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乙姫の涙  作者: 柚希
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第一章 開門

 

 

 ───人々が寝静まる深夜。 とある場所に四人の少女達が集まって居た。皆其々が手に懐中電灯を持ち、不気味な夜の闇を、その頼り無い灯りで照らしている。


「ね、ねぇ 本当にやるつもり? やっぱり戻らない?」


 暗闇の中に、少女特有の高いソプラノ声が溶けて行く。若干、その声には恐怖心が垣間見えていた。夜風が頬を撫でて行けば、声の主の少女は「ひっ」っと小さな悲鳴を漏らすのだ。明らかに怯えていた。

 だが残念な事に、少女の嘆願(こえ)は友人の悪戯心に火を着けただけだった。


「もぉ~、ほんっと怖がりなんだから、ユキってばカワイっ」

「うぅ……からかわないでよ。大体、何でお誕生会の後に胆試しなんてやるのよぉ。おかしいよ〜」


 彼女達が今いるこの場所は、町外れにある寺墓地の一画である。

 正にお約束の反応を見せている気弱な少女、小柳こやなぎ由紀ゆきを、正反対に勝ち気な雰囲気の少女、三國みくに佳奈かながからかう。この仲間内ではよく見られる光景だった。


「はいはい、由紀を弄るのはそのくらいにしときなさい。それよりも、そろそろ始めましょう」

「うんうん、始めよ、始めよっ」


 そして、二人を(なだ)める役は決まってこの二人、神城(かみしろ)雀鵺(さくや)(ゆずりは)杏子(きょうこ)のどちらかだった。弄られ役の由紀に弄り役の佳奈。その仲裁役が雀鵺と杏子。実にバランスの良い関係だった。

 四人が知り合ったのは三年前、丁度中学校に居た頃に(さかのぼ)る。それから三年、四人は互いに信頼を築き、こうして一緒に行動する事が当たり前の様になっていた。中学校卒業後も同じ高校へ進学し、学校では勿論の事、学外でもこの四人で遊ぶ事が多い。

 ───そして今日も。



「あーい、早速ペア決めよっか。胆試しなんて久しぶりだからワクワクするわっ」

「そうね。じゃあ、ジャンケンで決めましょ」


 今日は雀鵺の十七歳の誕生日である。夕方、杏子の家に集まり誕生日会を楽しんだ後、佳奈が急に胆試しをやろうと言い出したのが事の発端だった。季節は夏真っ盛り。胆試しにはうって受け(?)の時期である。

 佳奈は時折、今日みたく突発的に行動を起こす人物として周りに認知されている。思いたったら即行動!な少女であった。無論、後の三人は必然的に振り回される形となる訳だが、それが彼女達の常だった。

 まさか誕生日に墓地に連れて来られるとは思ってもみなかった雀鵺は初めの内こそ唖然としていたものの、今では既に諦めの境地に達していた。


(まぁ、佳奈の奇行は何時もの事だし仕方がないか……)


 内心ではそう思いつつも、まぁこれはこれで記憶に残る誕生日になりそうね、等と苦笑する。


「じゃあ、いくわよ。───ジャンケン───」

「「「「ポン!」」」」




 運命のジャンケン(?)から十分程時が過ぎた頃。不気味な雰囲気が漂う墓地にて、雀鵺は深い溜め息を漏らしていた。


「由紀、いい加減泣き止みなさいよ。ほら、幽霊なんていないから、怖くないでしょ」

「……ぐすっ……さくちゃん……もう、私無理だよぉ……」


 由紀は墓地に入ってからというもの、僅か五分で恐怖に屈し、地べたにへたり込んでしまったのだ。オマケに腰を抜かしたのか、雀鵺が宥めても立ち上がる様子もない。由紀がこういった事が苦手である事は知っていた事だが、まさかここまでとは考えが至らなかったのだ。 ジャンケンの結果、雀鵺と由紀がペアになり、後の二人は別行動を取っている。佳奈や杏子──勿論、その中には当然雀鵺も含まれる──は幽霊などを全く信じていない為、恐怖は沸かない。墓地に来た今も、精々「視界が悪くて不便ね」くらいの勢いである。


 この困った事態を打開するには、佳奈達が戻って来るのを待ち、その後に対処するのが一番だ。自分で背負い最初に居た場所に戻る事も無理ではないものの、やはり女の子だ。無理はしたくないのが本音だった。


「仕方ないわね。佳奈達が戻って来るのを待ちますか」


 後十五分もすれば、ケロッとした顔で佳奈達は戻って来るだろう。其までには、何とかして由紀を泣き止ませて置かなければ。

 だが、それも無理難題の様に思えて仕方なかった。こうなった由紀は中々泣き止まない事を、幸か不幸か雀鵺は知っている。過去を振り替えってみても、自然と落ち着くのを待つ事が得策に思えた。恐らくは、佳奈達が戻って来るまでには泣き止んでいるだろうと。無論、それは希望的観測でしかない訳だが。

 自分の誕生日に、泣く子のおもり(・・・)までは勘弁してくれという心情もあった。ぶっちゃけ、雀鵺は泣く子は苦手なのである。嫌いではなく、苦手。この手の対処はどうも得意ではない。杏子の方が向いている。

 雀鵺は周囲を懐中電灯で照らし、その光の中にあるモノを見つけた。近付いて見ると、ソレは───


「……井戸?」


 如何にも古そうな井戸だった。井戸の周りにはやや背の高い雑草が生えており、まるで井戸を隠しているかの様な───そんな不思議な感じがした。定番のホラー映画に例えるのならば、正に白い衣を纏った長髪の女の霊が這い出て来そうなものであるが、雀鵺は怖じ気付く事はなかった。

 そればかりか、井戸に蓋をする様に被さっていた雑草を手で払い除け、雀鵺は現れた大きな古井戸の口を覗き込んだ。


「……ひくっ……あれ? さくちゃん? な、何してるの?」



 静まり還る闇夜の中、由紀のか細い声が響く。上半身をのり出し、古井戸の中に首を突っ込んだ体勢の雀鵺に、恐る恐る近付く。

 一方の雀鵺には、由紀の声は聞こえていなかった。否、彼女の耳は、別の“音”を聴いていた。


 ───ピチャッ


 古井戸の中を反響する微かな水の滴る音。否、違う。もっと別の───

 私は“音”を拾う為に更に耳を澄ませた。ドクンと心臓が大きく脈動する。





 刹那、トンっ と雀鵺の背中に圧が掛かった。


「───えっ?」


 両足が地面を離れ、雀鵺は慌てて重心を変えようとした。しかし、又も彼女の口から困惑した声が漏れる。


(───なんで……っ)


 身体が言う事を聞いてくれない。まるで金縛りにあったかの様に、雀鵺は指先一つ動かす事が出来なかった。

 支えを失った雀鵺の身体は、まるで吸い込まれる様にして古井戸の中へと消えて行く。


(───うそ 私………)


 死んじゃうの?

 混乱した頭で、雀鵺は何の抵抗も出来ないまま闇に呑まれて行った。


「いやあぁぁ゛あ!! さくちゃ

あぁぁぁん───ッ」


 ───訳も解らず泣き叫ぶ、由紀の悲鳴(こえ)を聞きながら。









◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 由紀の悲鳴を聞きながら、雀鵺(さくや)は為す術も無く古井戸の中へと落ちて行く。 完全な暗闇に包まれた古井戸の内部は、否応なしに雀鵺の恐怖心を煽っていた。流石の雀鵺も、この非常事態に平静を保てる筈もなく、声無き悲鳴を挙げ、何とか落下を止めようと無駄だとしりつつも足掻く。金縛りの解けた両手で、何かを掴もうと必死になるも、やはりそんなものは無かった。

 そうしている内に、雀鵺の身に降りかかる不幸も、第二幕が訪れる。落下が、ほんの一瞬止まる。


「───ッ!?」


 だがそれは、決して事態が好転した訳では無かった。背中に鋭い衝撃が走ると同時に、盛大に水飛沫が弾ける。その瞬間、確かに落下は止まった。しかし、それは更なる理不尽の幕開けに過ぎない。

 落下が止まったのは、ほんの一瞬。古井戸の底に溜まっていた水に着水するや否や、雀鵺の身体は真っ黒な水の中へと沈んで行く。


「コボッ」


 必死に四肢を動かし、水面に上がろうと躍起になる。だが、雀鵺の身体は上に向かって浮上する事はなかった。そればかりか、雀鵺は下へ下へとどんどん沈み始めた。既に四肢の動きは統率を乱し、滅茶苦茶な動きをしている。


(なんでっ なんでッ!?)


 ゴボゴボと口から漏れた空気が水泡となって虚しく上る。

取り乱した雀鵺は、焦る余り口を開けて声にならない悲鳴を挙げ、その挙げ句呼吸が出来ずに息苦しさを覚える。水を掻いていた両手は首筋へと向かい、無意味にもがく。


 ───苦しい。怖い。


 (かつ)て体験した事のない恐怖。死に対する恐怖心が堰を切った様に溢れる。


(……も、う……だめ……っ)


 自分を認識する事すら出来ない黒き泉の中で、雀鵺は遂に限界を迎えた。

 疲弊した身体は力が抜け、意識は閉じて行く。薄れ行き、途絶えようとする感覚の最中、雀鵺は“声”が聞こえた様な気がした。




 ───サクヤ オカエリナサイ


 まるで母親が我が子に語り掛ける様に、優しげで慈愛に満ちた、そんな声を。

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