第6話 誰かの「手」でピアノを弾く少女
ネオ台場の空気は、死ぬほど澄んでいた。
チリひとつ落ちていない舗装道路。ショーウィンドウには、宝石のように輝く最新のAIパーツが並んでいる。
俺と源寺が乗った薄汚れた電気バンは、まるで高級レストランに紛れ込んだドブネズミだ。
すれ違うすれ違う住人たちが、露骨に眉をひそめてハンカチで鼻を覆うのが見える。
「ヘドが出るな。俺たちが運んできた資源のおかげで、この街は回ってるってのによ」
俺はハンドルを握りしめ、吐き捨てるように言った。
「鉄、見ろ。あそこのカフェテラスだ」
源寺が顎でしゃくった先には、優雅にピアノを弾く少女の姿があった。
透き通るような白い肌。絹糸のような髪。人間にしては完璧すぎる造形だ。
「……綺麗なもんだな」
「ああ。だがよく見ろ。あの娘の『手』だけ、色が違う」
俺は目を凝らした。
少女の腕は白磁のように白いのに、手首から先だけが、少し浅黒く、節くれ立っていた。
その指は、流れるように鍵盤を叩いているが……どこか、ピアノを弾いているというよりは、「何かを組み立てている」ような動きに見える。
「あれは『オーガニック・ハンド』だ。生体部品だよ」
源寺が淡々と言った。
「たぶん、どこかの職人の手だ。持ち主が死んだか、借金で売ったか……。指に染み込んだ『技術』ごと移植したんだろうさ。その方が、AIのプログラムより良い音が鳴るからな」
胃の奥から、熱いものが込み上げてきた。
職人が一生かけて磨いた技術が、指先のタコが、金持ちの愛玩人形の「アクセサリー」にされている。
俺の息子、翔太の体も。
あの逞しい腕も、走り回った足も。
こんなふうに、誰かのファッションとして切り売りされているのか。
「……源寺、急ごう。これ以上ここにいると、俺はおかしくなりそうだ」
「安心しろ、目的地は目の前だ」
バンが減速する。
目の前には、美術館のように洗練された巨大な純白の建物。
だが、俺たちのナビが示しているのは、その煌びやかな正面玄関ではない。
死角にある、黒く塗られた巨大な搬入口だ。
『アフロディーテ・メディカルセンター 資材搬入口』
「着いたぞ、鉄。ここが、この街の『胃袋』だ」
源寺がニヤリと笑ったが、その目は笑っていなかった。
俺はアクセルを緩め、カッターナイフの刃をもう一度確かめた。
翔太。今行くぞ。
お前をバラバラにした悪趣味な連中に、下町の流儀を教えてやる。
続く




