第4話
『へぇ〜! これが学校というのですね!』
校門をくぐった瞬間、ヒスイの歓喜の声が響く。 ...俺の耳に。
「中間試験や期末試験を知っているのに、学校を知らないのか?」
『私は、データ。情報だけを与えられています。ですから、実際に学校に行ったり、試験を受けたりしたことはありません』
「そうなのか...」
『...まあ、私が病気で外に出ることができないだけですけどね』
「病気..?」
聞かれたらまずかったのか、それとも聞こえていると思わなかったのか、あたふたした様子で、
『あ、あれです! ほら、あの。...厨二病っていう病気です!』
厨二病...
画面の中で1人誰かと話すそぶりを見せて、
『これは機関のエージェントの罠なのか...っ! 今すぐ...』
見ているこっちが恥ずかしい痛々しい有様だった。
「ヒスイ...」
『わかってますっ! 恥ずかしいですっ!』
本人も重々承知しているようだ。
『...付近にプレイヤーがいますね。たぶん、イザナミです』
最初に顔合わせするのが、いきなり日本神話の女神かよ...
「あの、すみません」
風紀委員のやつらかと思い、敵意をむき出しにしながら振り向いた。が、俺の背後には、腕に風紀委員の腕章をつけていない、ごく普通の女子生徒だった。
「ひっ...!?」
「あ、ごめん。風紀委員かと思った」
俺の表情は想像以上に怖かったのか、彼女の目尻に薄く光るものがある。
「ぷ、プレイヤーの方ですよね?」
「...お前も?」
「はい、僕の名前は森山美郷といいます」
そういって差し出される細い手。
「俺は長峰夏希。よろしくな」
森山の手は小さく、握ると壊れてしまいそうだった。俺の手が特別大きいわけではないが、やはり女の子なんだなと思う。
「長峰、くん? ここでは話がしにくいから、場所を変えよう」
確かに。校門近くで突っ立っていたら、そりゃあ風紀委員の視線がこちらに移るよな。...現に睨まれてるしな。
「そうだな。...あと、長峰君じゃなくて、夏希でいいぞ。くんとか、さんとか、むず痒いだけだからな」
「そ、そう? じゃあ、夏希くんで」
「結局、くんつけるのか...」
「初対面の人を呼び捨てになんてできないよ」
「...まあ、仕方ないか」
ということで、場所を変えることにした。
場所を変えて、ゆっくり話したかったのだが、SHRまで時間がなく、昼休みに話すことになった。
「なあ、夏希。お前、朝から可愛い女の子と歩いてなかったか?」
SHRが終わり、1時限目が始まるまでの休み時間。はたして、悪友なのか親友なのかよくわからない、中学の頃からつるんでいた東雲智紀が話かけてきた。
「森山のことか? ...風紀委員の野郎から守ってもらったんだ」
「森山? 風紀委員? お前、なんかしたのか?」
「知らねえ。...もしかして、可愛い女の子って夏奈のことじゃないだろうな?」
「夏奈ちゃんじゃねえよ。俺は学校中のどんな女の子でも把握してるからな。常夏コンビを間違えるはずがない」
「そうだったな」
こいつの趣味は、情報収集(主に美少女)。とりあえず、学校中の女の子の名前を全員覚えている。
あと、俺と夏奈のことを常夏コンビと呼ぶ。理由は、夏が2人とも名前にあるから、らしい。
まあ、そう呼ぶやつは少なくないんだが。
「あんな女の子いたかねぇ...」
智紀は1人つぶやき、1時限目が始まる。
昼休みまでの3~4時間。GMが起こす、殺人イベントと森山のことを考えていたら、授業の内容など全然頭に入ってこなかった。
気を取り直して板書しようとしても、授業の終わる頃に我に返ると、ノートは真っ白のままだった。
そして、昼休み。教科書、ノート、筆記具を片付けて、森山を探しにいこうと席を立ったときだった。
「夏希くん!」
教室の入口近くを見ると、俺の名前を呼び、大きくてを振る森山の姿があった。
「あんな可愛い娘いたっけなぁ...」
横で感慨にふける智紀を放置し、森山のところへ駆け寄る。
「呼び捨ては恥ずかしいとか言っておきながら、教室で大声で俺を呼ぶのは恥ずかしくないんだな」
「こ、これでも、頑張って夏希くんの名前を呼んだんだよ?」
「どうだかな。...食堂でいいか?」
「え、あ、うん。プレイヤーについてでしょ?」
「そう、ついでに昼飯も食うけど、どうする」
「僕も一緒に食べるよ」
「じゃあ、決まりだな」
俺たち2人は、食堂へと向かった。
まだ昼休みになったばかりなのに、食堂には人が少ない。それも食券を買うのではなく、自販機のところに少し人がいるぐらいで、食堂で飯を食ってる生徒は本当に少ない。
「よかった。ゆっくり話せそうだね」
「いつものことだろ? ...うわあ、久しぶりに食券なんて買うぞ」
「はは、みんな購パンだもんね。確かに安いし、ボリュームもあるけど...」
「すまん、俺も購パン派なんだ」
「いやいや! 別に否定しているわけじゃないから!」
「そうか? ...森山はどうするんだ?」
「僕は、食券はいらないよ」
自慢げに胸を張る森山。お世辞にも胸を張った割には凹凸が少ない。
「おばちゃーん! いつものやつ作ってー!」
「美郷ちゃんかい? いつものってことは特大カツカレーだね」
「うん、よろしくね!」
今のやりとり約3秒。まるで食堂の常連の中の常連のように「いつもの」だけで森山は、注文していた。
「森山、よくここで食べるのか?」
「よくってもんじゃないよ、美郷ちゃんは時間があれば、私たちと話し相手になってくれるんだからね」
食堂のおばちゃんは、俺の買った食券を見て、厨房の奥に何かしら叫んでいる。
「できたら呼ぶから、席で待ってなさい」
「はーい」
食堂はガラ空きのため、ゆっくり話せるように、少し距離をとって座るようにしようと思ったのだが、
「ちょっとあんた、待ちなさい」
「?」
急に呼び止められたため、森山も不思議そうにおばちゃんを見つめている。
「...森山、先に場所をとって待っていてくれるか?」
「わかった」
素直に返事を返し、窓際の席の方へ歩いていく。
「で、おばちゃんはどうした」
「あんた、名前は?」
いきなりなんだ...?
「...長峰夏希。学年は2年」
「美郷ちゃんと同級生ね」
「...それが?」
おばちゃんは、しかめていた顔を怪しい笑顔に変えた。
「美郷ちゃんを大事にしなよ? あの娘、そこらの女子とは、比べ物にならないほどいい娘だからね、手放すのは惜しいってものさ」
「...いや、なんの話ですか?」
「美郷ちゃんは、自分から話しかけるタイプじゃないからね。特に男子は。話しかけられたことに誇りを持ちな」
「はい...?」
「はい? ってあんたら付き合っているんじゃないのかい?」
「付き合って? 俺が森山と? 俺が森山に惚れられる理由もないし、惚れる理由もない。ただ、」
森山は、ゲームの中で同じプレイヤーとして、情報が欲しいがために話しかけたのだろう。俺だってそうだ。別に色恋沙汰になりたいわけじゃない。
『あ、選択肢なので気をつけてください』
無線イヤホンから、ヒスイの声が聞こえる。
選択肢。教えてもらうのはありがたいが、この選択肢がこの先にどのような変化をもたらすのかわからない。そもそも何を選択肢する?
「...一緒に飯を食うぐらいの仲だ」
おばちゃんは、面白くなさそうに会話を続ける。
「そうかい、でも美郷ちゃんのことは大切にするんだよ?」
「...わかった」
『あー、夏奈さんルートに美郷さんルートですかー、どれだけ主人公補正かかってるんですか...』
「ゲーム進行はお前の仕事だろ」
『そうですけどー』
ぶー、と口を尖らせて、可愛いらしく頬を膨らませている。
『(このゲームの趣旨が、ご主人は理解できているのでしょうか...)』
※購パン(購買パン)




