その20.右手
魔力回復に三日かかった朔也に、光樹の厳しい顔が真っ先に飛び込む。
ぼんやりとした寝起き頭に、少々怒り気味の光樹の説教が待っていた。
「本当にやり過ぎなんだって。毎回こんなんじゃ、先が思いやられるよ。朔也は疲れて寝てるだけだから良いかもだけど、僕達の身にもなってくれる?魔物は襲って来るし、食料の調達だって大変なんだからね!」
キャンキャンと子犬の様に喚く光樹に、朔也は大きな欠伸をしながら我関せずといった態度である。
それがまた光樹の怒りを駆り立てた。
「聞いてるの?もうっ、朔也は魔力使用禁止!分かった!?」
怒りに紅潮している光樹から、ゆっくりとティムに視線を移す。
ティムの方は全く光樹の話を聞いてはおらず、それよりも五月蝿いと言わんばかりに丸まって寝ていた。
しかしながら朔也自身、少しは反省していた。攻撃を魔力に頼り、戦闘後は光樹に頼っている。
「…分かった。」
一人で生きている頃には、決してあってはならない事だった。
朔也の視線は右手にある。右手がほぼ魔法発動を受け持ち、利き手の左手は剣を持つ。
「よし、じゃあ約束!」
朔也が見ていた右手首に布を巻き付けた光樹は、いつもの笑顔に戻ってニッコリと笑った。
その布を見る事で約束を思い出す様に。
「…こんな事をしなくても…。」
腑に落ちないが、この場を治めるには受け入れるのが最適だ。
「ふん、仕方ない。…で、これから何処に行くつもりなんだ。」
元より、光樹の思惑での砂漠越えだったのである。現時点ではまだ立ち寄ったオアシス。
「言ったじゃないか。僕の種族の生き残りを、この向こうの山で見かけたって聞いたんだよ。」
光樹の目的は種族の復興だ。
方法はともかく、己以外の同族を捜したい。
「あ、そうだっけ。まぁ、それなら早く行こうぜ。どっか行っちまうぞ。あ…腹減った。」
立ち上がって皆を促すが、自分の空腹に気付いた。
「朔也ぁ!」
再び怒りをあらわにする光樹である。
「なぁー、まだ怒ってんの?」
朔也は果実を口に加えながら、足早に歩く光樹の背中に話し掛けた。
三人はフードを被り、再び砂漠を行く。
目指すはギルミルの山だ。
「怒ってないよ、僕は。」
笑顔のポーカーフェースで返す光樹だが、いつもとは少し違う感じを受ける。
「ほら、怒ってんじゃん。謝っただろ?」
二人の仲が険悪な雰囲気になった時、少し前方の砂がざわついた。
「サク、何かいる。」
ティムが服の裾を引っ張り、注意を促す。
朔也が振り向くと同時に、目の前の砂地が大きく窪んだ。
「光樹っ!」
咄嗟に朔也は目の前の背中に手を伸ばす。
足場が急に消えた事で宙に舞う光樹の腕を掴んだものの、体格の違いにそのまま大地に叩き付けられた。
「ぐっ!」
その倒れた先の大地も、広がる窪みに飲み込まれていく。
「朔也っ、僕を放して!このままじゃ、朔也も落ちちゃう!」
仰向けのままで滑る斜面の砂地に横たわっている光樹には成す術もなく、だた朔也も犠牲になる事だけは避けたい一心だった。
「うっせーっ、お前を見捨てられっかよ!つまんねぇ事言ってる暇があったら、踏ん張れっ。」
不安定な砂地を両脚で踏み締め、ティムと二人掛かりで精一杯引き上げる。
「…ありがとう朔也、ティム。」
ようやく引き上げられた光樹は、息を切らしながら助けてくれた礼を告げた。
「まだ終わってねーよ。あいつが邪魔で通れない。」
朔也は窪みの中心に身を潜ましている魔物を顎で指し印す。
「うん、この場合は僕の方が有利だね。」
ぱちんこを構え、窪みの中心に石の弾を打ち込んだ。
だが砂の奥に隠れている為、決定的に攻撃にない。
「ちっ…、砂の中から出さないと駄目だな。頼むぜ、光樹。」
剣を鞘から抜き、窪みの中心に向かって飛び込んだ。
「ちょっ、朔也っ?」
叫んでも既に朔也は落ちていっている。
とにかくぱちんこを構え、現れるかもしれない場所に的を絞った。
朔也は剣を大地に向け、僅かに見え隠れする魔物に突き立てる。
「出て来いよ!」
刺さった剣にしがみついたままの朔也ごと、砂の中から巨大なチューブ状の魔物ベモールが現れた。
伸び縮みする黄色い身体で、口と思われる場所には無数の牙が見える。
「光樹ーっ!」
朔也の声で反射的に麻痺玉を放つ光樹。
ベモールの口の中に麻痺玉が命中し、すぐに効果が現れた。暫く垂直になって痙攣した後そのまま倒れる。
「ぅわっ!」
剣にしがみついたままの朔也は、その状態で共に倒れていった。
「サクっ!」
危機一髪、ベモールの下敷きになる寸前にティムに助けられる。
半魔物のティムは、四ツ脚走行をする事で瞬間的な速度を極限まであげる事が出来た。
「ありがとう、ティム。」
口にくわえられて救出された朔也だが、柔らかくティムの頭を撫でる。
「えへっ。」
嬉しそうに目を細めるティム。
だがベモールはまだ完全停止していないのだ。麻痺してはいるものの、いつ動き出すか分からない。
「少し放れていな。俺はあれを捌いてくる。」
再び立ち上がった朔也は、ベモールの頭頂部付近に刺さっている自分の剣を見据えた。
そして倒れていてもまだ大きい魔物の身体に飛び付き、剣に向かって駆け登っていく。
朔也の手が剣に届いた瞬間、ベモールが麻痺から回復してゆっくり起き上がった。
「くっ!」
何とか片手でしがみつきながらも、魔物の動きを利用してよじ登る。
剣を両手で持ち、両脚に力を込めた。
朔也は一瞬右手首に視線を移したが、すぐに剣に集中する。
「終わりだっ!」
そしてその堅めの弾力ある身体を一直線に切り裂いた。
体重をかけ、落下する様に走る剣と朔也。
ベモールの地鳴りの様な叫び声の後、裂けた切れ目から内容物が降り注ぐ。
「うっひゃーっ!」
今度は朔也が叫んだ。
さすがにグロテスク。頭から被るのだけは避けたい。
剣の速度が早い為、内容物が落ちてくるのに時間差があった。
だが、放物線が小さくなってくる。
「マジ?!」
朔也の位置からだと、接近して来る様に見える魔物の内容物。
まだ大地に降り立つまで少しかかった。
朔也の右手に力が篭る。
「光樹ーっ!」
だが、呼んだ。
すぐに光樹の火炎玉が飛んで来た。
「っくっ!」
爆煙が辺りを熱くするが、魔物の内容物はしっかり煤と化す。
「朔也、大丈夫っ?」
駆け寄ってきた光樹は、大地に降り立った朔也の身体をあちこち確認していた。
怪我をしていない事を知ると、フワリと朔也を抱きしめる。
「もう…、無茶しないでよ…。」
その瞳にうっすら涙が浮かび、抱きしめられている朔也に伝わってきた震える光樹の身体。
「…ばーか…、お前が魔法を駄目って言ったんだろ。ってか、苦しいから…。」
軽く光樹の胸を叩いた。
身長差の為、光樹の胸に顔を埋める形の朔也。少し頬を赤らめながらも、キツイ口調では言わない。
「コー、邪魔。サクが嫌がってる。」
間に入って来たのはティムだ。無理矢理二人の腰辺りから割って入り、鋭い視線を光樹に向ける。
「あ、ごめん。けど朔也、本当に危ない時は魔法使ってでも回避してね?」
光樹は一言だけ言うと、いつもの柔らかい笑顔を見せた。
「…あぁ。」
約束の為に魔法を使わなかった事は、朔也自身も驚くべき行動だったのである。
けれども幾度となく魔力を右手に集中しかかった。
それすら、己の弱さを痛感する。
「エヘッ。」
だが光樹は凄く嬉しかった。
助けを求められた事も、そして朔也が約束を守ってくれている事もである。
「何だよ、気持ち悪いな。行こうぜ、ティム。ってか、お前はもう大丈夫なのか?」
一人でニヤニヤとしている光樹を余所に、朔也はティムと話を始めた。
「あーっ、僕をいない事にしないでっ。」
慌てて割って入る。
もうすぐ目的地であるギルミルの山だ。
砂漠を残り僅かに、目の前に見えて来る。
三人は共に同じ道を進んで行った。




