。
「怪我はしないようにな、無理は禁物じゃぞ! 分かっておるなら、行ってよし!」
「あ、ありがとうございます」
「「「ありがとうございます!」」」
私が慌てて丁寧にお辞儀をすると、テオ達も緒に頭を下げた。
「そうじゃ! せっかくじゃから写真でも撮るか」
「でも、私達はこれから仕事が——」
ロック村長はそう言うと、私が断るよりも早く家に戻り、古くて立派な撮影用の魔法道具を手に持ってきた。
「いいじゃん、リリー姉。初仕事なんだからさ」
「そうだよ。せっかくだし、皆で撮って貰おうよ」
テオとフェイは乗り気なようで、私も断るのは失礼な気がしてきた。
「うん、そうだね。お願いしますロック村長」
「お願いします!」
「よしよし、そこに並びなさい」
ロック村長は魔法道具を乗せる専用の題を組み立てて、私達は村長の家を背景に横一列に並んだ。
「撮るぞ~、3,2,1」
パシャッ!
魔法道具から光が放たれると、続けて音が鳴った。
「よし、これで大丈夫じゃ! 写真が出来上がったら持って行くからのう」
古い魔法道具だからか、写真が出来るまで少し時間が掛かるらしい。
「ありがとう、村長!」
「楽しみだね」
「ちゃんと笑えてたかな? 変じゃなかったよね?」
「リリーお姉ちゃんなら大丈夫だよ」
「祭りの時には店を出すから、皆で来るんじゃぞ~」
「はい! 宿舎のみんなにも伝えておきます」
子供たちを見送ったロック村長は椅子に座り、魔法道具の撮影機と一緒に持ってきた小さな紙束の中から1枚取り出し、額に当てて髪に魔力を流し込む。
ロック村長が額から髪を離すと、博士だった髪には、先ほど撮影したリリー達の写真が綺麗に映し出されていた。
「あの子たちが自警団になるとはのう。昔なら絶対に反対したじゃろうが……それだけ世の中が平和になって来たという事かのう」
ロック村長は机の上に置かれた古くて分厚い本を手に取り、ページを開く。
そこには様々な写真が飾られており、空白のあるページを開くと、今しがた現像したリリー達の写真をそのスペースに加えた。
村長は椅子に座ったまま、最初からページを捲り懐かしい写真を眺めていたが、あるページで手を止めた。
「お前たちが守った子供たちは、ちゃんと元気に育っておるぞ」
村長は目を細めて微笑み、そのページに飾られた写真を愛おしそうに撫でる。
そのページには、20年以上前の写真が飾られており、当時は戦争と厄災がた手続きに起きていた頃で、その写真に写っている人たちの殆どは、既に亡くなっている。
今でこそ、この世界は様々な種族が友好的な関係を築いて協力しているが、文化や環境の違いから諍いが起きる事は珍しくない。
ほんの30年前までは、小さな諍いから大きな戦争まで、異なる種族あるいは同族どうしで争いが起きている世の中だった。
その最悪とも言える環境を変えたのが、厄災と呼ばれる世界中を巻き込んだ大災害である。
それは、ちょうど人間が国を治める南の王国と北の帝国が、領土を取り合う大きな戦争をしていた時だ。
すでに各地で長く続いていた戦争の影響で、人の手が入った自然は汚染され、野生の生物達にも悪影響を与えていた。
その結果、大規模で行われた国同士の戦争中に、見たことのない魔物たちが暴れ出したのだ。
突如現れたその魔物たちは体中を黒い結晶に覆われており、苦しそうに悲鳴を上げながらその魔物たちは禍々しい瘴気を体から噴き出していた。
その瘴気は、強力な武器や防具すらも破壊し、あらゆる生気を奪い取る。
黒い結晶に覆われて狂暴化した魔物たちは、【厄災の獣】と呼ばれるようになり、人々はその脅威に恐れ戦いていた。
世界を脅かしたその大災害を鎮めたのが、今のフェイリア共和国を作った伝説の自警団である。
小さな村や集落が集って生まれた自警団は、世界各地で勇士を集めながら【厄災の獣】に立ち向かい。ついには【厄災の獣】を救う方法を見つけ出したのだ。
自警団が厄災を鎮めて、フィリア共和国を作ったのが約20年前。
ロック村長は昔を思い出しながら写真のページを捲っていくと、栞が挟まっていたページで手を止める。
それは、戦争と厄災が終結した頃の写真で、皆で平和な国を作ろうと頑張っていた時の物だ。
ロック村長は1人1人の顔をじっくり眺めていたが、休憩用にお茶を入れていた事を思い出し、本を開いたまま自分の家へ入っていく。
最後に開いていたページには、まだ幼いユーラスと、当時の自警団に所属していた若者たちが仲良く笑っている写真が飾られていた。




