第57話 混濁する記憶と、二つの名前
ガシャァァンッ!!
鈍い破砕音と由美の悲鳴で、俺は泥沼のような昏睡から強引に引きずり起こされた。
「ぐっ……」
薄く目を開けると、アジトの鉄の棚がひしゃげ、工具が床に散乱していた。
そして、部屋の中央。手術台から転げ落ちるようにして立ち上がった『二十歳の肉体』が、頭を抱えて獣のようなうめき声を上げていた。
「翔太……!」
俺は血を抜かれて鉛のように重い体を引きずり、床を這うようにして身を起こした。
「来ないでッ!」
翔太が、怯えたような、それでいて殺意に満ちた目をこちらに向けた。
その瞳の奥で、二つの『命』が激しく衝突しているのがわかった。
「システム……再起動……。ターゲット確認、排除……。ち、違う! 俺は……シオンじゃない! アリスの防衛ユニットなんかじゃねえッ!」
翔太は自分の頭を両手で激しく叩き、太い腕を振り回した。その一撃がコンクリートの壁を抉り、粉塵が舞う。
「残存データだ! Sランクの神経ネットワークにこびりついていたAIの記憶が、生身の脳に逆流してるんだ!」
部屋の隅で縮こまっていた神崎が、顔を引きつらせて叫んだ。
「あの肉体は、昨日まで何百人ものテロリストを殺してきた『シオン』だ! 12歳のガキの精神が、そんな膨大な殺戮データに耐えられるわけがない! 脳が狂って暴走するぞ!」
「黙れ、クズがッ!」
源寺が神崎の顔面を蹴り飛ばす。
「翔太! 翔太、私よ! お母さんよ!」
由美が、暴れ狂う息子の前に無防備な体を晒して飛び出した。
「来るなッ!!」
翔太の腕が跳ね上がり、反射的に由美を弾き飛ばそうとする。AIの戦闘データが『敵』と認識したのだ。
「やめろぉぉぉッ!!」
俺は激痛の走る足で床を蹴り、由美の前に立ち塞がって、翔太の丸太のような腕を真正面から受け止めた。
メキッ、と俺の腕の骨が嫌な音を立てる。
だが、絶対に離さねえ。
「……目を、覚ませ……ッ」
俺は血ヘドを吐きながら、息子の胸ぐらを力任せに引き寄せた。
「敵対行動を確認……排除……。ちが……父ちゃん……? 俺、痛い、頭が割れそうだよ……ッ! 誰なんだ、俺は誰なんだよぉッ!」
涙と鼻水にまみれた二十歳の顔が、十二歳の子供のように泣きじゃくっている。
冷徹なAIの殺意と、スラムで育ったガキの恐怖が、一つの肉体の中で悲鳴を上げていた。
「お前はシオンなんかじゃねえ。アリスのゴミでもねえ!」
俺は、俺を殺そうと力を込める息子の腕に、さらに強い力を込めて怒鳴りつけた。
「思い出せ、翔太! 自分の体に刻まれたモンを! デジタルじゃねえ、お前の血と骨が覚えてるモンを全部吐き出せッ!!」
続く




